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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第三章 探偵と歌い手は帝都で躍る
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処刑場での攻防

 処刑当日、フェルーの館の中庭では「リューゲリアの儀」の舞台が設営されていた。ただし、このことは国民には伏せられ、公式には「諸事情により今月のリューゲリアの儀は中止」と伝達されている。国民達が館の周囲に集まればテロの対象とされかねないからだ。


 舞台袖にいるラフカはレンに尋ねる。


「レンはニーシアが今日来ると思ってるの?」

「おそらく」

「彼女はどうやって今回の処刑の情報を得たのかなぁ……?」

「ふむ……」


 レンは厳しい視線を舞台上のジーニア・ユリスに向けた。


 今日の舞台は普段の「リューゲリアの儀」と比べればこじんまりとした大きさであり、仮設の玉座に就いた皇帝・皇后も略式礼装だった。「蕾」も本来であれば連続して同一人物が務めることはないのだが、秘密を漏らすわけにはいかないため前回と同じドレスを纏ったラフカが担当することになっている。しかし、警備兵と近衛騎士の数と警戒度はいつもの比ではなかった。


 ジーニア・ユリスはすでに処刑台に拘束され、そのそばでは代替わりした死刑執行人が処刑用の大剣を確認している。


「さっさと処刑しちゃえばいいのに」

「ニーシアが来るか否かを確認しなければならないからね。少し待とう」


 レンがそう言った時、処刑台でジーニア・ユリスが叫んだ。


「ニーシア、何をしている、さっさと来て私を助けろ!」


 その時、大きな羽音が響いた。それと同時にフェルーの館の中庭に影が差す。


「何だ!」

「見ろ! 上だ!」


 兵士達が空を見上げると、そこには影の主がいた。巨大な鳥――いや、鳥型の魔獣だ。猛禽類のフォルムだが、通常の鳥とは大きさも形も違う。顔の半分と裸の胸部は人間の女のもので、あとは羽毛と翼と強靭な猛禽の脚でできている。巨大な翼はおそらく人間の身長よりも大きいだろう。ラフカは赤い瞳を見開いてその姿を見つめる。


「まさか……ニーシアの魔獣化した姿……?」

「ピギャアァァァァ!」


 鳥女は嘴から警戒音を発しながら急降下してくる。鋭い爪の付いた脚で一人の兵士の頭を掴むと、そのまま飛び上がった。


「ピギャアァァァァ!」

「や、やめろおお!」


 兵士の抵抗もむなしく、高高度まで飛翔した鳥女は、そこで兵士を手放した。


――ドサッ……


 鈍い音とともに兵士は落下した。その音の恐ろしさに、ラフカは思わず耳をふさぐ。


「何をしている、ニーシア! 私を助けろ! やるなら皇帝と皇后を狙え!」


 処刑台の上でジーニア・ユリスが叫んだ。ニーシアと思しき鳥女は空中を旋回しながら、獲物を狙う目でフェルーの館の中庭を窺う。近衛騎士達は皇帝と皇后を取り囲み、館内へと導きながら鳥女に向けて剣を構えた。


 レンは皇帝と皇后から離れた場所へと走り、叫ぶ。


「ニーシア、こっちだ! お前の弟を殺したのは私だぞ!」


 挑発的に叫んだ彼女はサーベルを空に向かって掲げる。猛禽類のニーシアの眼がレンを視認し、ギロリと睨みつけたようにラフカには見えた。処刑台の上のジーニア・ユリスが再び叫ぶ。


「何をしているニーシア、奴を倒すより先に私を助けろ!」

「どうやら、ニーシアはもう人の言葉が理解しづらくなっているようだな」

「クソ! せめて皇帝と皇后を片付けろ! 役立たずのクソ女が! 増援はまだか!」

「やはり助けを呼んでいたか」


 その時、塀の外から怒号が聞こえた。人では到底登れないような高さの壁を、力任せに、あるいは鋭い爪や異様な肌のぬめりを使って、異形の魔獣達が駆け上ってくる。


「弓兵よ、撃ち落とせ! 屋敷の東だ! 警備兵、配置に付け!」


 今の近衛騎士団長の命令に従い、見張り台に立つ弓兵が塀の上に辿り着いた魔獣達の頭部を狙って矢を放ち、庭内の兵士達は東壁の内側に幾重かの陣を描く。何匹かの魔獣は矢によって塀の外へと転がり落ちたが、フェルーの館の庭に入り込んだ魔獣達も、防御役・攻撃役に分かれた兵士達のコンビネーションにより効率的に殲滅されていく。


 ラフカは息を吸い込んだ。


『烈火のごとく燃える恋 あんた以外はいらないの

 恋路を邪魔する野暮天は 全部暖炉にくべちまえ』


 少し前の流行り歌をラフカが独特の節回しで歌うと、手近な魔獣に火の精霊達が嬉々として抱き着き、着火させる。全身を火に取り巻かれた狼型の魔獣は絶叫しながら地面をのたうち回った。


(お前達、空を飛ぶニーシアを焼くことはできる?)


