11 渡された指輪
「この指輪は神降ろしの際に、精神性の衝撃を受けないよう神官が身を守るためのものです」
「神降ろしとは何ですか?」
「神託を授かるための儀式です。依り代役の神官の口から神の声を聞くようですが、私が教会に入ってからは一度も執り行っておりません」
「そんな指輪をなぜ私に?」
「簡単に言うとショック死しないためのものなんですが、肉体と魂の分離を回避する魔法陣を宝石に転写していますのでフレイヤさんには有効かと思いまして用意しました」
手渡された指輪は目を凝らしてよく見ると、白金水晶の中心に魔法陣のようなものが浮いているのが見える。
ふと、宝石に魔法陣を転写する時は、製作者の所持する運命色と同じ色が一番効力を発揮すると誰かが言っていたことを思い出した。
「この指輪に白金水晶が使われているということは、もしかしてキリル様のお手製ですか?」
「ええ」
肯定したキリル様の目の下にはうっすらとクマができている。まさか寝る間も惜しんでこれを作ったの?
「これで、幽体離脱しても身体とは繋がったままで魂が彷徨うことはありませんから、フレイヤさんの懸念は避けられると思います」
儀式をやめるのではなく、そうきたか。
「その指輪をした状態でフレイヤさんがどうなるのかを確認させてください。そしてできれば夢の中で『永遠の聖女』の話をもっと聞いてもらいたいのですが」
「そんなこと言われても……」
「協力してもらうためにも、教会の真意を隠しているわけにはいきませんから、フレイヤさんには伝えておきますよ。その代わりフレイヤさんと『永遠の聖女』のことも外部には漏らしませんから」
「真意?」
「我々は『永遠の聖女』が持つ未知の知識を欲しています。他国に勝るためにはどうしてもそれが必要だと思っているんです」
え? それって科学的な知識のことだと思うけど、私には宇宙船がなぜ浮かんで、大気圏を超えていけるのか、宇宙空間でどうやって進んでいるのかまったくわからない。
何かを動力としている物のほとんどが、それに携わるエンジニアにしかわからないと思う。
宇宙船のことなんて何も答えられないし、救命ポッドだって、原理を知らないから、なぜあのきれいな状態を保ったままで、残っているのか説明はできない。
「そんなことは無理ですよ。この前も言いましたけど、あれはただの女の子ですから」
「『ただの』ではありませんよ。私はフレイヤさんの話を聞いて『永遠の聖女』はやはり神に近い存在だと思っていますから」
ああもう。結局、私の希望通りにならないのなら、夢で会っているなんて言うんじゃなかった。
「例えばですけど、この指輪を私が普段つけていたとして、それを見た誰かが同じものをほしいので作ってくださいって言われても、私には作れませんわよね。ですから『永遠の聖女』に彼女の暮らしていた場所の技術がほしいと言ったところで、作れません、知りませんと言われるのが関の山なんです」
「フレイヤさんて」
キリル様がそこで口を閉ざして私をじっと見る。
「な、なんですか?」
「『永遠の聖女』とかなり深く分かり合っている言い方をするんですね」
まずい、また失敗したかも。
もっとぼやっとした言い方をするべきだった。これでは、私を通せば『永遠の聖女』と話ができると断定されてしまうではないか。
「そんなわけないじゃないですか。私の夢で少しだけ話をしただけですもの」
「そうですか」
キリル様は疑いの眼差しを向けているから、これ以上私は何も話さない方がいいと思う。丸投げしようと思ったのに、私はドツボにはまっている気がする。
「とにかく、その指輪は普段からはめていてください。そんなものでもお守り替わりだと思えば少しは気分も楽になりませんか」
「キリル様のお気持ちは有り難いですけど、私の希望とは平行線のままということですね」
「はい。申し訳ありませんが、そのようです」
「キリル様にはお叱りを受けてしまうと思いますけど、私は『永遠の聖女』が見世物や道具のようになっていて、いつまでも安らかな眠りにつくことができないのは可哀そうだと思っていますわ」
「フレイヤさんは優しい方なんですね」
「そんなことはありませんけど……」
あれが自分の前世でなければそんなことは思わなかったと思う。実際わがままを言って見学に行っているくらいだから。
「ただ、私一個人としては貴女と気持ちは同じですよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ」
『永遠の聖女』があのままなのは、キリル様も可哀そうだと思っているのだろうか。
「ちなみに『永遠の聖女』の名前を教えてもらってもよろしいでしょうか」
「あの子の名前は――――リピィ」
私は前世、そう呼ばれていた。




