宿屋の一室にて
(う~、なんかヒリヒリしてきたよぉ……)
ラフカは自分の顔にそっと触れながら、心の中で愚痴をこぼしていた。
エレーニアでの滞在は、海岸近くの宿をとることにした。女将さんと数人のスタッフで切り盛りするこぢんまりした宿だが雰囲気が良く、山吹色のエレーニア様式の建物の各部屋には小さなバルコニーがあって、リューゲリアの鉢植えが置かれていた。
この清潔な部屋に文句はつけようがない。しかし、ラフカは落ち込んでいた。
(さっき、大丈夫って言っちゃった手前、レンに日焼けが痛いなんて言えない……)
変なところで見栄っ張りなところがあるラフカは、格子模様のカバーが掛けられたベッドに座りながら、鼻の頭や首の後ろを撫でながら溜め息をついた。
「さすがに疲れたな」
レンもベッドの上で横になり、くつろいでいた。彼女がそういうリラックスした姿を見せてくれるのがラフカは嬉しかったし、私的な時間を覗いているようでドキドキした。
ここに来るまでの道中もレンとラフカは「商家の若旦那とその奥様による夫婦旅行」ということで通してきた。二人の旅装もそれらしく、レンはサーベルも携行していなかった。ラフカの服や装身具は少々派手だったが。
当然二人で相部屋となるのだが、この時代、旅行というものでは他人同士が相室になることも珍しいことではなく、二人も概ね問題なく宿屋の時間を過ごしてきた。
(まあ、僕は奥様っていうか、愛人か何かとの不倫旅行に見えてたかもしれないけど)
ただ、一つだけ問題があった。
「今日はもう寝てしまおうかな」
レンは部屋着を取り出すと、自分が今羽織っている上着を脱ぐたけでなく、シャツまで脱ごうとし始めたのだ。
「な、ちょっ……! レン! ストップ、ストップ! やめてよぉ!」
日焼けだけでない理由で顔を赤くしたラフカが叫んだ。
「ん? どうしたんだ、ラフカ?」
「どうしたじゃないよ、レン! 何度も言ってるでしょ! 僕の前で着替えないでって!」
「いいじゃないか、減るものでもなし」
レンの発言にラフカが目を吊り上げる。
「減るよ! ダメだよ、ダメなんだよ、女性がそんなに簡単に男性の前で裸を見せるような真似をしちゃ! こんなナリだけど、僕だって一応男の子なんだからね!」
「そういえばそうか」
「そういえばじゃないよ! も~!」
レンは頬を膨らませながら、ベッドの下に置いてある靴を履き始める。ラフカの麻痺のある足で靴を履くのは元々時間がかかるのだが、今日はそれがいつも以上にもどかしく感じられた。
彼は今までの仕事柄、当然、男女の裸など見慣れている。なんだったら、夜にすると喜んでくれる諸々のサービスもよく知っている。
でも、現段階でレンにそういう行為を求めたり仄めかしたりすることは駄目だとラフカは考えていた。レンがくつろいでいるのを見るくらいは役得だと思えるけれど、彼女の裸を見ることなどはもってのほかだ。
(レンは本当に大切な人だから、きちんと恋人になる段階を踏んだ上でそういうことをしないといけなんだ……って、何を考えてるんだ、僕は! それに、なんでこんなに心臓がバクバクしてるんだ!)
ようやく靴が履けて、杖を掴んだラフカは慌てて立ち上がる。
「僕、ちょっとお散歩してくるから、その間に着替えておいてね!」
「わかった。気を使わせて済まない。ん……?」
突然、レンが何かに気付いたようにラフカの顔を覗き込む。
「どうしたんだ、ラフカ? 顔が真っ赤だけど、日焼けかい? 大丈夫か?」
途端に、ラフカの顔がもっと赤くなる。
「違うもん! 日焼けじゃないんだもん! レンのバカァ!」
「……? 何か気に障ったことを言ってしまったかな? すまない」
「も~! レンは何もわかってないんだから!」
戸惑い顔のレンを置いて、頬を膨らませたラフカは、脚と杖でドスドスと床を大きな音で叩きながら部屋の外に出ていく。扉を閉めたラフカは大きく溜め息をついた。
レンは同室にラフカがいてもくつろいでくれるが、くつろぎ過ぎている。ラフカに対する恥じらいというものが見えないのだ。
(つまりそれってさ、レンは僕のこと、弟か妹くらいにしか思ってないってことじゃない……?)
その考えは想像以上にラフカの精神をへこませた。彼はもう一度大きく溜め息をつくと、適当な時間が過ぎるまで重たい体を引き摺りながらあてもなく宿の近くをさまよい続けた。
お読みくださって、ありがとうございました。
昨日までの更新で、ブックマークで応援してくださったり、感想頂けたり、ありがとうございました。
今回のお話は前回に引き続きゆるめな展開で、ちょっとラブコメっぽい雰囲気です。
次回からは事件の調査に乗り出すはずですので、引き続き楽しんで頂けたら嬉しいです。




