ラフカの歌と火の精霊
さらにセシルはラフカの回復も待たず、赤々と燃える暖炉にくべられていた焼き鏝を取り出し、ラフカの足に押し当てる。
「あち……! ぐ……」
「じゅうう」という肌と肉の焼ける音とともに体を逸らせたラフカは、唇を噛んで苦悶の声が出るのを必死に堪えた。こんな男に自分が苦しんでいることを知らせるがひどく屈辱的に思えたからだ。
「アハハ! 麻痺があっても痛覚はあるみたいだね。健気に我慢してるけど、どのくらいもつかなあ? ねえ、みんな。何個焼き印を付けたらラフカ君がギブアップするか、賭けをしない?」
焼き鏝を再び暖炉に戻しながら、セシルは楽しそうに言った。他の男達は呆れ混じった笑い声をあげる。
「まったく、セシルはいつも面白い遊びを思いつくねえ。感心するよ」
「姉貴に似たんじゃねえの?」
その後、ラフカの足にはいくつかの焼き鏝が押し付けられた。セシルが楽しそうに笑いながらラフカに問い掛ける。
「で、あの美男子さんはどなたか、話す気になった?」
「知らない! 僕だって、あの人が何者なのか知らないんだもん!」
「ふーん? 知らない人なのに一緒にいるの?」
「僕があの人を好きになっちゃったから! 押しかけ女房ってやつだよ」
「へえ。君はこの前の『リューゲリアの儀』で『蕾』をしたラフカだろ? 銀髪のとびきりの美貌で素晴らしい歌声をもった美少女――実際は少年だったけど。足が不自由だという情報もあったから、君で確定だね」
「う……」
言い当てられたラフカは言葉に詰まる。
「ということは、あの美青年はその日の晩餐会に出席して、魔獣襲撃事件を未然に察知したという名探偵かな? レンとかいう。名探偵という肩書は笑わせる。彼は何者だ?」
「ぐ……」
「僕は新聞記者でもあるからね。色々と情報収集してるんだよ。さあ、話してごらん」
(もしかして、この人がタブロイドの「デイリー・ノーメッド」を書いた人?)
「なんとか言ったらどうだい、ラフカ君?」
「うわあ……! ぐぐ……!」
セシルにまた暖炉から取り出した焼き鏝を押し付けられて、ラフカは呻きながらも必死に考える。
(レンにはメモを残しておいたから、僕がキャバレーから帰ってこないと気付けば、怪しいこの屋敷まで探しに来てくれるかも!)
しかし、ラフカがキャバレーから宿に帰る時間は、いつも深夜だ。
(今、何時なんだろう? いつまで耐えればいい? そういえば、今夜はヒビット博士がメリオットの屋敷に来ることになってた! ここがメリオット邸なら大声で騒いでいれば気付いてくれるかも!)
「もうこんなのやだぁ! はなして、はなしてよお!」
大声でラフカが叫ぶと、セシルに喉を掴まれた。
「うぐ……!」
「何を狙ってる? もしかして、助けが来るのを待っている……とか?」
「うぐううううう!」
セシルはラフカの上に馬乗りになり、両腕で彼の首を絞め始めた。
「舐めるなよ。別に今すぐここでお前を殺してもいいんだ。お前が死んだら、代わりにあの美男子をいたぶってやる。どうやってここに連れ込んでやろうかな。お前を餌にして誘い込むのも面白そうだ」
(レン……!)
自分の代わりにセシルに首を絞められるレンの姿が頭に浮かんだ。もし彼らがレンを辱めようとして服を脱がすようなことがあったら。そして、レンが女性だとわかったらどんなことをするか。その想像のおぞましさに呼吸ができないほどの苦しさと嫌悪を感じて、ラフカの赤い瞳から涙がこぼれ落ちる。
(そんなことさせない! でも、どうすれば……)
その時、暖炉の炎がバチンと大きく爆ぜた。それを横目に見たのはラフカだけで、気にかけたのもラフカだけだった。飛び散った火花の中に、ラフカは精霊の影を見た。
――ソロソロ妾ト遊ブ気ニナッタカ?
(どうして? 歌ってないのに火の精が……? そ、それにお前と遊んでる場合じゃないよ! わかるだろ!)
