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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する
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博士と助手

「つまり、城勤めの直前まで博士のところでイヴさんは働いていたんですか?」


 レンの問いには答えず、ヒビット博士は興奮ぎみにレンの肩をガクガクと揺らす。


「な、な、何か彼女にあったのかねぇぇぇぇ? 帝都の探偵がわざわざこの街に来るなんてぇぇぇぇ!」


 博士の慌てふためく様子に、レンは困ったように笑いながら「どうどう」と馬を落ち着かせるようなジェスチャーをする。


「ご心配になるようなことはありません。実は彼女は皇后陛下のお側仕えとなったので、私達は彼女の素性調査にやって来たのですよ」

「お、お側仕ぇぇぇぇ……?」


 目を丸くするヒビット博士。ラフカも同じような顔でレンの様子を窺う。


(そんな目的でこの街に来たわけじゃないけど……でも確かにイヴさんが魔獣化してテロを主導したかもしれないなんて言えないしなぁ)


 ラフカはしばらく黙ってレンの説明を聞いていることにした。


「イヴ女史が皇后陛下の最もお近くにあがるため、慣例どおりの身辺調査が必要なのですよ」

「し、しかし、イヴさんは実家の推薦状をもって城勤めを始めたはずだぁぁぁぁ。わざわざ君のような探偵が素性調査にやって来るなどぉぉぉ……も、もしやぁぁぁぁ! イヴさんは皇后陛下の御寵愛を受け……」


 博士はハッとしたように口を手で押さえて以降の言葉を飲み込んだ。レンはにこりと意味ありげに微笑む。


「その辺りはお察しください」

「そ、そうかぁぁぁぁ。イヴさんは同性愛者のようであったし……そ、そういうことぉぉぉ……!」


 ヒビット博士はガタンと大きな音をたてて椅子から立ち上がると、感極まったように目に涙を浮かべながら両拳を握りしめた。


「そ、そ、それは光栄なことだぁぁぁぁ! おお、イヴさん、よかったなぁぁぁぁ! これで彼女は安泰だぁぁぁぁ!」

「ヒビット博士……?」

「彼女は小さな頃から苦労しどおしだったのだぁぁぁぁ! うううぅぅ、よ、よかったぁぁぁぁ……。これでイヴさんは幸せになれるぅぅぅぅ!」


 ヒビット博士は男泣きまでし始めた。しかし、ラフカは首を傾げる。


「あの……苦労っていうのは? イヴさんって名家出身でしょ。しかも貧乏貴族じゃなくって、この辺の大地主で観光業発展にも尽力したっていう名士の娘なんでしょう?」


 ラフカが見たイヴに関する資料では、貴族であり実業家でもある父親の推薦状と共に彼女は城に上がったということになっていた。裕福な一族のはずで、特に苦労する要素のない少女時代だったはずだ。


 そんなラフカの指摘に、ヒビット博士は顔色を青くする。


「い、いやぁ! そ、そうだ、君の言うとおりだぁぁぁぁ! ワシが今言ったことは気にせんでくれたまえぇぇぇ! 彼女は良家の子女でありぃぃぃぃ、まったくもって問題のない人物であることはワシが保証するぞぉぉぉぉ!」


 慌てたように言葉を捲し立てるヒビット博士に、レンは落ち着いた声音で尋ねる。


「しかし、そうであればイヴ女史はなぜ博士のところで働く必要があったのです? 城勤めは良家の子女の行儀見習いや、結婚を選択されなかった名家のオールドミスの方々の選択肢としては一般的です。しかし、失礼ですが、貴族の娘が博士の元で働いていたというのは少し違和感がありますが?」

「う……い、いやあ……それはだねぇ……」


 あれだけ大声でハキハキとしゃべっていたヒビット博士がしどろもどろな小声になり、目を泳がせていた。


「ヒビット博士は彼女の不利になるようなことを言いたくないのですね。お気持ちはわかりますが、調べればわかることです。逆に、彼女に反感を持っている人から事情を聞けば、そのようなバイアスのかかった情報を私達は帝都へ持ち帰ることになってしまいますよ」

