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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する
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夜のエレーニア

 その夜の宿で、既にワンピースタイプのルームウェアに着替えてベッドの上でくつろいでいたラフカに、レンが声を掛けた。


「ラフカ、裸になってベッドに横になってごらん?」

「え……?」


 外は既に夜の帳に覆われて真っ暗だった。ラフカはびっくりして目を見開き、あたふたと自分の体を守るように抱きしめながらレンを見つめ返す。


「ぼ、僕をどうする気なの、レン……!」


 ラフカの声は狼狽の中に少しの期待が混じったような声音だった。そんなラフカの慌てぶりにレンは首を傾げる。


「うん? 博士にもらった炎症止めを塗ってあげようかと思ったんだけど。背中とか手が届かないだろう?」

「……。で、ですよね~!」


 ラフカの声は安堵と落胆の混じったような声だった。


 正直、レンにこんなことをさせてしまっていいのだろうかという良心の呵責もラフカの中にはあったが、これは「治療」だし「役得」のうちだと考えることにした。彼はルームウェアの上半身だけ脱いでベッドの上にうつ伏せに寝転がる。


「ラフカ、しみたりしないか?」

「う、うん……大丈夫……う……」


 ラフカの華奢な背中を、軟膏を塗ったレンの手が優しく撫で上げる。その感触が想像以上に心地よくて、ラフカは頭がくらくらした。心臓が自棄になったみたいに早く鼓動を刻んで、ベッドに伏せて隠れた彼の顔は真っ赤だ。


 部屋に二人きりでレンに背中を撫でられているという状況が、とても淫靡なシチュエーションのように思えてラフカは心の中で頭を抱えた。室内にはレンがラフカの背中に塗る軟膏の、くちゅくちゅと水気の多い音だけが響いている。ラフカには、その音までが何かいやらしいもののように聞こえてきた。


(ああああ……どうして僕、レンに対するとこんなにドキドキしちゃうんだろ! こういう塗り合いっこが好きなお客さんとかうんざりするくらいいたのにぃ……こんなの慣れてるはずだろ、僕!)


 なまじ、そういう客の相手をしてきたからこそ、不埒な妄想が湧いてきてしまうのかもしれないとラフカは考えた。


(たぶんレンは弟か妹の怪我の手当てをしてあげてるくらいのつもりなんだろうに、僕ときたら……!)


 ラフカは何か会話をして、自分の心を誤魔化そうと思った。


「ね、ねえ、レン、一つ聞いていい?」

「うん?」

「レンってどうして皇后陛下とあんなに仲良しなの? 皇帝陛下とも面識があるようだったし……。レンは何かお二人と関係があるの? ベリアーダ様はレンが近衛騎士の訓練を受けたって言ってた。そんな訓練、普通の女性はそうそう受けられないよね?」


 この質問は間を持たす意味もあったが、ラフカがずっと気になっていたことでもあった。でも、ラフカの問いを聞いた瞬間、彼の背中に触れるレンの指が緊張で強張ったような感触があった。


「レン……?」

「え? ああ、すまない。質問に答えないとね。私の両親が城勤めで両陛下のおそばで仕えていて、その関係で私も子供の頃からお城でその手伝いをしていたんだ。しかし、両親が早くに亡くなってしまって、両陛下のご厚意を頂き、近衛の訓練を受ける機会や、探偵業の開業についても便宜をはかって頂いたんだよ」


 レンの説明は、あらかじめ用意していたレポートを読み上げているようにラフカには聞こえた。ちらりと見上げたレンの顔も、まるで仮面を貼り付けたような微笑みだった。


 でも、その仮面も瞳だけは隠せない。レンと初めて会ったあの日。目が合った深い青の瞳の奥底に沈んだ悲しみが、ラフカには今はっきりと見えたような気がした。


(レン……君は心の奥に何を抱えているの?)


 自分に本当のことを言ってくれないレンにラフカが少しショックを受けたことは事実だ。でも、こんな顔をさせてしまったことに対する胸の痛さの方が彼には堪えた。


「へ~、そうだったんだ~。あ、そういえばさぁ、女将さんが明日の朝はお手製のパンを焼いてくれるって~」


 ラフカは無邪気に笑った。レンの仮面を暴く気がないことを示したかったから。


「そうか。ここの朝食はいつも美味しいから楽しみだな」


 ちらりと覗いたレンの顔がいつもの優しい笑顔に戻っていて、ラフカはほっと胸を撫でおろした。もうこの話題は出さないようにしようと、彼は心に決める。


 でも、こうなるとラフカも余計に気になってしまう。いったい、レンとイグリア帝国の二人の皇族との間にはどんな繋がりがあるのだろうか。



 数日後、ラフカは高級キャバレーに潜り込むことに成功していた。携帯型六弦琴を調達し、流しの弾き語りとしてエレーニアの夜の街へと紛れたのだ。見世物小屋ではろくな伴奏者がいなかったから、ラフカも多少は楽器の扱いに覚えがある。


