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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第三章 探偵と歌い手は帝都で躍る
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囚人との面会

 翌日、レンはラフカを連れてベリアーダの私室を訪れた。


「レン、憑き物が落ちたような顔をしておるな。心が落ち着いたように見える」


 そう言って皇后は微笑み、レンの要望通りベリオードと話す場を設定した。



 皇帝と皇后を前に、レンは背筋を伸ばして声を発する。


「私には一つ疑念があるのです。ジーニア・ユリスと面会させて頂けませんか」

「ならぬ。お前はもうこの件には関わるな」


 冷たい声と表情で皇帝ベリオードがレンの要望を遮ったが、彼女は怯まなかった。


「私はベリオード様とベリアーダ様のご安全、引いては周囲の者や国民の安全のために必要なことだと考えています。どうかお許しください」


 レンの言葉を受けて、ベリアーダが夫であり兄であるベリオードに向かって艶やかに微笑む。


「我が君よ、よいではないか。レンの好きにさせてみれば」

「しかし、妃よ……」

「彼の者との面会にはわたくしも立ち会う。それでもだめか、我が君?」


 ベリオードの金色の瞳が憮然とした表情で、同じ色の妻の瞳を見つめる。


「勝手にするがいい」


 わずかに苛立ちの感情を滲ませながら、皇帝は踵を返し部屋を去っていった。その姿を悩ましげな表情で見つめてから、ベリアーダはレンに向き直る。


「先に行っておれ。すぐに追いつく」


 そう言って、ベリアーダも部屋を出て行った。二人の陛下がいなくなってから、レンは苦しげに息を吐き出す。


「私の行動がベリオード様を苛立たせてしまったかもしれない」


 その言葉と表情に、ラフカは妬ましい気持ちを覚えた。


(いまだにレンの心の何割かを、兄であるあの方が占めているのかな)


 でも、そんな気持ちを飲み込んで、ラフカはレンに微笑み、片手を差し出す。


「レンの誠意はきっとわかってくださるよ。行こう、レン!」

「ああ」


 レンがラフカの杖を持っていない方の手を取り、二人は歩き出した。



 イグリア帝国では死刑囚は通常の囚人とは異なる建物――「フェルーの館」に収容されている。帝都グリアの北の端、石を積み上げて作られた人の身長の何倍もある塀と、灰色の本館は、見る者を憂鬱な気分にさせた。


 ベリアーダは顔をベールで隠した「奥方様」の姿で現れた。グリア城発行の死刑囚面会許可証を手に、レンはラフカとベリアーダを伴って収容施設の門を潜る。


 死刑囚は分厚い石壁で区切られた独房に入れられ、その扉に設けられた小窓には鉄格子が填まっている。警備兵が小窓の木製扉を開けながら、厳めしい声で硬い石の床に寝転ぶ男の名前を呼んだ。


「ジーニア・ユリス、面会だ」


 警備兵は一礼の後、退席した。独房内の白髪の男は片目を開けてレン達を見ると、ニヤリと不敵に笑う。老年と言って差し支えない年齢だろうが、囚人服姿のその男は老人とは思えない強靭なオーラを纏っていた。


「とうとう私も首を跳ねられる番が来たかい? お前達は何者だ?」


 その問いには答えず、レンは冷たい声で言う。


「ニーシアに会ったよ」

「ほう? あれは元気だったか? あれの弟は?」

「弟は亡くなった。姉を逃がすためにな」

「フハハハ! あの泣き虫坊主が立派な戦士になったものだ! 我が身を道具とし、組織に捧げるようになったのだからな!」


 レンは不快な表情で眉を顰めてから、白髪の死刑囚を睨みつける。


「ジーニア・ユリス、この前の晩餐会における魔獣襲撃事件、指示をしたのはお前か?」


 囚人は吹き出して笑う。


「ハハハ! 私はその魔獣襲撃事件とやらを知らない。ずっとここにいて外の情報を得る術すらないからな! そんな私がどうやって指示を出すのだ?」

「ポイントとなるのはそこだ」


 レンは思案するように青の瞳を細める。


「魔獣襲撃事件の手引きであるイヴ女史は『リューゲリアの蕾』になることを所望していた。これはつまり、『リューゲリアの儀』の最中にイヴが魔獣化し、観客の中に混ざっていたであろう仲間達と共に観客を襲いながら混乱に乗じて両陛下を暗殺する計画だったのだろう。お前が孤児院で引き起こした事件と同じような筋書だ。イヴは女官として当日の警備計画なども入手できていたであろうからな」

