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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する
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ラフカの危機

 ラフカはアルコールに弱いわけではないが、酒類を摂りながら歌うと喉が早く疲れてしまうことが多いので、昔から歌の仕事をする時はあまり飲まないようにしている。


「きゃー、セシル様、今日も素敵ぃ! あー、グラスが空いてますよぉ? おかわりしますか~?」


 キャバレーで自分のステージが始まる前、セシルの隣に呼ばれたラフカは、できるだけ相手に飲ませる作戦をとっていた。


「シャルロットちゃんも飲みなよ」

「え~。シャルはすぐ酔っぱらっちゃうからちょっとだけでいいんですぅ」


 最近のセシルはやたらとラフカに酒を飲まそうとしていた。そのことにもうんざりしていたし、新たな情報も得られそうになかったので、ラフカはそろそろ他の客に声を掛けてみようかと考えていたところだった。


「ほら、一杯だけ、ね?」

「じゃあ一杯だけ~」


 愛想笑いをしながらラフカはグラスに口を付ける。だが、葡萄酒のふくよかな香りの中にわずかに潜む、腐った肉のような香りに気付いた。


(なんか、味も少し変……?)


 ピリッと舌に刺激を感じた。そう思った瞬間、周りの風景がぐるぐると回りだす。


「あり……? なんかへんにゃ……」


 呂律も回らなくなっていて、ラフカは混乱する。自分の平衡感覚を維持するのも難しくなり、がくりと倒れかかったラフカの体をセシルが肩に腕を回して抱き留めた。


「あれ? もしかして、酔っぱらっちゃったの、シャルロットちゃん? 大丈夫ぅ?」


 セシルの表情はよくわからなかったが、その声は含み笑いを滲ませていた。セシルはラフカのさらさら流れる銀色の髪を撫でてから、ドレスから露出したラフカの肩や腕の滑らかな素肌をいやらしい手付きで触り始める。


(コイツ! 何かの薬を酒に盛った……? こんな格好悪い口説き方するような人だとは思わなかった!)


 ラフカはセシルを睨みつけたが、うまくできたのかは自分でもわからなかった。頭がぼんやりとして、眠気のようなだるさが頭と体に広がっているせいだ。ただ、セシルの口元がいやらしくニヤリと笑うのだけは見えた。


「ねえ、シャルロットちゃん――っていうか、君、ラフカって名前なんでしょ、本当は?」


 突然自分の名前を言い当てられて、ラフカは頭をガンと殴られたようなショックを感じた。だが、声を出してそれを表明することが出来ない。


(どうして僕の名前を!)


「君と一緒の宿に泊まってる、あの美男子は何者なの? ラフカちゃんとはどういう関係かな?」


(レンのことまで知ってる! どうして……。レンを僕の恋人だと思って嫉妬してる? それともまさか、僕達の活動に勘付いてる?)


「この街で、二人して何を嗅ぎまわってる? 誰の指示で動いてるんだい?」


(後者か……! でも、そんなこと僕がしゃべるわけないでしょ)


 ラフカは心の中で必死に反抗することで、今にも手放しそうになる意識を掴もうとしていた。


「そう。話す気はないの? なら仕方ないなあ……」


 セシルは軽々とラフカを抱き上げ、キャバレーのママの元に向かう。


「ねえ、ママ。シャルロットちゃんにお酒飲ませたら気分が悪くなっちゃったみたいなんだ。僕の家に連れ帰って介抱してあげたいんだけど、いい?」

「困りますわ。シャルロットはそういう商売の子ではないし、しかも、この子はこれからステージがあるのに……。そんなに飲ませてしまうなんて」

「ママ、これいつもお世話になってるお礼なんだけど、受け取ってもらえる?」


 一旦ラフカを立たせたセシルは、一人で立てないラフカを片腕で抱きしめつつ、片腕で懐からいくらかの金貨を取り出してママに渡した。


「あらあら、まあまあ。飲酒量の自己管理ができないのは本人の問題ですものね。ようございます。優しく介抱してあげてくださいね」


 キャバレーの年増のママは、にこやかに手を振りながらラフカを抱え直したセシルを見送る。


(くっそ~! 僕を売りやがったなぁぁぁ! ママの守銭奴ぉぉぉぉ!)


