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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第三章 探偵と歌い手は帝都で躍る
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兄姉妹

「くくくく! あ~あ~、バレちゃったかあ。アハハハハ!」


 笑い声が聞こえた。笑い声を出しているのはジーニア・ユリスだった。だが、彼自身は自分が笑っていることが信じられないようで、顔の左半分が驚愕と恐怖に歪んでいる。


 しかし、同時に彼の右半分はニヤリといやらしい笑みを浮かべ、口は尚も勝手に動き続け、言葉を紡ぎ出していた。


「そうそう。僕だ。ノエルだよ! 愛しき我が妻の力で、この男の意識を一時的に僕のものと混ぜてみました~!」


 無邪気に言うジーニア・ユリス――その体を乗っ取ったガブリアス帝国皇帝ノエルを、ベリアーダは不機嫌に顔を歪めて睨み付ける。


「お前……何が狙いだったのだ?」

「僕ねえ、国で派手に女の子達を食べちゃって。なかなかガードが固くなってきちゃったんだよね~。だから外の国を手に入れようかな~って。だけど、魔人自ら手を出しちゃうと他国も見てる中だとまずいからさ。この男をうまいこと使って君達を排除しようと思ったんだよ」


 ベリアーダの嫌悪の表情がさらに深くなる。


「どうやってジーニア・ユリスを誑かした?」

「僕に協力してくれたら、魔人にしてあげるよって。魔術も使えるようになるし、寿命も人間よりだいぶ伸びるよ~って。なんて、全部嘘なんだけどね」


 ジーニア・ユリスの顔の左半分が驚愕の表情に歪む。


「へ、陛下……う、嘘とは……? そんなまさか!」

「馬鹿だなあ。人間が魔人になれるわけないじゃんか。魔獣になるならともかく。でも、面白かったよ。僕を恨んでるのに、欲望に負けて僕の言いなりになる君を見るのはね!」


 ジーニア・ユリスの顔の右半分が無邪気に笑い、左半分が驚愕と悔恨に歪んでいた。皇帝ベリオードが溜息をつき、冷たく言い放つ。


「不愉快だ。ナタレ、この男を国に戻せ」

「ベリオード君、ちょっと待って、ちょっと待ってよ~! 僕、もう一言だけ君達に言いたいことがあるんだよ~! 一言だけ聞いて!」


 そう言って、ジーニア・ユリスの顔の右半分でノエルはいやらしく嗤う。


「イグリア帝国の皇族ってさ、出来損ないばっかり生まれてるよね。大丈夫? だからさ、僕にこの国、譲ってくれないかな? 僕、君達の血統を心配してるんだよね。皇帝は男色家で、皇后は女にしか興味なくてさ。噂で聞いたけど、二人とも子供を作る気がないって本当? まじ信じらんな~い! しかも、人間と血の混じった出来損ないな妹もいてさぁ……っていうか、魔人の要素がほぼないから、妹っていうよりゴミみたいなもんか? どんな味がするのかな~?」


 ノエルは無邪気に言ってレンに視線を向けた。レンの顔が蒼白になるのがわかって、ラフカは彼女の震える体を守るように抱きしめる。ラフカはいくら他国の皇帝といえども何かを言い返さずにはいられなかったが、彼より先に口を開いたのはベリオードだった。


「妃は我が伴侶である。我が同志である。たとえ子を成さずとも、我が人生を共に歩むのは妃をおいて他におらぬ。その伴侶を侮辱することは何人たりとも許さぬ」


 怒りの滲んだ皇帝の言葉に、皇后ベリアーダはわずかに口の端に笑みを浮かべる。そして、レンがそれを羨望するように見つめるのに気付いて、ラフカは切ない気持ちになった。


「同様に、我が妹を侮辱することも許さぬ。我が血を分けた存在を貶すことは許さぬ」


 ベリオードの言葉を聞いて、レンが眼を見開くのをラフカは見た。レンの体が再び震え、それが悲しみのためではないことがラフカにはわかった。


 しかし、ノエルはベリオードの反論にまったく興味を引かれる様子もなく、ニヤニヤ笑うのを止めることはなかった。


「あれ? もしかして怒ったの、ベリオード君? 出来損ないの一族を侮辱されてキレちゃった? 僕と決闘でもする? でもさ、ろくに食事してない君じゃ、僕には絶対に敵わないと思うけど~?」

「貴公が望むのなら決闘に応えよう。貴公の言うとおり、我は負けるであろう。だが、貴公をいくらか弱らせること程度はできる」


 あくまで凍えた声でベリオードは答えていたが、ラフカはその声に底冷えするような怒気を感じていた。


「貴公が弱っている間、第三国の魔人達が貴公と貴公の国に何をしようと、我の知らぬことではあるが興味深くはある。虎視眈々と縄張りを見張っているのは貴公だけではないこと、忘れるな」

「むむ……」


 ノエルが憮然とした表情となったのを、ベリオードは冷めた視線で見つめる。


「ノエル、我ら魔人の時代はいつか終わろう。ジーニア・ユリスは真の英雄にはなれなかったが、いつかは本物が現れる。それが当代かはわからぬが、寝首を掻かれぬようにな」

「意味わかんな~い。もういい! ナタレ、僕帰る!」


 ノエルがそう言った瞬間、ジーニア・ユリスの顔から無邪気で尊大な皇帝の表情は消え去った。後には呆然と衰弱しきった表情の男の顔があった。ベリアーダが皮肉げに笑う。


「残念だったな、ジーニア・ユリス。あれはそういう存在なのだ。だが、だからといって貴様の罪は変わらぬ。死刑執行日は追って知らせる。それまでおとなしく待っているがよい。帰るぞ、レン、ラフカ」


