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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第三章 探偵と歌い手は帝都で躍る
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両陛下への謁見

 揺れる船室でラフカはなかなか眠りにつくことが出来なかった。それはレンも同じようで、隣の狭いベッドで何度も寝返りを打っている。


「ねえ、レン、起きてるんでしょ?」

「ああ……」


 レンが顔をラフカに向けた。暗い室内でもわかるくらい青く輝く瞳。奥底に悲しみを秘めた美しい青の宝石にラフカは見惚れた。


「ねえレン、そっちに行ってもいい?」

「え?」


 レンの答えも聞かず、ラフカはレンのベッドに潜り込む。


「ラフカ……?」

「うふふ! あったか~い!」


 子供みたいに無邪気に笑いながら抱きついてくるラフカを、レンは戸惑いの表情で見つめる。ラフカは上目遣いにレンの青い瞳を覗き込んだ。


「ねえ、レンってさ、もしかして……人間じゃなくて魔人なの?」


 レンの体が硬直した。彼女の青の瞳がラフカの赤い瞳から逸らされる。


「ラフカ、どうして……そんなことを訊くんだ?」

「だって、レンがこの前使ったのはベリアーダ様の魔術と同じものでしょう? 魔術は魔人である皇族方しか使えないはずだよね?」


 レンの体は少し震えているようだった。レンの短い栗色の髪を撫でながら、ラフカは優しく問い掛ける。


「レン……? 僕には話したくないこと?」

「私は……たぶんどちらでもない」


 途切れそうな小さな声で彼女は言った。


「え……?」

「私はほとんど人間だ。私は魔人の出来損ないなんだ」


 そう言って、レンは溜め息のような息を吐き出す。


「十年前に身罷った先帝が人間の女性に産ませた子供、それが私なんだよ」

「僕、そんなニュース知らないけど……」

「公表されていないからね。だって、私は一人で生まれてきたから。皇位に着けないものを皇帝の子供として公にすることはできないだろう。半分人間である私は魔人とは言えないし、伴侶となるべき双子もいないから、正当な跡継ぎをもうけることも出来ない」


 震えるレンの顔を見るのがなんだか怖くて、ラフカはレンの首元に顔を埋めて彼女の話を聞き続けた。


「魔人というのは魔術の行使方法を生まれながらに知っている。受け継がれる血の濃さが呪文や魔法陣を言葉を介さず伝えるそうだ。でも、私はそれらの知識を持って生まれなかったし、魔人としての外見的特徴もない。それに、私の体には魔力を溜めるための器官もない。私はベリアーダ様に教えてもらった呪文や魔法陣を使って、自分の血や臓器を魔力器官の代替とし、程度の低い魔術を模倣するのがやっとなんだ」

「レン……」

「私の母親は前の皇后がみまかった後、先帝の愛人となったが、まさか子を身籠るとは思ってもみなかっただろう。その母も、私を産んだ時に亡くなってしまったのだが」


 レンの声が震えていた。今までに聞いたことがないほどか細い声で、ラフカは我慢できずに彼女の顔を覗き込んだ。顔は笑おうとしているのに、青い目は今にも泣きだしそうに見えた。


「つまり、私は出来損ないの半端者なんだ」


 レンはそう言って無理やり笑う。まるで、何かの感情を押し殺しているように、ラフカには見えた。


「レン……もしかしてまだ僕に……」


(言ってないことがあるんじゃないの?)


 そう言おうとしたが、彼は思い直して口を噤んだ。


「ラフカ?」

「ごめ~ん。なんでもなぁい」


 甘え声で言ったラフカは、ふざけるみたいにレンの頬に自分の頬を寄せる。レンにこれ以上悲しそうな顔をさせることはラフカには出来なかった。


「僕はレンが何だったとしても、レンのことが大好き!」

「ラフカ……ありがとう」


 レンの表情が柔らかくなった。ラフカはほっと胸を撫でおろすと同時に、この場所から離れがたい気持ちになる。


「ねえ、絶対何もしないから、このままここで寝てもいーい?」

「何もって……え?」

「僕、眠くなっちゃったぁ。おやすみぃ……」


 そう言って誤魔化しながら、ラフカは狭いベッドの中でレンに抱き着いたまま目を閉じる。レンは最初は目を丸くして戸惑っていたが、ラフカの暖かさに眠気を誘われたのか、あるいは、まだ残る傷の修復にエネルギーととられているためか、すやすやと寝息を立て始めた。


(僕がレンの悲しみを全部取ってあげられればいいのになぁ)


