両陛下主催晩餐会
関係者に挨拶してくるというレンと別れて、ラフカがリューゲリアの儀のステージの裏に回ると、そこには首切り役人がいた。大剣を扱うだけあって、筋骨隆々の大男だ。彼は血の付いた大剣を台に置いてから兜を脱ぐ。ラフカは兜の中に恐ろしい顔があることを想像していたのだが、実際は思いのほか優しい顔つきで、髪にも髭にも白いものが多い男性だった。
「ふう……」
大きく息を吐いた首切り役人は、紙を取り出して大剣の血を拭い、刃の手入れを始める。
「お疲れ様です!」
ラフカが声を掛けてみると、首切り役人はびっくりしたように大剣から顔を上げた。
「おお、あなたは今日の『蕾』の……。素敵な歌でしたね。お疲れ様です」
そう言って、首切り役人は穏やかに微笑んだ。
「だいたいの『蕾』はわたしのことを怖がって話しかけてこないので、びっくりしましたよ」
「そうなんですか?」
小首を傾げるラフカに、首切り役人の男は曖昧な笑みを返し、話を変える。
「『蕾』さんは今日はお城の晩餐会に参加されるんですか?」
「はい。お役人さんは?」
「わたしは不参加です。道具をお城の倉庫へ搬入するのでグリア城には行くんですがね、わたしのような役目の者が晩餐会にいては御来賓の方々も気味が悪いでしょう」
首切り役人が少し寂しげに笑った時、レンがラフカを呼ぶ声がした。
「ラフカ、そろそろ行くよ」
「あ……レン! 今行くよ」
ラフカが振り返ると、首切り役人は優しく微笑む。
「晩餐会、楽しんでいらっしゃい」
「はい。それじゃあ、また!」
ラフカは上品に頭を下げて、リューゲリアの儀の舞台裏から去った。
※
グリア城の大広間にはいくつもの長テーブルが並べられ、数え切れないほどの椅子が並んでいる。そのどれもがリューゲリアの花模様があしらわれた豪奢な作りだった。
テーブルの上も贅を尽くした皿が並び、城お抱えの料理人達が腕を振るった料理や秘蔵の葡萄酒の味は言うに及ばず、食器類も価値の高そうなものばかり。ラフカがナイフで小さく切り分けたステーキを口に運ぶと、柔らかい歯触り、溢れだす肉汁、ベリーの風味が効いた甘辛いソース、こってりした肉質なのに噛めば溶けてしまう肉がハーモニーとなって口を喜ばせてくれた。
「すごいな~。僕、こんなにおいしいお料理、食べたことない!」
「そうか、よかった」
ラフカがにこにこ笑いながら料理を口に頬張ると、隣のレンも嬉しそうに微笑む。ラフカは背中の大きく開いたデザインの薄桃色のドレスで、レンは紳士用の燕尾服姿だった。
壁際の一段高い席にはドレスアップした皇帝ベリオードと皇后ベリアーダが就いている。その席にはひっきりなしに国内の要人が挨拶に訪れていた。
「北アーデル村の村長を務めております、カペルでございます。今回はこのような華やかな宴席へご招待いただき光栄の極みでございます」
「うむ。前の巡幸以後、村に変わりはないか?」
ベリアーダの問いに村長は汗を掻きながら口を開く。
「大穀物地帯の一角である我が村を、アーデル川の氾濫が襲うことが多くなりました。収穫を控えた麦が水没することもあり、村人には路頭に迷う者もおります。何卒、お情けを頂戴することは叶いませんでしょうか」
村長の言葉に、ベリオードは冷たい表情のまま何事かを思考し、口を開く。
「治水工事を行い、同時に耕作面積の増大を図るものとする。さらに、税を課す」
「え……?」
目を丸くする村長に、皇后が微笑んだ。
「我が君は、工事の結果、収穫量が増大した暁にはそれに応じた税を課し、同じような問題を抱える他地域の公共事業にあてると行っておるのだ」
ベリアーダの補足説明に皇帝は無表情のまま頷いた。村長は恐縮したように頭を下げる。
「さすがのご采配でござりまする」
「十三人委員に話しておこう」
「その委員は確か……両陛下が新たに設けられた行政機関でございますな?」