「シャルロットちゃん、今日もよろしくねぇ。シャルちゃんのお歌は上流のお客様にも好評なのよぉ」

「うわ~、そんな風に言ってもらえて、シャルすっごく嬉しいですぅ! 今日もよろしくお願いします、ママ!」


 念のための偽名を使ったラフカは、シンプルなシルエットの大人らしい紺色のドレスを纏い、杖を突きながらステージに上る。薄暗い客席には身なりのいい男女が並び、美男美女のコンパニオンを侍らせている。


 ラフカが六弦琴を爪弾きながら歌い始めると、ラフカにだけ見える妖精が蝶のような羽を羽ばたかせて彼の周囲を飛び回る。


――マダ妾ト遊ブ気ハナイノカ! 妾ヲ遊バセロ!


 ツンと尖った表情の火の精は、ラフカの耳を引っ張ったり、銀髪の毛先を齧ったりした。


(火の精霊ちゃん、ご機嫌斜めな感じ~。ごめんよ。そのうち派手な感じで遊んであげるから許しておくれよぉ)


 最近のラフカはだいぶ下出に出て妖精にご帰還を請い願っている。


――約束ダゾ!


 妖精は欲求不満そのものの表情で虚空に消えていった。ラフカは胸を撫でおろしつつ、歌を続ける。


「シャルロットちゃん、こっちにおいで~」


 ステージを無事に終え、客席に降りてきたラフカを呼んだのは、セシルという名前の若い男だった。


「あ、セシル様いらしてたんですねぇ!」

「シャルロットちゃんに会いにね。君は本当に歌が上手だね」

「ありがと~! シャル、セシル様が聞きに来てくれるの、本当に嬉しいのぉ!」


 ラフカはセシルの隣に座ると、彼にしなだれかかる。文筆家だと名乗ったセシルはなかなかの美男子で、遊び慣れた雰囲気だった。ラフカの観察した限り、彼自身はそれほど裕福ではない様子なのだが、だいたいいつもパトロンを連れて派手に遊んでいる。交友関係が広く、メリオット家の情報も持っているのではないかとラフカは期待していた。


 セシルは今日もエレーニアの実業家だという男女と一緒だった。


「セシル君が素晴らしい歌手がいるからと言っていたのだが……なるほど、本当だったな!」

「ええ。とても素敵なお歌でしたわ」


 お金持ちそうな人達に褒められて、ラフカは得意満面となる。


「うふふ~! セシル様と仲良くすると、たくさんの人が褒めてくれて嬉しいなぁ」

「現金だね、シャルロットちゃんは」


 苦笑するセシルの腕に自分の腕を絡めながら、ラフカは媚の籠った笑顔を浮かべる。この何日かで、セシルがこういう甘えたがりのワガママ娘が嫌いでないと、ラフカは分析していた。


「シャルね、もっともっとたくさんの人に褒められたいの~!」

「ふーん? 例えば、どんな人に?」

「えーっとぉ、この街で一番お金持ちなのって、メリオット男爵でしょう? どうやったらお近付きになれるかしらぁ?」


 くりくりした赤い瞳で覗き込まれたセシルは、プッと吹き出す。


「ハハハ! シャルロットちゃんのそういう正直なところ、可愛いなあ。僕は好きだよ。でも、残念ながら、僕はあそこのお家とは面識がないんだよね」


 当てが外れてラフカが内心で舌打ちしたが、セシルの連れてきた実業家達が思い出したように話し始める。


「そういえばメリオット卿は最近見かけんな」

「お世継ぎであるご子息もぱったり」

「ダンスパーティーにご妻女もいらっしゃらなくて……実はわたくし、心配しておりますのよ」

「なんでも、この前の冬に流行り病にご一家でかかり、臥せっておられるとか」

「まあ、本当ですの?」

「それは恐ろしいことだ」


(冬……? 確かイヴさんが城勤めを始めた時期も冬って資料にあった気がする……)


 嫌な予感を覚えながら、ラフカは彼らの言葉をしっかりと記憶した。


 ただ、この時のラフカは実業家達の様子を観察するのに夢中で、同じような目でセシルがジッと自分のことを見つめているのには気付いていなかった。

お読みくださって、ありがとうございました。

お話の方ではラフカが波乱に巻き込まれそうな予感です。明日も更新できるよう頑張ります。

ブックマークや評価等頂けるとモチベーションがさらに上がりますので、もしお気に召した方がいらっしゃいましたら応援よろしくお願いします。

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