 安らかなレンの寝顔を覗きながら、ラフカはそう思い、レンを抱きしめる腕に力を込めた。




 ヒース湾の港にラフカとレンを送り届けたヒビット博士は、「素晴らしい操船データを得ることができた」と満足げにエレーニアへの帰途についた。港町を出発して陸路を歩き続けて一日、二人はその足でグリア城に向かった。


 皇后ベリアーダの個人的な依頼で動いていたレンは、城内の公的な場所である謁見の間ではなく、二人がアフタヌーンティーに興じる私室に呼ばれた。アフタヌーンティーとはいえ、二人は食物を摂らないため、執務の合間のリラックスタイムをそのように呼ぶだけだ。今日の夫妻はカードゲームに興じていた。


 レンから報告を聞いた皇帝ベリオードはしばらく思案した後、大きな金色の瞳をレンに向けて冷たく言い放った。


「ご苦労であった、レン。以降は近衛騎士団にて対応する。お前は定常業務に戻るがいい」

「え……?」


 レンは驚いたように目を見開く。


「ニーシアはお二人を狙って帝都に来ているはずです。仲間を失い、どのような行動に出るかもわかりません。お二人を守るために、私に捜査や警護の協力をさせて頂きたいのです!」

「控えよ。平民であるお前をこれ以上特殊な任務に就けることは出来ぬ」


 レンがどんなに訴えてもベリオードの冷たい表情と声は変わらなかった。レンの顔が親に拒絶された子供のように、絶望で青白くなっていく。ラフカは船の中でレンに聞いた話を思い出しながら、胸の痛みを感じた。


(本来は陛下はレンの「兄」であるはずで……それなのにこんな風に冷たくされたら辛いよね……。でも、皇帝陛下はどうしてこんなにレンに対してドライなんだろう?)


 レンは救いを求めるように皇后ベリアーダの方を向く。


「ベリアーダ様!」

「レン。わたくしはお前を可愛がっている故、お前に手柄を上げさせたい。しかし……」


 ベリアーダは夫と同じ大きな金色の瞳で、レンの頭の上から足の先までを舐めるように見つめる。


「隠しておるが、お前、怪我をしておるな? また無理をしたのか?」

「大したことはありません!」

「本当か? ラフカよ、レンは本当に無理をしておらぬか?」


 急に話を振られて、ラフカは狼狽する。


「え、えっと……!」


 ラフカはレンとベリアーダの顔を交互に窺い、はっきりと答えることが出来なかった。その様子を見たベリアーダが溜め息をこぼす。


「あいわかった。レン、しばし休み、怪我を養生せよ。我が君よ、そろそろ執務に戻る時間だな」

「お待ちください! せめて、ニーシアの狙いについて私の推論をお聞きください」


 立ち上がろうとする二人に、レンが慌てて言った。


「おそらく、二人が城外にお出ましになる『リューゲリアの儀』の最中を狙うか、イヴの時と同じように城内に人が溢れる晩餐会を狙うものと思われます。警備計画や式典の形式そのものを見直す必要があるでしょう」


 ベリアーダは「ふむ」と頷く。


「次の『リューゲリアの儀』か……。なるほど、運命の輪というものは皮肉だな。次の死刑囚は確か……」

「妃」


 ぴしゃりと遮るようなベリオードの声に、ベリアーダはハッとして口を閉ざす。


「陛下、死刑囚がどうかしたのですか?」


 レンは二人の魔人の表情を注視する。


「なぜ、死刑囚の名を私に隠すのです? まさか……処刑するのはジーニア・ユリス?」


 レンの言葉にベリオードの口元が極わずかに震えた。それを見たレンの顔が凍り付く。


「やはりそうなのですね……?」


 レンの顔は蒼白に近かった。怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか、ラフカはその表情を読み取れず、戸惑う。


 ベリオードは疲れたような息を小さく吐いてから言った。


「レン……重ねて命じるが、余計なことはするな。妃、行くぞ」

「すまぬな、レン」


 二人の皇族は連れ立って私室を後にする。


「お待ち下さい、陛下!」

「レン殿、お控えください」


 廊下を進む二人に取り縋ろうとするレンを、近衛騎士が困惑したような顔で止めた。


「く……!」


 さすがに、兵士を振り払ってまで二人を追うことをレンはしなかった。悔しいというよりは、捨てられた子供のような寂しげな瞳で両陛下の背中を見つめるレンの姿に、ラフカは胸の痛む気持ちと同時に不安を感じていた。

お読みくださって、ありがとうございました。

だんだんとレンの出生や彼女の抱えてる秘密について近付いてきました。

ラフカとレンには今後どんなことが待ち受けているのでしょうか。

引き続き、お話を楽しんで頂けたら嬉しいです。お気に召した方がいらっしゃいましたら、ブックマーク等での応援もよろしくお願いします!

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