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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する
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ニーシアという女

お読みくださって、ありがとうございました。

お話ではラフカとレンが怪しげな人達の不穏な動きに近付いています。

お気に召した方がいらっしゃいましたら、また読みに来ていただけると嬉しいです。

 宿屋でラフカからの報告を聞いたレンは、難しい顔で腕組みをしながら首を捻った。


「ますますメリオット邸で何が起こっているのか、気になるな……」


 レンも聞き込みを進めていた。


「どうやら、あのニーシアという女執事とイヴ女史はただならぬ関係にあったようだ」

「え……ただならぬ……って?」

「メリオット邸の元使用人の話なのだが、屋敷の中で孤立していたイヴをニーシアはよく慰め、彼女の部屋にも熱心に通っていたそうだ。それこそ、昼夜を問わず。使用人達の間では、二人に性愛の関係があるのではという噂もあったそうだ」

「なるほどぉ……」

「イヴはニーシアに心酔――依存しているようにも見えた……と」

「ふーん……」


 生まれの違いから家族の一員と見なされずに育ったというイヴ。そのイヴを慰め続けた女執事の行動は、真に愛や忠心から行動だったのだろうか。まるでイヴの心を手中に収めるための営業活動のようだ――と考えてしまうのは自分の心が汚れているせいかしらと、ラフカは自問する。


「私がこの話を聞いたのはあの屋敷お抱えの元料理人なのだが、彼はだいぶ憤っていたよ。長年勤め上げてきたのに、いきなり辞めさせられたと」

「へー」

「彼だけじゃない。メイドも庭師も小間使いも、ことごとく、ある時期に一斉に辞めさせられたそうだ」

「え……?」

「どうやら、前の冬に使用人を一斉に入れ替えたようだ。イヴ女史の城勤めの開始、一家のご病気。奇しくも、色々重なる時期だったのだな」


 レンは皮肉げに笑った。


「しかも、それを主導したのはニーシアだ。メリオットのご一家以外では、あの女執事だけが唯一あの屋敷に残った」

「なんか……むちゃくちゃ怖いんですけど……」


 ラフカは寒気を覚えて、自分の体を抱きしめた。


「さらに、もう一つ」

「まだあるの!」


 ラフカは怖いもの見たさのような気持ちでレンの次の言葉を待った。


「あの謎のタブロイド紙の発行元だけど」

「ああ……デイリー・ノーメッドだっけ?」

「紙面に記載されていた住所に行ってみたけど、もぬけの空だったよ」

「な~んだ」

「その一室の大家さんに聞いたら、少し前まで借主がいたらしい」

「まさか……それもニーシアじゃないよね?」

「残念ながら、彼女ではない」


 レンの答えにホッとしたのも束の間、次の彼女の言葉にラフカの顔が凍り付く。


「借主の名前はカエクス・エリス。どうやら、メリオット家の執事ニーシア・エリスの実弟らしい」

「ほぼほぼチェックメイトじゃん……」


 呆然と呟くように漏れたラフカの言葉に、レンが頷く。


「ただ、すべては状況証拠からの推論だ。何か一つでも根拠となる証拠がほしいな……。ここからは特に慎重に調査を進めよう」

「わかった……」


 全体像が不明ながらも、何か凶悪な動きがあることはラフカにも理解できた。彼はいつも紐に通して首から下げている、レンからもらったリングを握りしめた。



 その日、キャバレーに向かう前に、ラフカはヒビット博士の研究所に寄ることにしていた。久々に弾いた六弦琴で指を痛めてしまい、良い薬があれば購入しようと思ったからだ。


「ヒビット海洋生物研究所」の看板が掛かっている扉をノックしようとして、ラフカは室内から何か言い争っているような声が聞こえてきて動きを止める。博士と女性の話し声が漏れ聞こえてくるのだが、その女性の声には聞き覚えがあった。ラフカは扉を薄く開けて中を覗き込む。


「ですから、博士。せっかくこの私がこうしてお訪ねしたのですから、『ミレニア文書』を基にした研究成果を渡してください」


 上から目線が鼻につく話し方は、イヴの生家の女執事ニーシアのものだった。声を聞いただけでラフカは不機嫌になるが、それはヒビット博士も同じらしい。


「な、なんでミレニア文書のことを君が知っているのかねぇぇぇぇ! それに、あの文書はイヴさんがメリオット家の埃の被った蔵の中から見つけてきたものなんだぞぉぉぉぉ! 『博士の研究のお役に立ちそうな資料を見つけました』と言ってなぁぁぁぁ!」


