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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する
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メリオット男爵邸訪問

 レンとラフカは再び「商家の若旦那夫婦の旅行」を装い、イヴの実家でありエレーニアを代表する名家でもあるメリオット男爵邸を訪れた。


「当店はグリア城出入りのドレスメーカーでありまして、エレーニアに訪れる予定であることをイヴ様にお話したところ、お父上様へのお言伝てを預かったのですが」


 レンがそのように家人に伝えると応接間に通されたが、そこに現れた女性執事は冷たい反応だった。


「メリオット男爵は不在のため、お引き取り願います。イヴ様のご伝言は私より主人に申し伝えますので」


 銀縁の眼鏡を掛けた執事は冷利なというよりは、ラフカ達を品定めするような視線を向けていた。ラフカは不機嫌になって唇を尖らせたが、レンはにこやかな笑顔を崩さなかった。


「しかし、イヴ様からは直接お父上様に伝えてほしいとのご依頼でした。我々はしばらくこの地に滞在する予定ですし、ご在宅の予定を教えて頂ければまた伺いますが……」

「結構です。主人もイヴ様のためにわざわざ客人に会う手間は取らないでしょう」


 ニーシア・イリスと名乗った三十歳前と思われる女性執事は、ピシャリと遮るように言った。スーツの上からもその下の肉感的な体型がわかる美女なのだが、冷たい表情でとりつく島のない態度だった。


(この人が「イヴさんの唯一の味方」って博士が言っていた人なのかしら……? なんかイメージ違うなぁ!)


 ラフカはさらに表情を硬化させ、レンは執事の様子をじっと観察する。


「『イヴ様のためにわざわざ客人に会う手間は取らない』とはどういう意味ですか?」

「当家はイヴ様との縁は切れておりますゆえ」

「まさか……勘当という意味ですか?」

「そういったことを、私がわざわざ商人風情に話す義理がありますか?」


 そう言って、ニーシアは見下すような視線をレン達に向けた。


「どうぞお引き取り下さい。皆、お客人のお帰りです、見送りを!」


 ニーシアはパンパンと手を叩き、ラフカ達を追い立てるように応接室から出した。しかし、廊下でメイド達がいる場所を通りかかると、急に女執事はにこやかに親しみやすい態度を取り始める。


「本日は主人の多忙により申し訳ございませんでした。こちらにいらっしゃるには、どのくらい掛かりましたか?」

「え……? 妻の足の具合もあるので、半月ほど時間をかけて、道中の物見遊山も兼ねてゆっくりと歩いて来ましたが……」


 実際は急いで五日ほどでやって来たので、ラフカはレンの嘘に内心で首を傾げたが、それを顔には出さなかった。


「では、イヴ様とお会いになったのはそれより前の時期ですか」

「はあ……だいたい一か月ほど前ですが……それが何か?」


 レンはニーシアの態度の変化に面食らったように頭を掻く。そんなレンの素振りに合わせて、ラフカも戸惑う表情を作って彼女の隣を歩いた。


「本日はお越し頂きありがとうございました」


 そう言って女執事は頭を下げてから、レンの耳元にそっと囁いた。


「イヴ様の件は主人の心労の元となりますので、こちらには二度とお越しにならぬようお願い致します」


 とても失望したような顔で屋敷を後にする――ふりをするレンに続いて、ラフカもイヴの育った屋敷を出た。



「なに、あの女執事! めっちゃくちゃ傲慢で嫌な感じ~!」


 イヴの屋敷から少し離れたカフェに入ったラフカは、プリプリと唇を尖らせていた。レンはそれに苦笑してから、不敵にニヤリと笑う。


「でも、これでわかった。ニーシアというあの執事は怪しい」

「どうしてそう思うの? あの女はあそこの当主の方針を伝えてるだけでしょ?」


 レンは口元を手で押さえながら、深い青色の瞳を細める。


「まず一つおかしいのは、我々を当主から遠ざけようとしている節があること」

「でも、それはお父さんがイヴさんの関係者に会いたくないってだけかもじゃない?」

「まあ、そうだけどね。でも、私がそれを疑うもう一つの理由は、我々が本当にイヴ女史の使いで来たのかをニーシアが疑っていた様子があることだ。イヴ女史にいつ会ったのかということを気にしていた」


