13 鈍い痛み
「ご紹介しますわ。私の妹のノエルです」
「ノエル・メーライドです。きちんとご挨拶するのは初めてですよね。司教様のことを、わたしもキリル様とお呼びしてもかまいませんか?」
ノエルは可愛らしくお辞儀をしてから、キリル様の隣へ座った。
「ええ。ノエルさんはフレイヤさんのように倒れたりすることはないのですか」
「わたしは大丈夫ですよ」
「そうですか。それなら血統は関係ないようですね」
私がリピィのことを話すのをやめて、キリル様からの質問も『はい』か『いいえ』で受け答えするようになったため、彼も言葉が少なくなった。
沈黙が続いてしまったので、それを機に、約束通りノエルにキリル様を紹介することを伝え、今に至る。
「こんな機会めったにありませんもの。魔術の話を聞かせてもらってもいいですか。実はわたし、少しだけ使えるんですよ」
「それは何系でしょうか?」
「えっと、キリル様の手を貸してもらってもいいですか?」
「ノエル!」
ノエルは魔術が使えることを自慢に思っているのか、初対面での挨拶時に相手の手を取りそれを披露している。
だけど、男性にやたらと触れたりしたらいけないと、いつも口を酸っぱくして言っているのに。
「私はかまいませんが?」
キリル様がかまわなくても、ノエルの方が淑女としてよくない。でも、ノエルと二人で私のことを『何か?』って目で見るから、苦言を呈すことができなくなってしまった。
私が黙ってしまうと、ノエルはキリル様が差し出した右手を自分の両手で包んで、口の中で詠唱をつぶやいた。
それは神の言語で『神言』と呼ばれているものだから、術式を知らない私には何を言っているかのかさっぱりわからない。
「どうですか?」
「ええ、確かに手が温かくなりましたね」
「これって何か使い道はありませんか?」
ノエルの魔術は手の平がほんのり熱を持つというだけのものだ。子どもの頃は、冬の寒い時期に、私はよく手をつないでもらって温めてもらっていた。
「応用ですか――私が思いつくのは卵を温めることくらいですが」
「やだぁ、キリル様ったら。それじゃあ、わたしはずっと卵を手に持っていなきゃいけなくなるじゃないですかぁ」
笑いながらノエルはキリル様の膝のあたりに軽くふれる。
ダメだって言っているのにノエルは天真爛漫な性格のせいで、あまりそういうことを気にしない困った子だ。ノエルが気軽に接触してしまうから、見た目の可愛さも相まって、男性の方が本気になってしまうことも多かった。
「魔術書で調べれば何か役に立つこともあるかもしれません。そういった件は、教会の窓口でご案内していますから、聞いてみるといいですよ」
「えー、わたしはキリル様に教えてほしいんですよぉ。またうちに来ますよね?」
「すみません。私はフレイヤさんのことで手一杯なので、調べている時間がありません。ノエルさんが本気で考えていらっしゃるなら、誰か他に派遣できる者がいないか、教会で検討させますが」
「――それならいいです。わたしは、そこまでしてもらうほどの魔術が使えるわけではありませんから」
ノエルが悲しそうに目を伏せた。
そんな表情も抜群に可愛いうちの妹に、恋をしてしまう男性の気持ちは私にもよくわかる。私はキリル様も絆されて『では、調べておきます』と折れるのかと思っていた。
「そうですか、何も力になれずすみません」
あれ? やっぱり、キリル様は仕事一筋の人なんだろうか。
なぜか私はほっとしている。
「わかりました。お忙しいところ、わたしの方こそごめんなさい」
えへっと笑ったノエル。
そんなノエルを見つめ続けるキリル様。
「ノエルさんは」
「はい! なんですか?」
「いえ、すみません。表情がよく変わるなと思っただけで、何でもありません」
「そうですか?」
もしかしたら、キリル様は公私混同をしない人で、仕事中でなければ、ノエルの頼み事も断らなかったのかもしれない。
その後、キリル様が帰ると、私がお説教をする前に、なぜかノエルから忠告をされる。
「お姉様、キリル様のこと、憧れているくらいならいいけど、本気にならないように気をつけてね」
「憧れているのはノエルの方でしょ? 私は別にそんなふうに思ったりはしていないわよ」
「それならいいけど、キリル様がお姉様に親身になってくれているのは仕事なんだからね」
「ええ、わかっているわ」
世間知らずの私を、ノエルは心配してくれているんだと思う。
だけど、否定する言葉を口にするたび、なぜか私の胸は鈍い痛みを伴っていた。