 ヒビット博士の剣幕を前にしても、ニーシアは銀縁眼鏡の位置を指で直しながら余裕の笑みを浮かべる。


「ミレニア文書――古時代、イグリア帝国成立前の記録と思われるあの文書をイヴ様に持たせたのは私なんですよ。博士に渡せば、これを基にイヴ様の体の障りを取り除く研究をなさってくれると思いますよ、という言葉を添えてね」

「なにぃぃぃぃ?」


 目を見開く博士を、ニーシアはふてぶてしい顔で嘲笑う。ラフカは二人の会話を聞きながら眉をひそめた。


(イヴさんは何か障害をもっていたってこと? 妾腹ってだけじゃなく、そのせいもあって家族から外されていたのかしら?)


「それにヒビット博士もご存じでしょう? 私とイヴ様の関係を。『イヴ』は私に何でも話してくれたんですよ、何でもね。真の意味で『イヴ」を愛することができたのは私だけでしたもの」

「ぐ、ぐぬぬぬ……!」


 いくら家族とは区別されていたとはいえ、雇い主の娘の名をわざとらしく呼び捨てにするニーシアの傲慢ぶりに、博士が口惜しげに唸った。


「い、いずれにしろ、あの研究記録はすべて……ミレニア文書も含めて焼却処分したのだぁぁぁぁ! だから、ここにはもうなぁぁぁい!」


 博士の絶叫を聞いて、ニーシアの顔が初めて不機嫌に歪んだ。


「なんということを!」

「ふははははは! 何事も君の思い通りにはいかんのだよぉぉぉぉ!」

「ふん。まあ、『ミレニア文書』自体の写しは当方でもとってあったとはいえ……なぜ研究成果ごと焼却など?」

「確かに『ミレニア文書』はイヴさんの体を回復するのに役に立ったがねぇぇぇぇ、あれに記載されている内容は人間が手を出していい領域ではないのだぁぁぁぁ!」


 そう叫んだヒビット博士は、握りしめた拳で強く机を叩いた。


「誰が何のために考えたのかは知らんがねぇぇぇぇ、人間を別種に作り替える作業要領を記した『ミレニア文書』ぉぉぉぉ! ワシはそれを翻案しぃぃぃぃ、イヴさんの障りを除去して健常状態に戻すという施術を行えたわけだぁぁぁぁ。だから恩は感じてるがねぇぇぇぇ、敢えて言わせてもらえば『ミレニア文書』を書いた人物は狂っているぅぅぅぅ!」

「真理の探求を旨とする学者の言う事とは思えませんね」


 ニーシアはそう言ってヒビット博士を睨みつけるが、博士は鼻で笑った。


「何とでも言いたまえぇぇぇ! とにかく、ワシは君の役には立たんよぉぉぉぉ。さあ、帰ってくれたまえぇぇぇ!」

「そうもいかないんですよ。これはイヴにも関わることです」

「な、なにぃぃぃぃ! か、彼女に何かあったのかねぇぇぇぇ!」


 博士は狼狽してニーシアに詰め寄る。その様子に、彼女は満足げにニヤリと笑った。


「彼女の障りにも関わることで、少々問題が発生しましてね。だから、博士の研究成果を頂きたかったんです」

「そ、そんなぁぁぁぁ……障りの除去手術は完璧だったはずなのにぃぃぃぃ……」


 ヒビット博士はがっくりと項垂れる。


「詳しい話はメリオットの屋敷でお話しします。そのために少々準備が必要なので……そうですね、今夜にでもおいでください」

「わ、わかったぁぁぁぁ……」


 机の上に突っ伏してしまったヒビット博士に別れを告げ、ニーシアは研究所を後にする。ラフカは慌てて研究所の荒れ放題の庭の木陰に隠れて、ニーシアが去るのを見守った。


(ニーシアはイヴさんが死んでることを多分知ってる。なのに、彼女を餌にヒビット博士をメリオットの屋敷に連れ込もうとしる……。あの怪しい屋敷に。何をするつもりだろう……?)


 すぐにレンに報告したかったが、彼女は今日も調査に出ていていつ帰って来るのかはわからない。ラフカは仕方なく、見聞きしたことをメモに書いて封をし、宿屋の女将に預けてから仕事先のキャバレーに向かった。

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