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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う
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驚きの再会

 ラフカな悲痛な声を上げた時、テントの幕が開いた。


「失礼。こちらにラフカという歌い手がいると聞いて伺ったのですが。何かトラブルですか?」


 そこには青い瞳の美しい人がいた。


 女性としてはかなりの長身で、今日も紳士用の仕立てのいいスーツを纏い、腰にはサーベルを差している。天幕の外から吹き込んでくる風がさわさわと彼女の短い栗色の髪を揺らした。


 ラフカは赤い瞳を見開いて、昨日の夜、眠りにつく前に何度も瞼の裏に描いたその人の姿を食い入るように見つめる。親方も突然の来客に驚いて静止していたが、すぐに気を取り直し、ラフカの上から立ち上がりながら不審の目を闖入者に向けた。


「なんだ、アンタは?」

「あなたの握っているそのリングを彼に託していた者です。少しの間、彼に預かってもらったんですよ。私の配慮が足りなかったばかりに誤解を与えたようで、申し訳ありませんでした」


 親方に向かって礼儀正しく頭を下げた彼女は、続いてラフカに目線を向ける。


「そうだっだね、ラフカ? 私から預かったものをなくさないように、身に着けていてくれたんだよね?」

「え、えっと……う、うん……」


 気圧されるように頷いたラフカに、彼女は安心させるようにふわりと微笑んでから、親方に向き直った。


「そういうわけで、あなたが彼に罰を与える理由はないということです。リングを私に返して頂いてもよろしいですか?」

「お、おお……」


 気後れと未練の感情を滲ませつつ、親方が千切れた紐と共にリングを差し出すと、彼女はそれを自分の人差し指に嵌める。自分の指に戻ったリングを見つめながら、彼女は深い青色の瞳を細めて小さな吐息を漏らした。切なげなその表情にラフカは目を奪われた。


 もしかしたら、あの赤い石のリングはあの人にとって特別なものだったのかしら、とラフカは想像してみる。そんなものを自分に渡してくれたことを嬉しく思いつつ、もしあれが誰かからの贈り物なのだとしたらその相手は誰なのだろうと、心がゾワゾワと毛羽立つような感情も同時に湧いた。


「返したんだからよ、とっとと失せてくれねぇか?」


 親方が不機嫌そうに言ったが、彼女は一歩前に出た。


「その前に一つご相談があるのですが」

「なんだぁ? もしや俺のラフカへの扱いが気にくわないってか? 外部の人間に俺らのルールをどうこう言われる筋合いはねえな」

「そういうことではありません。実は私は探偵事務所を営んでいるのですが、そこでラフカを雇わせてもらいたいと思っているのです。彼があなたの一座を退団することを許してもらえませんか?」


 この提案には、親方だけではなくラフカも目を見開くことになった。親方はしばらく呆けていたが、やがて吹き出して大声で笑い出す。


「ギャハハハ! 面白い冗談だ! コイツは『夜の子供達』だぞ! 半分化け物なんだ。知ってるのか?」

「もちろん知っていますよ」

「おまけに体だって出来損ないだぜ」

「体力が必要な仕事は頼まないつもりです」


 冷静な表情と言葉で受け答えする彼女に本気を見たのだろう、親方は半笑いの顔を消し、曲者ぞろいの芸人達を率いて国中を回ってきた百戦錬磨な支配人の表情を見せる。


「コイツの稼ぎの大半は見世物じゃあねえ。コイツのショーを見て気に入った客が、コイツの夜を買う金がメインの収入なのよ。いわば娼夫と同じさ」


 親方はわざとらしく下卑た笑みと声で言った。事実だとは言え、美しい人の前でそのことを明示され、ラフカは震えながら顔を伏せる。


「コイツを手元に置きたいってんなら、『身請け代』をもらわないとこっちも商売にならねえんだよなぁ。これからもコイツで稼ぐつもりだったからよぉ」


 ニヤニヤと笑う親方に、彼女は顔を顰めながら溜め息をついた。


「なるほど『身請け代』ですか……。そういう言葉はあまり好きではありませんが、移籍金が必要だというのなら、こちらもいくらか用意していますよ」


 彼女はスーツの内側から何かを取り出して親方に手渡す。親方は手のひらに乗せられたキラキラと輝くいくつかの宝石に、目を丸くした。ためすがめつし、それが本物であることを確認した親方は半笑いを浮かべた。


「あんた、ナニモンだ? 何にしろ、相当なスキモノだな。今夜からコイツはあんたの自由に調教してやりゃあいいよ」


 親方はそう言って、懐から出した鍵でラフカの首輪の南京錠(パッドロック)を外した。十年近くラフカを拘束してきた鉄製の首輪は、あっさりと外れて床に落ち、くるくると回ってぱたんと横たわる。ラフカはそれを信じられない思いで茫然と見つめた。


「妙な勘繰りはやめてください。彼には探偵助手をしてもらうだけですよ」


 美しい人はそう言って、投げ捨てられていたラフカのクラッチ杖を拾うと、呆然と座り込むラフカの傍らに膝まずいた。


「行こうか、ラフカ」


 深い青色の瞳に優しく微笑まれて、ラフカはチョコレート菓子のようにとろけてしまいそうな気がした。彼女の手を借りて立ち上がったラフカは、手渡された杖を握り、手早く荷物をまとめる。お菓子の缶に貯めていたいくらかの財産と、お気に入りの香水瓶、あとは身の回りのわずかな荷物を小さなトランクに詰めたラフカは、彼女にエスコートされるまま天幕を出た。

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