「ほう? そんな恐ろしい計画があったとは驚きだ」


 ジーニア・ユリスがわざとらしく目を丸くしたが、レンは顔色を変えずに言葉を続ける。


「しかし、イヴ女史は計算より早く魔獣化してしまった。そこで襲撃のタイミングを晩餐会に変えた。食事を終えられた両陛下を暗殺することの困難を考慮し、狙いを両陛下の醜聞ねつ造に変えた……というところか?」

「何を言っているのか、まったく理解できないねえ」


 ジーニア・ユリスは顔を歪めてくつくうと笑う。つられたように、レンもおかしそうに笑った。


「確かにおかしいな。城の中にいたイヴはどうやって自らの魔獣化失敗を外の仲間に伝えたのか? 狙いを晩餐会に変えるという指示を誰がどのように出し、どのように伝えたのか? なかなか難しい問題だと思わないか? 普通の人間には難しそうだが……? フフフ!」

「確かになあ。ハハハ!」


 ジーニア・ユリスは笑いながら、明るい灰色の瞳を見開いてレンを見つめた。レンは唇を吊り上げて不敵に笑う。


「ところで、ジーニア・ユリス。君の来歴を改めて見直したよ」

「ふん?」

「隣国のガブリアス帝国出身。ニーシアとセシルの姉弟もこの国の出のようだな。ノエル皇帝とナタレ皇后の治める国だ」

「それがどうかしたのか」

「ノエル皇帝は恐ろしいお方だそうだな。お食事を毎日摂られる上、その際のお戯れが過ぎるとか」

「くくく。もったいぶって……。何が言いたいのかねえ?」


 半笑いのジーニア・ユリスの灰色の瞳を、レンはじっと観察する。


「ノエル皇帝が口にするのは人間の女性で、まるで猫が捕らえた鼠をいたぶるようにしてからお食事なさる。お前がテロリストになったのは、皇帝がお前の家族――母や妹に与えた不幸が起因であるようだな」

「ふふ。そうやって私の心を揺さぶって何かを炙り出そうとしているのかねえ? 無駄だよ。私は言葉に惑わされはしないからねえ」

「亡くした家族の代わりにニーシアを助け、弟のセシルと共にテロリストとしての教育を施した。二人はお前に心酔していたようだな」

「私のことを好いてくれていたと言うなら嬉しいことだよねえ」

「次の処刑がお前だと知れば、彼女は自らを魔獣化してでも、命を懸けて助けにくるのではないか?」


 ジーニア・ユリスは不敵にニヤニヤと笑う。


「大義のための犠牲はやむを得ないのだよ。ほら、近衛騎士が自らの主人や弱き者を守るために命を落とすのも仕方がない……それと一緒だ」


 レンは一瞬だけ鋭く目を剥いたが、隣のラフカがそっと手を握ると、一つ息吐いて元の表情に戻る。彼女は落ち着いた青い瞳でじっとジーニア・ユリスを見つめた。


「その考え方はお前の組織の教義と反しないのか?」

「……どういう意味だ?」


 囚人の瞳に警戒の色が混ざっていた。


「お前の組織は魔人を根絶するためには手段を選ばない。そのために自らを道具として使い捨てることも厭わない。それなのに、お前を助けるために、ニーシアという優秀な人材が命を失うことに大儀があるという。お前にそこまでの価値があるのか?」

「は?」

「テロに一度失敗したお前が、その時の仲間は全員現場で殲滅されたというのに、ただ一人こんなところで生き永らえていていいのか? しかも、怨敵であるノエル皇帝ではなく、魔人の中でも力が弱いと見なした我が国を狙う浅ましさ」

「……!」


 灰色の眼を見開いたジーニア・ユリスを見て、レンは微笑む。


「いずれにしろ、次の『リューゲリアの儀』の実施計画は見直しが必要だ。参考になったよ」


 そう言って彼女は、隣のベリアーダの顔を窺う。


「陛下、事件の終息まではグリア噴水公園での国民を前にした処刑は取りやめた方がよろしいかと存じます。特に今回はフェルーの館内にて死刑執行というのは如何でしょうか」

「ふむ。我らが民に万が一でもあってはならぬからのう」


 ベリアーダの言葉に、ジーニア・ユリスは茫然と「奥方様」を見つめた。


「ま、まさか……その女は……!」

「お前がわたくしの血肉となること、楽しみにしておるぞ」


 ベリアーダはクスリと笑いながらベールを引き上げ、額の角と人間のものより大きな金色の瞳を彼に見せた。


 レンは外の警備兵に呼びかける。


「面会を終了します」

「は!」


 引き攣った顔で固まるジーニア・ユリスの覗く小窓を、警備兵はバタンと勢いよく閉じた。

お読みくださって、ありがとうございました。

お話は事件の核心に迫っています。続きはまた明日更新の予定です。

お気に召した方がいらっしゃいましたら、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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