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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する
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美しき海岸での出会い

「やった~! エレーニアに着いた~!」


 ラフカはイグリア帝国の南に位置する海岸都市エレーニアの美しい街並みに目をキラキラさせながら叫んだ。荘厳な建物が立ち並ぶ帝都グリアと比べると、この街の景色には牧歌的な暖かみがある。


「僕、何回かこの街来たことあるけど、やっぱり街並みが可愛い感じするよねぇ。ほら、あのお花屋さんの建物見てよ! 格子窓のデザイン! か~わ~い~い~! ねえねえ、見てよ、レン!」


 五日に及ぶ陸路の旅路は、杖を突いて歩くラフカにとって楽なものではない。歩けば歩くほど腕と脚の一部だけに負荷がかかって痛むのだが、見世物小屋で国中を巡業していたラフカにとっては慣れた苦痛だった。それよりも、新しい街の新しい景色に出会う刺激の方がラフカには鮮やかに強く感じられる。隣にレンがいればなおさらだ。


 でも、そのレンは少し不満げだった。


「君はグリアにいろと言ったのに……」

「僕一人じゃ、探偵の仕事もできないし、レンだけエレーニアに行くなんてずるいもん」

「私はここに遊びに来ているわけじゃない」

「仕事のついでに遊ぶことだってできるでしょ~?」


 そう言って、ラフカはにんまりと笑う。


「ということで、さっそくビーチに行ってみよ~!」


 クラッチ杖をせかせかと動かすラフカは旅の疲れをまったく感じさせない。レンは諦めたように苦笑と共に溜め息をつき、彼の後を追いかけた。



 エレーニアはイグリア帝国有数の保養地だ。気候は年間をとおして温暖で、何よりも魅力的なのはイグリアの至宝と讃えられる海岸線だった。


「綺麗~!」


 ラフカは自分の腕をレンの腕に絡めながら、眼前に広がる風景に見とれ、うっとりと吐息を漏らす。


 そこには青と白だけがあった。鮮やかな青空と、目の眩む白い砂浜と、紺碧の海と、打ち寄せる白波。帝都よりも眩しく感じられるエレーニアの日差しは、他の街よりもビビッドに風景を描き出していた。


 海岸には日光浴を楽しむ観光客が多かったが、レンは心配そうにラフカを見つめる。


「ラフカ、日傘を差しておいた方がいいんじゃないのか? 肌を痛めるぞ」

「大丈夫だよぉ。別に真夏ってわけでもないし」


 今日も婦人用のドレスを身に着けているラフカだが、彼の真っ白なうなじや背中が大きく覗くデザインだった。


「きゃ~、冷た~い!」


 ラフカは靴だけではなくソックスも脱ぎ捨てて波打ち際に足先を浸してはしゃぐ。人形のように美しい彼は人目を引いた。


「レンもおいでよぉ!」

「私はいいよ」


 男性の旅装をしたレンは、苦笑しながら首を横に振る。ラフカは不満そうに頬を膨らませる。


「レンは僕のこと、はしたないと思ってるんでしょ?」

「うーん? でも、皆、ラフカのことを見ているよ」

「僕が可愛いから見てるんだよ、きっと」

「はいはい」


 ラフカが満足するまではここを離れられそうにないと理解したレンは、苦笑しつつ、せっかくの光景ではあるからと海岸に目線を向ける。そこで彼女は奇妙な人物を見つけた。


「うぐぉぉぉぉ! 見つけたぞぉぉぉぉ!」


 叫んでいるのは、ストライプの全身水着に水帽を被った中年の男だった。ただ、スポーツマンというには随分と貧相な体型をしている。足の半分くらいまで海に浸かった彼は「うおぉぉ! ぐおぉぉ!」と叫びながら、大きなタモ網を海面で振り回していた。


「やったぁぁぁぁ! マダラホシクラゲ、ゲットォォォォォ!」


 何かを捉えた彼は、絶叫しながら網を掲げる。タモ網の中にはずいぶんと大きなクラゲが入っていた。だが、そのクラゲは頭の大部分が網からはみ出していて、そのままぬるりと海の中へと滑り落ちる。


「な、なんということだぁぁぁぁ! 我が人生最大の失敗なりぃぃぃぃ!」


 海中を泳いで逃げるクラゲを追って、水着の男性はボッチャボッチャと大きく水飛沫を巻き上げながらラフカ達の方に走ってくる。クラゲは男性に追い立てられるまま、すいすいと泳いでラフカのそばにまでやってきた。半透明の白い体にまるで星型のような青い模様がいくつも浮かんでいる。


「うわあ、大きいクラゲさん! 綺麗~!」

「そ、それに素手で触ってはいかぁぁぁぁん! 毒がるのだぁぁぁぁ!」


 手を伸ばそうとしたラフカを、男性は慌てて大声で制した。


「クラゲよ、止まれぇぇぇぇ!」

「よかったらお手伝いしましょうか」


 レンは近くに落ちていた手ごろな流木を手に取ると海に入り、クラゲをその流木の節に引っ掛けながら器用に拾い上げる。そのまま、声の大きな男の網の中に投げ入れた。


「うおおおお! なんという妙技ぃぃぃぃ! 助かったぁぁぁぁ!」


 大げさに感動しながら絶叫する全身水着の男性。彼は叫びながらラフカとレンの前を走り去って行く。


「だが、すまぁぁぁぁん! お礼をしたいのはやまやまなのだがぁぁぁぁ、出来る限り新鮮なうちに生体組織を取り出さねばならんのだぁぁぁぁ! 明日にでもワシの研究所に来てもらえんだろうかぁぁぁぁ? 四番町の隅にある『ヒビット海洋生物研究所』だぁぁぁぁ!」


 男性は水着姿のまま海岸を出ると、クラゲの入った網を掲げたまま街中へと消えていく。目を丸くしてそれを見届けたラフカとレンは、しばらくしてから顔を見合わせて笑った。


「あの人、なんだったんだろうねぇ?」

「でも、面白そうな人物だった」

「ナントカ研究所って言ってたけど。今度訪ねてみる?」

「そうだね」


 微笑んだレンの顔に、ラフカは軽く水面を浚って飛沫を飛ばす。驚いたレンに、彼はニヤリと笑った。


「ふふふ~! 結局、レンも海に入っちゃったね~。せっかくだし、一緒に遊ぼうよぉ」

「仕方ないな」


 レンは苦笑しながら、靴を脱いで袖と裾を捲る。結局、二人は飽きるまで海岸で時間を過ごした。

お読みくださって、ありがとうございました。

今回のお話でラフカとレンはあっという間にエレーニアに到着。速足ですみません。この旅でこの二人組がキャッキャウフフするシーンは……この後にちょっとあるかもです。

前回まではちょっとシリアスなシーンが続きましたが、今回は少しゆるい感じです。

そして、なんだか不思議なおじさんと知り合った二人。この海岸都市で何が二人を待ち受けているのでしょう???

そんな感じで、第二章も楽しんでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告 「うーん? でも、皆、レンのことを見ているよ」 ここってレンじゃなくてラフカよね?
2020/07/10 02:11 退会済み
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