 レンの言葉に、ラフカはハッと赤い瞳を見開く。


「もしかして……あの女執事はイヴさんが亡くなったことを知ってる……ってこと?」


 ラフカの言葉にレンは厳しい表情でゆっくりと頷いた。


「もしかしたら、イヴ女史が城勤めしていることすら、ご当主は知らないのかもしれない。だから我々にご当主に近づいてほしくないとか……」

「じゃあ、ご当主の書いた城勤めの推薦状は?」

「執事だったら偽造も可能だろう」

「そんな……! でも……家族内で差別してたとはいえ、男爵という地位にある人が、自分の娘が今何をしているのかさえ把握してないなんてことあるのかなぁ……?」


 レンはラフカの言葉を聞いて、青い瞳を虚空に向けながら呟く。


「そもそも、ご当主は本当に不在だったのだろうか? ……ご無事なのか?」


 ラフカの顔がサアッと青くなる。


「まさか……そもそもイヴさんのお父さんが安否不明かもって言いたいの? あの執事はそれを僕達に勘付かれたくないから追い払った……? いやいや、いくらなんでも。他のご家族だっているわけだし……」

「そのご家族もご無事なのだろうか?」

「まさかそんな……」

「すべてただの邪推だけれどね」


 レンは目を伏せながら、コーヒーカップを口に運ぶ。ラフカも砂糖をたっぷり加えた甘いカフェラテに口を付けようとしたが、飲む気をなくしてカップをソーサーの上に戻した。


「レン、どうする? どうやって、それを確かめるの?」

「ふむ……まずは最近のご当主の動向を確認したいな」

「わかった。セレブの行きそうな場所で情報収集だね! 僕、そういうのたぶん得意」

「私はイヴ女史とあのニーシアとかいう執事との関係性を調べよう。あとは、例のタブロイド紙の発行元についても調べなければな」

「僕、がんばるね~」


 張り切って両手を上げるラフカの片手を、レンが掴んだ。突然の接触にドキリと心臓が高鳴るラフカの顔を、レンの深い青色の瞳が覗き込む。


「ラフカ、無茶をしてはいけないよ」

「そ、それは僕のセリフだよ!」


 ラフカは赤くなった顔を誤魔化すように叫んだ。


「レンはたまにすごい無茶をするから、僕、いつも心配なんだよ!」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。私は頑丈だし」

「だって、レンは無茶な戦いをするし、デリカシーない時もあるし……とにかく、僕を心配させないで! 約束して!」


 収まりそうにないラフカの剣幕に、レンは困ったような顔で微笑みながら頷く。


「わかったよ。約束する」

「じゃあ、僕の手にキスしながら誓って!」


 ラフカは無茶なわがままのつもりで言った。少しでも印象深く伝えたくて。それなのに、レンは微笑んで彼の手の甲に唇を近づけた。


「わかったよ、お姫様。約束するから安心して」


 レンの唇が優しくラフカの手の甲に触れた。


「えぇええ……?」

「うん?」


 戸惑うラフカの顔をレンの青い瞳が覗き込む。途端に、ラフカの顔が真っ赤に染まった。


「どうしたんだい、ラフカ?」

「な、なんでもない!」

「顔が赤いみたいだけど、大丈夫?」

「なんでもないったらぁ!」


 ラフカは逃げるようにレンの手の中から自分の手を引き、顔を隠すようにカップを抱えて、中身をごくごくと飲み干す。


(むむぅ……。僕、キスなんて……もっと際どい場所のキスにだって慣れっこのはずなのに、どうしてこんなにドキドキしちゃうんだろう……!)


 ラフカの心臓はやたらと早く大きく鼓動を刻んで苦しいくらいだった。彼は心を落ち着けるように、一つ息を吐き出してから改めて口を開く。


「とにかくレンは危険なことしちゃダメだからね!」

「はいはい」

「なんか、レンの返事って本気が感じられないんだよなぁ!」

「そうかな。ちゃんと約束してるつもりだけど。それより、ラフカ。君は十分注意するんだよ?」

「僕は他人のために無茶するほど優しい心の持ち主じゃないから、大丈夫」

「それなら安心だ」


 お澄まし顔のラフカを見てレンが微笑む。目が合った二人はクスクスと笑い合った。でも、そんな会話も虚しく、後の調査で危険に巻き込まれてしまったのはラフカの方だった。

お読みくださって、ありがとうございました。

昨日は更新できず、すみませんでした。今日以降は毎日更新続くようがんばります。


お話の方では怪しげな女性執事が登場しました。今後彼女がどう絡んでくるのでしょう。

続きを読みに来て頂けたら嬉しいです。

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