独房での尋問
庭内のすべての魔獣を片付けた後、近衛騎士達は場の混乱を理由に死刑執行の延期を上申し、皇帝と皇后はそれを承認した。ジーニア・ユリスは再び元の独房に戻されたが、今、そこは人払いされ、独房内ではレンとラフカに加えベリオードとベリアーダが死刑囚を取り囲んでいた。
「おやおや、お二人の皇族にお越しいただけるとは恐縮ですなあ」
にやにやと笑いながら嘯く死刑囚を、皇帝と皇后は大きな金色の瞳で観察する。
「お前に確認したいことがある、ジーニア・ユリスよ。レン」
ベリアーダが顎をしゃくって指示を出すと、レンはナイフをジーニア・ユリスの首元に突き付けながら凍えた声で言う。
「ジーニア・ユリス、お前は普通の人間だが、今回の事件はただの人間だけで引き起こすには無理がある。お前の裏には魔人がいるな?」
「……ハハハ! 何を根拠に!」
ジーニア・ユリスが笑い出す前の一瞬の間を、レンは見逃さなかった。
「やはりそうか。魔獣化に必要なエネルギー源『ハンナの壺』、独房の中のお前や城内のイヴが外の仲間と連絡を取るための手段。それらをお前に提供したのは、いずれかの国の皇族だろう?」
「はあ? 何を言っている。私は魔人を憎んでいる!」
「ふむ……。ならば、皇族に歯向かう不敬なテロリストは即刻処刑すべきかもしれないな」
レンは一旦ジーニア・ユリスの喉元からナイフを遠ざけ、ベリオードとベリアーダに向き直る。
「ご覧のとおりです。今ここで死刑執行してよろしいでしょうか。お二人の許可さえ頂ければすぐにでも実行できますが」
「うむ」
「あいわかった」
二人の皇族があっさりと頷いたのを見て、ジーニア・ユリスの額に汗が滲んだ。レンはラフカの長い銀髪を撫でながら言う。
「ラフカ、リューゲリアの蕾として鎮魂歌を歌ってくれないか。今回は火の精霊も呼び出てくれて構わない」
「いいのぉ?」
「ああ」
にっこりと微笑みながら、レンはジーニア・ユリスに向き直る。
「お前も見ただろう? ラフカの『夜の子供達』としての能力を。我が国では採用していないが、火刑は辛いらしいな。後学のために是非見ておきたいものだ。さあ、ラフカ」
「歌えばいいんだね? ふんふんふ~ん!」
ラフカは発声練習の要領で歌詞のない音を奏でた。
「や、やめろお……!」
恐怖におののくジーニア・ユリスの白髪に、一房、火がついた。
「うぎゃああああ! 熱い熱い!」
「まだそんなに騒ぐほど熱くはないはずだが?」
「た、助けてくれええええ!」
「我々にはお前を助ける義理はない」
氷のように冷たい視線をレンは囚人に向ける。ベリオードとベリアーダも同じような眼をしていて、滝のような汗を流したジーニア・ユリスはついに叫んだ。
「陛下、ご覧になっているのでしょう! お助けを! ご慈悲を! 私が生き残りさえすれば、再び仲間を集め、ベリオードとベリアーダを屠るチャンスは巡ってきます! 必ずや陛下の悲願を達成致しますゆえ、どうか、お助けを!」
「ラフカ」
レンに言われてラフカは歌を止める。同時に、レンが独房の外から巨大な桶を運んできた。
「ひいいいいいい!」
桶に満杯に入っていた水をぶちまけられ、半分ほどの髪を失ったジーニア・ユリスは震えながら冷たい床の上で呻いた。皇帝ベリオードは金色の冷たい視線を彼に向ける。
「ふむ。その『陛下』とやらがお前に下賜したのは、精神感応系の魔術か」
「精神感応系?」
首を傾げるラフカにレンが説明する。
「ラフカが火の精霊を呼び出せるように、皇族方はそれぞれ得意の魔術系統があるんだ。ベリオード様であれば氷雪系の攻撃魔術、ベリアーダ様であれば雷光系の攻撃魔術という風に」
「精神感応系は文字通り、魔人や人間の心を操作する魔術だ。例えば、離れた者同士が心に思い浮かべるだけで会話することもできる」
ベリアーダの追加説明に、ラフカはそんなことも魔術で可能なのかと唸った。レンは口元を手で覆いながら推論を述べる。
「おそらく、ニーシアやイヴ達はその魔人によってジーニア・ユリスとの『遠話』の魔術を施された。だが、魔人と会ったことは記憶操作で消され、古時代の技術を元にジーニア・ユリスが開発した能力と理解していたのではないだろうか」
「なるほどぉ……。それで、その魔人っていうのは誰なの?」
ラフカの問いに応えたのはレンではなく、ベリアーダだった。
「魔人の中でも精神感応はかなりレアな能力でな。使える人物は限られる」
イグリア帝国の美しい皇后は顔を顰めて叫んだ。
「ナタレ、この男を通してここを見ているのだろう! いや、慎み深いナタレは覗きなど本意ではなかろうな。ナタレに命じているのはノエルだな。貴様も見ているのだろう! 相変わらず、悪趣味な男だ! 出てくるがいい!」
お読みくださって、ありがとうございました。
お話もいよいよ佳境です。最後までお付き合い頂けましたら幸いです。




