12 気持ちの変化
「お姉様。『麗しの神官様』とのことがすごい噂になっているわよ」
今日も、お茶会から帰ってきたノエルがいつも通り部屋に突撃してきた。
いつ倒れるかわからない私は、何かあった時に抱き上げて運び出せるよう、父か兄が一緒の時以外はお茶会も夜会も不参加だ。だから、人との交流が極端に少ない私に、こうやってノエルがいろいろ教えてくれる。
「どんな噂なの?」
「二人は恋人同士なのかって聞かれたわ。教会で人目を忍んでいちゃいちゃしていたとか、キリル様がお姉様のところに通って来てるとか、ほら、その指輪のこともそうよ。本当はどうなのって。わたしはお姉様からはそんなこと聞いてないって言っておいたけど」
ノエルが私の左手の中指にしている白金水晶の指輪に視線を向ける。
「そんなわけないのに。教会では、私が失言したことに対して怒られただけだもの。廊下の隅だったから、見かけた人が変な風にとってしまったのね」
「お姉様が何とも思っていないなら、気をつけた方がいいかもしれないわよ」
いちゃいちゃはしてないけど、内容的にはほぼ事実だ。火のない所に煙は立たぬというけど、そうだとしても憶測で尾ひれがついてあり得ない話が広がっているようだ。
せめて、この指輪が白金水晶でなければまだよかったのに。人ってこんなところも見ているのか。
この前教会に行った時は、キリル様が父から任されていたそうなので、万が一私が倒れていたらキリル様に運ばれてしまうところだった。そんなことになっていたら、話に信憑性が出てもっと騒がれていたことだろう。
でも、キリル様に私を頼んだ父も、何か勘違いしているのではないかと思うんだけど。
「『麗しの神官様』はお姉様のことをどう思っているのかしら」
「あの方は何とも思ってないわよ。いつでも仕事一筋って感じですもの」
「そうなのね。ねえ、だったら今度うちに来た時、私もお話してみたいんだけど。ダメ?」
私は可愛い妹のおねだりに弱い。
ノエルのことを嫌う人なんていなから、帰り際に少しだけなら大丈夫だろう。
「だったら、キリル様に聞いてみてからね。その時には、彼のことを『麗しの神官様』と呼ばない方がいいわよ。そう呼ばれるのを嫌っているみたいだから」
「わかったわ。ありがとう、お姉様」
翌日、ノエルから忠告されてはいたけど、再びキリル様から教会への呼び出しが。
だから今回は素直に『行きたくありません』と言伝を頼んでみたものの『でしたら、こちらで勝手に術式を試してから侯爵家に確認にいくだけです。時間は午後二時から始めますのでご準備ください』と返事が戻ってきてしまった。
キリル様に運ばれてしまう危険性を考え、家にこもっていたら、本当に私は連絡があった時刻に気を失った。
そして、宣言通りキリル様は侯爵家へとやって来たのだ。
「その指輪。してくださっていてよかったです」
「念のためですわ。もう、遠慮も何もありませんのね」
「いいましたよね。この国には後がないと」
「知りませんよそんなこと――とは貴族家の娘ですから言えませんけど。それでも私に頼られるのは困ります」
「それで、今日はリピィ様にお会いできましたか?」
「会っていません。そう都合よくはいきませんわ」
「でしたら、フレイヤさんの知っている話を聞かせてくださいませんか」
「知っている話とは」
「そうですね。リピィ様のことで私が驚くようなことをお願いします。例えば宇宙船のような誰も知らないような事柄を」
あれ? 今日はキリル様がなんだか楽しそう。この人、喜怒哀楽の喜と楽はほとんど表情にでないんだけど、声色から棘がなくなっている気がする。
リピィの世界にそれほど興味があるのだろう。
「そもそも生活様式が全然違うようですから、何から話せばいいのかわからないんですけど」
「では、こちらにはない便利なものなどはどうでしょうか」
キリル様の瞳が爛々と輝いている。珍しいこともあるものだ。なんかだか面白そうだから、本人が言っているように、本当にこの人を驚かせてみたくなった。
「それだったら、遠くにいる方と瞬時に連絡がとれて、会話ができるような機械があるそうですわ」
目の中に装着する通信機器で、音声だけではなく、瞳を閉じれば画像のやりとりもできるから、それでゲームや情報を得ることも可能だ。でも、キリル様には大昔にあった電話でも想像することは難しいかもしれない。
「遠く? それはどれほどですか?」
こんな風に感情が表情に出ることもあるんだ。いつも睨まれてばかりだったから、なんだか新鮮。
「この国で言えば、東の辺境から西の港町でも可能らしいんですけど、詳しくはわかりません」
「すごいですね。想像をしたこともないような世界がこの世にあると思うと、魔術を覚え始めた子どもの頃のようにわくわくしますよ」
「リピィの話は難しすぎてうまく説明できないのですけど、こことは文明がまったく違うようですね」
私もだんだん思い出してきた。家事なんてほとんど機械がやっていたと思う。
「そんな世界がこの空のずっと先にあるのですか。なんだかとても不思議です」
「リピィの星には魔法がないんですよ。だからたぶん、科学と言う技術が発達したんだと思います」
「カガク……」
科学と低い声でつぶやいたキリル様の雰囲気がさっきまでの楽しそうな感じから、いつも通りの冷たいものに変わった。
今の会話の中で何が気に障ったのだろうか。
「すみません。続けてください」
私が黙っていると、キリル様が話の先を促してきた。
「いえ、私もそれほど詳しく知っているわけではありませんので」
キリル様の変化が面白くて、少ししゃべりすぎたかもしれない。
たぶんキリル様が私の話を信じてくれたのが嬉しくて調子に乗ってしまったんだと思う。それに楽しそうにしているキリル様をもっと見ていたかった。
何この気持ち?
どうしたんだろう私。
彼が興味を持っているのは私ではなくリピィのことなのに。