「そうだ。民意を円滑に政へ反映し、実行するための。治水工事の件も早急に着手されるであろう。これからは委員にも上申を行うがよい」
「はい。これで村に大手を振って帰ることが出来まする。ご配慮に感謝いたします」
たくさんの人が両陛下に挨拶やら上申やらに訪れ、部外者のラフカは「大変そうだなあ」とぼんやりとそれらを見つめていた。
食事が終われば、隣のホールで宮廷楽団の奏でる音楽に合わせた舞踏会が始まる。ダンスのための曲が始まる前に、皇后ベリアーダが艶やかに微笑みながら言った。
「折角だ、今日の『蕾』の歌が聞きたい」
招待客から拍手と歓声が上がる。ラフカが「どうしよう? 何を歌えばいいかな?」とレンの顔を覗き込むと、彼女は微笑みながら「ラフカの一番の得意を見せればいい」と言った。頷いたラフカは楽団の指揮者の元へ向かい、話し合った後、所定の位置について深呼吸をする。
レンが歌ったのは古い伝承歌だった。少年が精霊と出会い、不思議な大地に招かれる物語を描いたものだ。歌のメロディーも楽団の演奏も古めかしい旋律だが、イグリア帝国民の心に沁みついた音でもある。観客の中には楽しげに体を揺らす者もいた。
音を楽しむのは人間だけではない。
――妾ハ、モウ我慢デキヌゾ! 妾ヲ遊バセロ!
さっきは不本意なまま姿を消した火の精霊が、蝶の羽で舞いながらラフカに纏わり付く。
(わかったよ。その代わり、危ないことはだめだ。僕の指示どおりに火花を出して)
――ツマラヌ。モット派手ニ遊バセロ!
(僕の言うことをきいて。二度と僕の歌を聞かせなくてもいいんだぞ!)
――ムゥ……。致シ方ナイ。
不承不承に納得した火の精霊は、半透明な体を躍らせながら虚空に火の粉を発生させる。それはやがて小さな火の塊となり、それがいくつも空間に出現する。
「なんだ、あれは?」
「おお! 炎で何かが描かれているんだ!」
精霊が空間に火炎で絵を描いていく。それは真っ赤なリューゲリアの花だった。比喩ではなくまさに燃える赤で描かれた花がいくつも空間に出現し、まるでラフカの周囲に花畑が出現したようだった。
多くの観客はそれを驚きと賛美の表情で見つめたが、鼻白む者もいた。
「あの歌手は『夜の子供達』なのか。だから、足に不具合があるのだな」
「ふん。『夜の子供達』が歌手などおこがましい。よくて見世物。どうせいかがわしい商売で稼いでおるのだ」
そういった観客の表情はラフカにも見えたが、見ないようにした。昼間にレクイエムを歌った時のように、歌にだけ心を寄せていく。
ラフカはただ歌った。最初は歌詞やメロディーについて考えていたはずなのに、だんだんと思考が消えていく。歌に精神を同化させるほど、自我が消えていくようだった。あるいはそれは、周囲が消えて自分だけがいる状態と同意なのかもしれなかった。
歌が終わる。
皇后ベリアーダが立ち上がって手を叩いた。
「素晴らしいものを見せてもらった!」
ベリアーダはラフカのもとに寄って彼の手を取り、その甲にキスをした。さらにラフカの手を引いて皇帝ベリオードの元へ連れていくと、皇帝陛下もラフカの手の甲に口付けをする。
たいへんな栄誉にラフカは震えた。
会場は拍手に満ちている。顔を顰めていた人々も同調せざるを得ない雰囲気に、不満げながらも手を叩く。
ラフカは最高の笑顔になり、レンにも誉めてほしくて彼女の顔を覗くと、なぜか彼女は複雑な顔をしていた。
「レン、どうかした? 僕の歌、何かまずかったかな……?」
「いいや、素晴らしかったよ。今回も聞き惚れてしまった」
レンはにこりと笑った。でも、それはラフカには何かを取り繕うような笑顔にも見えた。ラフカは、どんなに高貴な人に誉められるよりレンに誉められたいし、どんなに多くの人に貶されてもレン一人に誉められたらそれだけでいいのにと、心の中で溜め息をついた。
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フミヅキ