皇帝陛下と皇后陛下
正午を知らせる鐘が鳴った。
舞台袖に控えるレンに頷いてから、ラフカは杖を突きながら舞台に上がり、首切り役人の隣の位置に付く。つめかけた大勢のイグリア帝国民と共に、グリア噴水公園の巨大噴水の背後に立つ初代皇帝・皇后像がそれを見守っていた。
舞台の脇からはさらに数人がやって来る。制服姿の刑務官達に囲まれた囚人だった。囚人は今日のために身を清めたのか、髪も髭も整えられ、囚人服も清潔そうに見えたが、腕を後ろ手に縛られた彼の呼吸は大きく乱れ、興奮気味なのが見て取れる。
囚人と刑務官達が舞台に上がると同時に、城の方角から二頭立ての馬車がやって来た。豪奢な装飾が施された屋根のないキャリッジで、リューゲリア満開紋章があしらわれたそれに乗れるのは、この国に二人しかいない。
「皇帝陛下万歳!」
「皇后陛下万歳!」
「我らがイグリア帝国に繁栄あれ!」
「ベリオード様とベリアーダ様に栄光あれ!」
馬車の到着に、通りに詰めかけた帝国民の歓声がさらに大きくなる。人々の撒くリューゲリアの花弁がところ狭しと舞い散り、まるで花の洪水のようだった。
グリア噴水公園の入り口で馬車は止まり、まずは扉側の男性――現イグリア帝国皇帝・ベリオードがステップから降りる。皇帝がキャリッジに向かって手を差し出すと、それに手を置いて皇后が馬車を降りた。二人の皇族は金銀の最礼装を身に纏った華やかな出で立ちで、皇帝は皇后をエスコートしながら噴水前に誂えられた仮玉座に向かう。
さすがのラフカも、皇帝と皇后のお出ましに緊張の色を隠せなかった。
皇帝ベリオードと皇后ベリアーダは、ラフカと死刑囚達の前を静々と横切り玉座に着く。ラフカは両陛下を間近に見たのは初めてで、息を飲みながら噂通りのお二人の容姿を見つめた。
二人とも人間離れした美しさ――もっと言えば「人間ではない」特徴をいくつか持っていた。先端の尖った耳、人よりも大きな黒目と縦長の瞳孔、そして、こめかみから生えた角。
皇族は人間とは別種族の生き物であり、当然ながら、暗い森や廃墟に巣食う知能の低い魔獣達とも違うし、ラフカのように半端な「夜の子供達」とも違う。国の頂点に着くべき高貴で稀有な存在なのだ。イグリア帝国以外の国々も、国主に戴くのはすべてこの高貴な種族であり、彼ら種族は畏怖を込めて「魔人」と呼ばれている。
魔人は寿命も人間とは異なる。イグリア帝国の皇帝・皇后とも人間であれば二十代前半の年齢に見えるが、その倍以上の年をすでに生きていた。
「我が民達の安寧を嬉しく思う。これからも民と国の栄えが続くことを願う」
朗々とした低い声で皇帝・ベリオードの第一声が発されると、観衆から大きな歓声が上がる。ベリオードは赤リューゲリアの花の色と同じ燃えるような赤髪と、他者を圧倒するような金色の瞳を備えた冷徹な印象の美貌の持ち主だった。声を発する時も表情を現さず、冷たい印象ではあるが、その分、君主としての迫力に満ちている。
皇帝の言葉に、隣の皇后・ベリアーダが優雅に頷いた。その顔は夫であるベリオードと瓜二つだった。それというのも、両陛下は夫婦であり、同時に双子の兄妹でもあるからだ。
魔人の双子は夫婦となって双子を生み、その双子はまた夫婦となって種族の血統を繋いでいく。血をもって一族の能力や知識すべてを伝える。魔人とはそういう種族なのだ。
皇后・ベリアーダは艶やかに微笑みながら口を開く。
「わたくしも、民の永久の幸せを願う」
皇后の声を聞き、ラフカは「ふぎゃあ!」と叫びそうになって、慌てて口を手で押えた。皇后の声が、さっき待機所で出会った「奥方様」にそっくりだったからだ。皇后はラフカを横目で見ながら、あの夫人と同じ形の唇でニヤリと意味ありげに笑う。
ラフカが舞台袖に控えるレンに視線を向けると、彼女は困ったように苦笑していた。
(そ、そういうこと……)
それであれば、「愛人を役目にねじ込む」ことなど朝飯前のさらに前だろうとラフカは納得した。でも、自分ごときに愛人の話をしてしまってよかったのだろうかとラフカは不安にもなる。
(皇帝陛下がおわすというのに……)
魔人の中には伴侶とは別に人間を愛でる者もいて、側室が置かれる場合もあることはラフカも聞いたことがある。だが、側室や愛人の存在は公にされないのが普通だ。
(魔人と人間の間に子ができることはほとんどないというし、しかもあの奥方様の場合は同性の愛人っぽい口ぶりだったからセーフなのかしら)
ラフカが悶々と考え込んでいる間にも式典は粛々と進む。蹲る死刑囚に、皇后ベリアーダが艶やかな声で問い掛けた。
「お前の罪は何か?」
だが、死刑囚の男は震えてうまく声が出ないようだ。
「答えよ」
氷のように冷たい声と眼光で皇帝ベリオードが言うと、死刑囚は恐怖に駆られたように口を開く。
「ひ、人を殺しました……。強盗働きで、商家を、お、襲い……、み、皆殺しに……。オレは盗賊団の首領で……」
「女子供は?」
ベリアーダが人間より大きな金色の瞳から射抜くような視線を向けると、死刑囚は一段と大きく震え、顔を伏せながら声を絞り出した。
「犯した後に……殺しました……」
罪の告白を終えた死刑囚の男を、刑務官達が膝立ちにさせ、首を突き出すような格好をさせる。
「い、いやだ! 死にたくない!」
「お前に殺された者達も皆、そう思ったであろうよ」
ベリアーダの言葉に死刑囚はまた大きく震えた。皇后はさらに言葉を続ける。
「ゆえに、お前は死をもって償わねばならぬ。死は不条理ではあるが、平等にあるべきもの。そうであろう、我が君よ?」
皇后の言葉に皇帝は静かに深く頷き、首切り役人に視線を向ける。
「始めよ」
兜で顔を隠した処刑人は、皇帝と皇后に臣下の礼を示すと、大剣を手に構える。さらに暴れ始めた囚人を、刑務官達が処刑用の台に首を差し出すような姿勢で固定する。
首切り役人に合図をされたラフカは頷き返し、息を整えてから声を出した。
『その魂に安らぎあれ
その命に光の導きあれ』
ラフカの無垢な少女のような声が紡ぎ出したのは、鎮魂歌だった。これから死出の旅に向かう死刑囚のためだけではない。彼によって命を奪われた者達の無念を慰めるための歌でもあった。鎮魂歌の歌唱が、この式典における「リューゲリアの蕾」の役割なのだ。
絹のように滑らかで、真夏の太陽のように強く、清流のように透き通ったラフカの声が、厳かな鎮魂のメロディーを紡いでいく。死者の魂に触れようとする歌声に、場の空気が塗り替えられ、清浄な色に染められていくようだった。
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フミヅキ