青い瞳の美しい人
悲恋の歌が終わり、ラフカは空しさと自嘲が滲む笑顔を浮かべながらショーの終わりを告げるように優雅な礼をする。途端に精霊は興味を失ったようで瞬きの間に姿を消した。ラフカはいもしない観客に向かって頭を下げ続ける自分自身の滑稽さを嗤った。
あまり長く油を売っていると、親方に叩かれてしまう。ラフカが顔を伏せたまま溜め息をつくと――。
――パチパチパチパチパチパチ……
突然、聞こえた拍手に驚いて顔を上げると、ラフカの目の前に美しい人が立っていた。その人は彼に向かって大きな拍手を捧げ、穏やかな湖のように深い青色の瞳から涙を流していた。
その深い青色の視線を真正面から受け止めてしまったラフカは、自分の赤い瞳を逸らせなくなってしまった。まるで泉の精霊に魅入られた少年のように。
ラフカはその人の深い青色の瞳の奥に、綺麗なものを見つけた気がした。青い宝石のような瞳は繊細な輝きを湛え、その奥に深い悲しみが沈んでいるようにラフカには見えた。それがとても美しく感じられた。
青い瞳の美しい人は、ハンカチーフで目元を拭い、恥ずかしそうにはにかんで笑いながら口を開いた。
「素晴らしい歌だね。邪魔をしてはいけないのかと思って、そこの路地から覗いていたんです。寂しさを感じる歌声で……でも、どうしてか、とても心地よい声だと感じたんだ」
その美しい人は小柄なラフカよりも頭ひとつ分は背が高く、男性ものの上等なスーツを纏い、腰ベルトにはサーベルを差していた。しかし、話し声は高く、よく見れば顔立ちも優しい。
(女性なのかしら……?)
いつもだったら、上客になりそうな人には積極的にベタベタと接触していくラフカだが、今はいつもの習慣を忘れてその美しい人を見つめて立ち尽くしていた。
「君は『夜の子供達』なのかな? 不思議な火も幻想的で素敵だったよ。もしかして歌い手さんなのかな?」
そう聞かれて、ラフカはようやくハッと我に返る。
「うん! あのね、僕、今はこの街でショーをしているんだ。その……よかったら見に来てよ。あ、僕の名前はラフカ!」
ラフカはハンドバッグから見世物小屋の小さなフライヤーを取り出す。その人にそれを手渡しながら両手をそっと掴み、上目遣いに青い瞳を覗き込んだ。人の気を引くためのいつもの習慣。
(不躾と思われるかな……?)
普段のファンとの接触は「僕に触れられて嬉しいでしょ?」くらいに思うのに、今日のラフカはこの美しい人の反応に不安を感じていた。でも、その人は少し照れたように、はにかんで笑った。
「君……もしかして、君は男性なのかな」
「うん。変だと思う?」
ラフカは歌うときは女性のキーも楽に出せるが、普段の喋り声はさすがに低い。
その人は頭を横に振り、優しく微笑んだ。
「いや。私は君のすべてが美しいと思うよ」
美しいだなんて言葉は、ラフカは聞き慣れているはずだった。それなのに、彼の顔は一瞬で真っ赤に染まってしまう。固まったラフカから手を離して、美しい人は右手の人差し指に嵌まっていた指輪を外した。
「必ず聞きに行くよ。その約束に、これを君に」
真っ赤な石が嵌め込まれた、繊細なデザインの彫金が施されたリングだった。差し出されたそれを受け取ったラフカは、血のように赤い、見たことのない宝石の美しさに目を丸くする。
「こんな……価値の高そうなもの……!」
「いいんだ、君の歌はもっと価値があるもの」
「ありがとう……」
「私は仕事でもう行かなければならないんだ。必ずまた会いに行くよ」
美しい人は踵を返し、街の中へと消えていく。ラフカはその背の高い後ろ姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。