あの人からもらったリング
見世物小屋の天幕に帰って来たラフカはその夜、寝具の中でうっとりと溜め息をつきながら、青い瞳の美しい人からもらった指輪を眺めていた。
剣を扱うためだろうか、彼女のリングはラフカの細い指にはサイズが大きすぎた。本来は客からのプレゼントはすべて親方に一旦渡すルールだが、ラフカはリングに紐を通してペンダントにして首に下げ、ペンダントトップになったリングを服の中に隠した。
(もし彼女に二度と会うことはなかったとしても、このリングだけは誰にも渡さない。これは僕だけのものだから)
ラフカは服の上からリングにそっと触れながら目を閉じた。
※
ラフカの所属する見世物小屋は、ショーを見せる天幕の裏手に団員が生活するためのテントを併設している。
「ラフカ、こいつは何だ!」
青い瞳の美しい人に出会った翌日、ケチな親方は目ざとくラフカの首もとに紐がぶら下がっているのを見つけた。親方はその紐を引っ張りあげて彼が隠していたリングを発見する。
「えっと……僕が自分で買ったものだよ!」
「お前はそんなモンを買う金、持ってねぇだろうが! ただでさえ、お前に入ってくる金は少ねぇってのに、ドレスだの香水だのに使っちまってよ。男のくせになあ!」
怒鳴り声と共に、団長の平手がラフカの頬を襲った。バチンと派手な音が鳴った割にあまり痛くないのは、商品を傷付けずに効果的に支配体制を理解させるための手段だからだ。
(失礼な! 趣味の部分はあるけど、ドレスや香水は自分をより高く売るための投資なんだぞ! それに、散財もしてはいるけど、ちょっとは貯蓄もしてるし!)
こんなことには慣れっこのラフカは、心の中で毒づきながらも、口をつぐんで殴られるままにやり過ごす。団長はラフカの反抗心を挫くまでは殴るのをやめないからだ。
「なんだ、その顔は! 人の話、聞いてねーだろ!」
バチンバチンと親方はヒートアップしていく。さすがにラフカの頬もジンジンしてきた。
(僕の商売道具(可愛い顔)が腫れちゃう……)
「すみませんでした……。もう勘弁してください……」
ラフカは屈辱に震えながら、土下座をして親方への降伏の姿勢を示す。いつもであればこれで手打ちだ。親方は満足げにニヤリと笑う。
「だったら、これは俺が預かるからな」
「待って! そのリングだけは許してください!」
リングの付いた紐を首から引っ張り上げようとする親方の腕をラフカは慌てて引き留める。その瞬間、親方の顔がピクリと不機嫌に歪んだ。
「まだ自分の立場がわからねえようだな? あん? 殴るだけじゃわからねえか?」
「きゃ!」
親方はラフカを乱暴に押し倒し、床に転んだラフカからクラッチ杖を取り上げる。ラフカはテント内に積んである行李を掴んで立ち上がろうともがくが、その間に、親方は工具箱を漁ってプライヤーを取り出していた。
「お前の体は昨日の客に付けられた傷がまだ生々しいだろうからなぁ。今日は爪を剥ぐくらいで許してやらぁ」
「嘘……! や、やめてください、やめてぇ!」
親方は、這って逃げようとするラフカの長い銀髪を掴みながら、彼の華奢な体の上に背面から馬乗りになる。まずは工具で紐を引きちぎって赤い石のリングを手中にしてから、ラフカの腕を掴み、綺麗に整えられた彼の爪にプライヤーの金属の歯をあてがった。
「いやだ! おねがいです、やめてぇ!」