「うぅぅぅ……!」

「まずは、イヴ女史の立場に理解がある博士から言葉を聞きたいのです」

「うぅぅ……。わ、わかったぁぁぁぁ……。ワシの口から話そうぅぅぅ!」


 ヒビット博士はガクリと肩を落としながら椅子に座り、顔を手で覆って絞り出すような声で言った。


「実は彼女は男爵と愛人の間に生まれ――妾腹の子供なのだよぉぉぉぉ……」

「資料にはそのようなことは書かれていませんでした」

「当主の愛人であった女性はぁぁぁぁ……彼女を産んだときに亡くなりぃぃぃぃ、世間体を気にした一族は彼女を本家に引き取りぃぃぃぃ、ご当主と本妻の実子として届け出たのだそうだぁぁぁぁ!」

「けれども、お屋敷での暮らしがなかなか厳しいものだったということですね」


 レンの言葉にヒビット博士は複雑な表情で頷く。


「うむぅぅぅぅ……。聞いた話だがねぇぇぇぇ……まるで下働きの女中と同じような扱いでぇぇぇぇ、家族と一緒に食事を取ることすら許されずぅぅぅぅ、着るものにすら困る状況だったとかぁぁぁぁ! 年頃になると正妻との娘達が裕福な結婚相手を紹介されるのにぃぃぃぃ、彼女は『家の恥』と言われ客人に会うことすら禁止されていたというぅぅぅ! おお、なんという悲劇的な人生であるかぁぁぁぁ!」

「そうだったのですか……」


 レンは悲しげに目を伏せる。


「しかぁぁぁし! 無理に男性と結婚させられなかったのは彼女にとってはよかったかもしれんがねぇぇぇぇ! 数年前にあの屋敷に入ったという執事が唯一イヴさんの味方になってくれたそうでねぇぇぇぇ! 彼女は家を出て職を探しぃぃぃぃ、それでワシの研究所に来てくれたというわけだぁぁぁぁ!」

「なるほど」

「こ、これがワシの知るイヴさんのすべてだぁぁぁぁ! 他は知らぁぁぁん!」


 ヒビット博士はそう叫ぶと、テーブルに顔を突っ伏して興奮気味に髪を?き乱した。博士の金色の巻き毛がさらにボサボサになる様子を見ながらレンは深い青色の目を細める。


「ヒビット博士、本当ですか? 本当にそれ以外はイヴさんについては知らない?」

「う、う、うむぅぅぅぅ!」

「ヒビット博士?」

「ワ、ワ、ワシは知らぁぁぁん!」


 ガバッと顔を上げたヒビット博士は、目を爛々と輝かせ、これ以上は何もしゃべらんというように口を一文字に引き結んでいた。レンは頭を下げる。


「ご気分を害してしまったようで申し訳ありませんでした。不躾な質問をお許しください」

「むぅぅぅん……」


 ヒビット博士は厳しい顔のまま口を開かなかった。レンは椅子から立ち上がる。


「ラフカ、そろそろお暇しようか。博士、ラフカのお薬をありがとうございました」


 そのまま立ち去ろうとしたレンをラフカが引き止める。


「ちょっと待って、レン。ねえねえ、ヒビット博士ぇ。イヴさんってどんな働きぶりだったんですかぁ?」


 くりくりした赤い瞳の上目遣いで、ラフカは甘えるようにヒビット博士に尋ねた。ラフカ的に自分がもっとも可愛く見えると分析した角度と表情で、実際、今までも数々の戦績を上げてきたものだ。


「む、むうぅぅぅ……?」


 無邪気に微笑むラフカを無視するのも大人げないと考えたのか、博士の表情が少しだけ和らぐ。ラフカは心の中でガッツポーズを構えつつ、可愛らしく小首を傾げながらさらに攻勢をかけた。


「ほらぁ、調査って別に素性とかだけじゃなくて人となりみたいなのも大事だし~。イヴさんって働き者だったんですよね、きっと。だって、博士がそんなに一生懸命フォローするってことはそれだけ立派な女性だったということでしょ~?」

「ふ、ふむぅぅぅ……それはまあぁぁぁ……そのとおりだぁぁぁぁ……!」


 博士が言葉を発したことで、ラフカはパアッと輝く笑顔になる。つられたように、博士の顔の表情も緩んだ。


「イヴさんはここではどんな仕事をされていたんですかぁ?」

「掃除や備品の整頓、書類作成だけじゃなくだねぇぇぇぇ、来客にお茶を出してくれたりぃぃぃぃ、ワシが疲れた頃にティータイムを提案してくれたりぃぃぃぃ、ワシの研究が円滑に回るように常に気を回してくれていたのだぁぁぁぁ!」