 死刑囚を置いて、二人の皇族と共にレンとラフカは独房を出た。



 事件は終幕した。それから数日後の夕暮れ、レンの探偵事務所にはベールの付いた帽子を被った「奥方様」がやって来た。


「大儀であったな、レン、ラフカ。成功報酬を持ってきた。我が夫も労いの言葉を述べておったぞ」


 ビロードで包まれたずしりと重いものを手渡され、ラフカはそれを奥の間の金庫へと持っていく。


「レン、お前には話しておこうと思う。魔人のこと、そして我ら夫婦のことだ。ああ、ラフカも聞いておくがいい」


 遠慮がちに外に出ようとしたラフカを呼び止めて、ベリアーダは言った。


「わたくしも夫も互いに何者にも代えがたい伴侶であると思っている。それは嘘偽りなくそう思っている。しかしながら、わたくし達は『子を成す』という意味の夫婦としては機能不全であろう。端的に言えば、互いに性交渉の相手として見られぬのだよ、わたくし達夫婦は」


 目を丸くするラフカとレンに、ベールの下のベリアーダの唇がクスリと笑みの形をとった。


「互いに愛人らをもっているのはそういうことだ。あれは飾りでも遊びでもなく、そういうことなのだ」

「ベリアーダ様……なぜそのようなお話を?」


 複雑な表情で尋ねるレンに、ベリアーダは吐息を漏らしてからゆっくりと話し始める。


「イグリア帝国の何代か前の国主から、そろそろ魔人がその地位に就くのは終わるのではないかという予感が生まれたようだ。だから、夫とわたくしのような双子が生まれたのであろうし、お前が生まれたのも必然なのであろう。今後は人間達に少しずつわたくし達の職責を譲ることになる。それゆえ、騎士団や十三人委員など整備しているところなのだ」


 ベリアーダの言葉に、ラフカは訓練の行き届いた兵士達や、新しく設けられた政治委員会のことを思い出した。


「それから、お前の剣の師匠――事件当時の近衛騎士団長のことだが。あれは夫にとっては真の意味で片腕と呼ぶべき者であった」

「はい……」


 苦しげに俯くレンを、ベリアーダは優しい表情で見つめる。


「しかし、あれが亡くなり、同時にお前が助かった時、我が夫は心底安堵したのだ、お前が助かったことに。お前は妹だからな」

「まさか……ベリオード様が……そのような……」


 レンの青色の瞳が驚きで見開かれる。あの監獄でベリオードに「妹」と言われた時と同じように体が震えていた。ラフカはそっとレンの横に行き、その腰に手を添える。


「夫はそのことについて……そう思ったことについて、あの者に対する良心も呵責もあって、なかなか言葉として出すことができないのだ。だが、伴侶であるわたくしにはわかる。あれでもお前を過保護にして守っているつもりなのだ、我が夫は。お前が傷つく姿をまた見るのが怖いのだよ」


 そう言って、ベリアーダはくすくすとおかしそうに笑った。だが、レンは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「ベリアーダ様……私は……」

「うん?」

「私は伴侶としてベリオード様と生まれた時から繋がっているベリアーダ様のことを……おそらく、心の奥で妬ましく思っていました……」


 震えるレンの手を取って、ベリアーダは優しく微笑む。


「すべてわかっておる。お前はわたくしの妹だからな。それでもわたくしは可愛いくて仕方なかったのだ。妹であるお前がな」


 レンの短い栗色の髪を撫でてから、ベリアーダは彼女の体を抱きしめる。レンは青い瞳から涙を流しながら、子供のようにベリアーダに縋り付いた。ラフカはそれに少しだけ嫉妬を感じつつも、微笑ましく見つめた。



 帝都グリアの大通りの店には新作の服が並び、街は華やかな色で溢れている。そんな街を、杖を突くラフカとレンは連れだって歩いていた。


「私は何をしていたんだろうな。勝手に悲劇にはまり込んでいたみたいで、馬鹿らしいことだ」


 自嘲気味に笑うレンの頬を、ラフカは優しく撫でる。


「でも、僕はレンのそういうところ、結構好きだけどね~! 愛してる」

「え?」


 目を瞬かせたレンの腕を、ラフカは引っ張った。


「あ、ねえ、レン、あっちのお店行ってみようよぉ! 可愛いバッグがいっぱいあるぅ!」

「でも、ラフカ、そろそろ事務所に戻らないと」

「ぶー。もっとレンと遊びたいのにぃ」


 ラフカがレンに腕を絡ませながら頬を膨らませると、彼女は少しくすぐったそうに笑う。そのふわふわと幸せな空気はラフカにも伝染して彼も笑顔になる。


 ラフカは願う。どうか、この愛しい人がずっと笑顔で隣にいてくれますようにと。


 そして、彼は誓うのだ。愛しい人が笑顔でいられるように、何だってする。何だってできると。


 ラフカはレンに絡ませる腕に力を込めた。


【終わり】


ここまでお読みくださって、ありがとうございました。

これにて「歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~」は完結となります。

昨日の更新でもブックマークしてくださった方がいたのですが、連載中のブックマークや評価等とても励みになりました。

ラフカとレンの冒険がお気に召していただけたなら幸いです。

繰り返しになってしまいますが、最後まで読んでくださって本当にありがとうございました!

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