 なんとか怒りで意識を繋げようとしたが、限界だった。通りに待たせてあったらしい馬車の中に放り込まれたところで、ラフカの意識は途切れた。



 ラフカは肌に触れる冷たい感触に気付いて目が覚めた。


 急速に頭が冴えたラフカは周囲を見渡す。大理石の床、冬でもないのに赤々と燃える暖炉、高級そうなテーブルセット、インテリア、調度品、そして三名の男。その中にはセシルの姿もある。


「セシル、これからどうする?」

「とりあえず、この子の素性を確認して仲間もどうにかしないとって感じかな」

「そういえば、『あの方』からの連絡はあったのか?」

「いや、まだだ」


 キャバレーで起きたことを思い出しながら、何をしたらいいのか、何をしたらいけないのかをラフカは考えた。だが、思考とは裏腹に体は言うことを聞かない。もともと麻痺のある足が動かないのはもちろん、腕を後ろ手に縛られて床に転がされていたからだ。


「お、目が覚めたか」


 一人の男がそう言うと、いきなりラフカの上に乗りかかってきた。もう一人の男もそれに加わり、ラフカのドレスのスカートを捲り上げて足を開かせようとする。


「な、なにするの! いやあ!」


 ラフカが悲鳴を上げると、男達は大きな声で下品に笑った。


「何って、楽しいことさ。とりあえず一発やってやれば、大抵の女はおとなしく言う事きくようになるだろ? ま、本当は俺はこういうガキ臭い女は好みじゃないんだがな」

「そうか? 俺は結構好きだぜ。やっぱり年増とは肌の張りとあそこの締まり具合が違うぜ?」


 ラフカに襲い掛かってくる彼らの手慣れた様子に、唾棄すべき奴らだとラフカは頭が沸騰しそうだったが、縛られた体では抵抗することも逃げることもできない。


 だが、ラフカのランジェリーに手を掛けた彼らは一瞬動きを止める。


「なんだよ、コイツ男なのか! クソ!」

「だが、男にしては上玉じゃねえか。尻に一発ぶち込んでやれば、おとなしくなるんじゃねえの?」

「まあそうか。たまにはそういう趣向も悪くねえかもな?」


 二人の男が下卑た笑いを浮かべた。ラフカはその顔に見覚えがあることに気付く。セシルがキャバレーに連れてきていた中にいた人物で、「メリオットの一家が流行り病に罹っている」という話を出した男だ。


(まさか、仲間を使って嘘の噂を流して、メリオット邸に何かあったことを隠そうとしていた……?)


 やはりこの男達はニーシアと繋がりがあるのか。だとすれば、ここはニーシアの拠点であるメリオット邸だろうかとラフカは考える。


(とりあえず、こいつらにやられるのはこれ以上ない屈辱ではあるけれども、それで時間が稼げるなら良しとしよう。きっとその後でセシルの尋問が始まるだろうから、それまでに助けが来ることを祈るしかない)


 ラフカがセシルに視線を向けると、彼はラフカのことを嘲るようにニヤニヤと笑っていた。その表情はラフカに女執事ニーシアの顔を思い起こさせた。


「君達、やめなよ。彼にはそういう屈服のさせ方は時間の無駄だよ、きっと」


 セシルの意外な言葉にラフカは内心で狼狽したが、それを飲み込んで彼を睨む。


「何が言いたいの?」

「ラフカ君は最底辺で生きてきたようだから、そういうことには慣れっこだろう。君さ、一体今まで何本、その尻と口に咥えこんで来たの?」


 セシルが嘲笑と共に見下した視線を投げてきたので、ラフカは彼の靴に向かって唾を吐いた。


「はぁ? さっきからあなた達が何のことを話してるのか、僕、全然意味わかんな~い。だって僕、バージンなんだもん。初めては大切な人のためにとってあるからさぁ」


 ラフカがそう嘯くと、セシルが床に転がるラフカの腹を思い切り蹴り上げた。


「ぐ……げぇええ!」


 ラフカは体をくの字に折り曲げて、胃の中から競り上がってきたものを吐き出す。蹴られた痛みと吐き気で頭が飽和状態となり、目から涙が出た。

お読みくださって、ありがとうございました。

今回、ラフカがピンチです。どうやってこの危機を潜り抜けるのでしょうか?

続きは明日更新予定ですので、読みに来ていただけたら嬉しいです。

ブックマーク等で応援していただけますと、励みになります。お気に召した方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。


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