――イクラ妾デモ、サスガニアレハ届カヌ。

――妾ハオ前ノ歌ノ届ク範囲ニシカ出現デキヌノダ。

――次ハアノ蜥蜴ヲ焼クゾ! キャハハハハ!


(ちょっ……! 勝手に動くなよぉ!)


 ラフカは精霊達の扱いに悪戦苦闘しながらも、魔獣の撃退に貢献した。


 一方、上空のニーシアはレンに狙いを定めたようだ。兵士を攫った時のように、レンに向かって急降下し、猛禽類の強靭な爪で彼女の体を掴もうと襲い掛かる。


「ハアッ!」


 最接近したニーシアの右目を狙い、レンはサーベルを差し出した。ニーシアは翼を開いて急ブレーキを掛けてそれを躱すと、素早く空に逃げ戻る。ニーシアの鳥の目はしばらくの間、警戒の色をもってレンの動きを観察していたが、再び襲い掛かった。


「ヤアッ!」


 再び同じようなサーベルの突撃を受けたニーシアは、今度はそれを躱しながらレンのサーベルを握る腕を掴もうとした。だが、レンが肘鉄で押し返したことで失敗する。レンとニーシアは何度も同じような攻防を繰り返した。


 その間に、近衛騎士達はベリオードとベリアーダを無事館内に退避させていた。それを目の隅で確認したレンは、死刑執行の舞台上に向かって走り出す。


「少しお借りします」


 彼女は死刑執行人が使用する大剣を手にすると、鞘から抜いて正眼に構えた。彼女はジーニア・ユリスが固定された傍らの処刑台を蹴りながら、ニーシアが旋回する空に向かって叫ぶ。


「来い、ニーシア! 決着をつけよう! お前の大切な首領もここにいるぞ!」

「舐めた口を聞く女だ!」


 ジーニア・ユリスは拘束されたまま、憎々しげにレンを睨みつける。


 上空のニーシアが、レンの言葉に応えるように何度目かの急降下を仕掛けた。だが、それまでは猛禽の爪を開いてレンに襲い掛かっていたニーシアが、今回に限ってそれを閉じていた。


「なんだ……?」


 ニーシアの閉じた爪の中には、先程の攻防の最中に庭内で拾ったらしいいくつもの石礫や土塊が握りこまれていた。ニーシアはレンに近付いたところでそれを投げつける。


 だが、彼女の狙いはそれでレンを傷つけることではなかった。


「く……!」

「いいぞ、ニーシア!」


 レンの苦悶の声とジーニア・ユリスの歓喜の声が重なる。


 この石礫や土塊は目潰しだ。レンは本能的に目を細めざるを得なかった。その瞬間を狙ってニーシアはレンの頭部を猛禽の爪で握りこもうと飛び掛かる。


 しかし――。


「ピギャアァァァァ!」


 悲鳴を上げて、ニーシアは黒い血を撒き散らしながら地面に落下した。そばには、ニーシアから切り離された二つの翼が転がっている。


「なっ……! 何が……!」


 ジーニア・ユリスの灰色の眼が驚愕に見開かれているのは、間近にいてもレンが何をしたのか視認することができなかったからだ。彼女は超重量の大剣を、まるで舞踏用の飾り剣のように軽々と振るった。


 レンはニーシアの起こす風切り音を聞き分け、空気の動きを体感しながら、交錯の瞬間に大剣を二度大きく振っただけ。それだけで、ニーシアの両翼は体から切り離された。


「目を失っても、敵を撃退しなければならないシチュエーションはある。私の師匠に何度も訓練されたことだ。これで終わりだな、ジーニア・ユリス」


 レンはニーシアの胸に深々と大剣を突き刺してとどめを刺し、増援の魔獣達も兵士達により次々と撃退され、あるいはラフカの呼び出した精霊達に焼かれ、倒れていった。


 ジーニア・ユリスの敗北は確定だった。だが、彼は未だに爛々と目を輝かせている。それは敗北を覚悟した者の表情ではなく、レンは思案するように目を細めた。

お読みくださって、ありがとうございました。

なんだかんだとお話も佳境です。おそらくあと2回くらい更新したら完結かな、という印象です。(あまりちゃんと計算してはいないので違ったらすみません)

お気に召した方がいらっしゃったら、ブックマークや評価、感想等頂けたら嬉しいです。お話の最後までお付き合い頂けたら幸いです。

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