「へ~! 仕事も気遣いもできる女性だったんですね~。素敵だなぁ」

「ワシが研究に没頭してぇぇぇぇ、何日も徹夜で観察しているような時はぁぁぁぁ、食事の世話もしてもらったなぁぁぁぁ!」


 ヒビット博士はだんだんと元の饒舌さを取り戻し、顔を上気させながら興奮気味に言葉を捲し立てる。


「しかも彼女はたいへん賢くてだねぇぇぇぇ、ワシの構築した理論や実験のし方もすぐに覚えぇぇぇ、記録係や実験助手まで務めてくれたのだから頭が上がらなかったのだよぉぉぉぉ! しかも意外と力持ちでねぇぇぇぇ、大きな水槽や水棲生物の運搬、解剖でもだいぶ力を貸してくれたのだぁぁぁぁ!」

「頭がよくて優しい、パーフェクトな女性なんですね~」

「その通りぃぃぃぃ! こんな女性はなかなおらぁぁぁん! それが証拠にぃぃぃぃ、新しい執事の仲介のもとで本家もついに彼女を認めてだねぇぇぇぇ、城勤めのための紹介状を書いたというのだからぁぁぁぁ!」


 そう叫んで、ヒビット博士は拳を突き上げる。ラフカはニコニコと微笑みながら頷いた。


「ヒビット博士ぇ、イヴさんのお人柄の良さがよぉ~くわかりました! お城の偉い人にもそのように報告しておきます! ね、レン?」

「そうだね、ラフカ」

「うむ……うむぅぅぅぅ! どうかどうかイヴさんのこと、よろしく頼むぅぅぅぅ!」


 ヒビット博士はテーブルに擦り付けるように頭を下げた。レンは博士に顔を上げるよう促しながら微笑む。


「ご安心下さい、ヒビット博士。皇后陛下も、その方の出自より人となりを重要視されているのです」

「そ、そうかぁぁぁぁ! それは良かったぁぁぁぁ! ううぅぅぅ!」


 ヒビット博士は男泣きだった。その背中をレンが元気付けるように叩く。


「それでは我々はこの辺で失礼します。ご不快な点もあったかと思いますが、どうかご容赦ください」

「どうかどうかぁぁぁぁ、イヴさんをよろしくぅぅぅぅ!」

「ええ。それでは」


 ヒビット博士の研究所を出て、ラフカとレンはしばらく無言で歩いた。海岸通りに出ると、どこまでも続く青い水面が太陽の光にキラキラと輝いている。


「ラフカ、博士との会話をフォローしてくれてありがとう」

「ううん! 僕は探偵助手だもん。ついてきたからには少しはお仕事に役立たないと!」


 高い位置にある太陽の眩しさに目を細めながら、ラフカは隣のレンを見上げる。


「ねえ、レン。もしかして、ヒビット博士はイヴさんのこと、好きだったのかなぁ?」

「そうかもしれないね」

「だけど、イヴさんは男性を好きにならない人で……。ヒビット博士はそれでも彼女の幸せを願っていて、僕達に彼女が不利になるような情報を与えたくなかったんだね」

「しかし、博士は彼女についてまだ我々に黙っていることがあるようだ。今日語ったことは彼の中ではまだ話してもいいと判断された内容なのだろう」

「うーん……どんなことを黙ってるんだろう?」


 ラフカの問いに、レンは口元に手をやりながら考える。


「気になったのは、城勤めのための紹介状だ。うまくいっていなかったらしい本家と、どうやって雪解けしたのか。何かきっかけがあったんだろうか?」

「確かに。ヒビット博士は新しい執事がどうこう言ってたけど……。じゃあ、次に行くのは……?」

「イヴ女史のご実家だ。さて、どうしたものかな」


 ラフカはレンがジャケットの内ポケットから地図を取り出す様子を見つめる。眉間に寄せた皺から、どうやら彼女が考えを巡らせているのはその屋敷へのルートだけではないようだと思い、思索に耽るレンをラフカは黙って見つめた。

お読みくださって、ありがとうございました。

ヒビット博士は何かを隠しているのでしょうか。次回以降、ラフカとレンはさらに海岸都市エレーニアでの調査を進めていきます。もしかしたら何か危険が待ち受けているかもしれません!?

今後も引き続き、お読みいただけたら幸いです。

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