――ナンダ、一緒ニ遊ベソウナ者ドモモ、イルカラ、来テヤッタトイウノニ。
精霊の声にラフカはハッとして暖炉からセシルと男達に視線を移す。
「どうした? 話す気になったのか?」
セシルの手がラフカの喉を戒める手が緩んだ。ラフカは一度大きく息を吸い込み、吐き出しながら喉を鳴らす。
『ひとりぼっちのユーリ 火遊びが好き
おうちに火をつけたら パパもママも燃えちゃった
ひとりぼっちのユーリ 火遊びが好き
麦畑に火を付けたら じいちゃんばあちゃん燃えちゃった
ひとりぼっちのユーリ 火遊びが好き
森に火を付けたら 村人全員燃えちゃった
ひとりぼっちのユーリ 火遊びが好き
ひとりぼっちのユーリ 火遊びが好き
だからユーリはひとりぼっち』
イグリアの伝統的な童謡だ。童謡や童話にはひどく皮肉な冗談が込められたものがあるが、この曲もその一つで、おそらく誰かが子供の火遊びを戒めるために歌い始めたものだろう。ラフカの喉は咄嗟にこの曲を歌っていた。
「なんだ? 窒息して頭がイカレタのか?」
訝しげな顔をした男の後ろで、暖炉からはみ出した炎が大きな火柱を上げるのをラフカは見た。彼の赤い瞳は渦を巻く炎の中で火の精霊がどんどん増殖していくのを視認する。何匹もの火の精が羽ばたきながら分裂し、さらに火の渦を大きく育てていく。
――キャハハハハ! 妾ハオ前ノ歌ガ大好キダ! 今マデ我慢サセラレタ分、遊ブゾ!
酔ったように笑いながら、夥しい数の精霊は炎の渦を纏い、セシルの仲間に抱き着いた。
「ぐわあああああ!」
突然体中を炎に包まれた男が悲鳴をあげた。
「なんだ!」
「突然、暖炉の炎が!」
服も髪も体も、真っ赤な炎に取り囲まれた男が床の上をのたうち回る。慌ててセシルと他の男が上着で叩いて消火しようとするが、火の勢いは異常なほどに衰えない。焦げ臭いにおいと香ばしい匂いが部屋に充満していた。
セシルが驚愕の目でラフカを見つめる。
「お前……まさか、『夜の子供達』なのか! この炎はお前が? もしや、お前の歌か! 祝福で精霊が動くタイプのやつか!」
どうやらセシルはラフカが炎と親和性が高い「夜の子供達」であることまでは知らなかったようだ。
ラフカがもう一度「ひとりぼっちのユーリ」を歌おうとした時、口に布を噛まされた。
「ふぐぐぐ!」
ラフカの歌が途切れた途端、増殖した火の精が煙のように虚空に消える。同時に炎も幻のように消え、床にはかつて人間の男だった黒焦げの物体が転がっていた。
――妾ハモット遊ビタカッタゾ。遊ビタイ時ニハ歌ウガイイ。
そう言って、一体だけ残っていた精霊も瞬きの間にその姿を消した。その瞬間に、ラフカの体を大きな疲労感を襲う。
(あんなに大きな炎を出させたから?)
ラフカに猿轡をかましたセシルは、うつ伏せに突っ伏すラフカの背中を踏みつけながら悪鬼の形相で叫んだ。
「コイツ……! 報復だ! 腕を切り落としてやる! おい、倉庫から大鉈を持ってこい!」
しばらくして男が大きな鉈を持ってくると、ラフカを押さえつけるのをその男に任せ、自分が大鉈を握り、ラフカの右腕にあてがった。
「その足なのに腕まで失ったら、もうどこにも自由には行けなくなるなあ?」
セシルはサディスティックな顔で笑う。悔しさの滲んだ表情のラフカの赤い瞳から涙が零れ落ちた。
お読みくださって、ありがとうございました。
ラフカが精霊を使う術を見出したようですが、引き続きピンチが続きます。
続きは明日更新予定です。お気に召した方がいらっしゃいましたら、ブックマーク等で応援していただけると嬉しいです。




