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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う
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兜の下の素顔

 兜の巨人はしばらくビクビクと痙攣を繰り返していたが、やがてその動作も止まる。相手の事切れたことを確認したレンはサーベルを抜き、首切り役人の兜を外しにかかった。


「ふむ……」


 その下にあったのは醜くおぞましい顔だった。灰色の目と大きな鼻の穴、牙の生えた口以外の部分は、暗緑色の鱗に覆われている。こめかみの辺りから一房だけ生えている長い黒髪だけが美しく、違和感があった。


 だが、ラフカはそんなことを気にしている暇はない。杖を使ってできる限り早くレンのもとへ駆けつけようともがいた。


「レン~!」


 真っ赤な瞳に涙を溜めて抱き着いて来ようとするラフカを、レンは慌てて制する。


「近づいては駄目だ、ラフカ。せっかくの綺麗なドレスが汚れてしまう」

「僕……僕はドレスなんかいらないもん。レンが無事ならそれでいいんだもん。うえ~ん。なんでレンはあんな無茶をするの~! うわあああああん! レンのバカァ!」


 ラフカは泣きながらレンに抱き着く。薄桃色のドレスはすぐに魔獣の血で真っ黒に染まっていく。レンは困ったような嬉しいような顔で微笑み、彼の銀色の髪を撫でようとして慌てて手を止めた。レンは手も魔獣の血で真っ黒で、さすがにラフカの美しい銀髪を汚すことは躊躇われたのだ。


「私は大丈夫だ」

「ひっく、ひっく……うえ~ん!」

「心配してくれてありがとう、ラフカ」


 レンは手の血をスーツで拭ってから、軽く彼の背中を撫でた。


 一方のホールでは、今日の招待客達が呆然と魔獣達の死骸を見つめていた。皆、驚愕と衝撃に言葉を失っている。


 壇上でその様子を見た皇帝ベリオードは、ゆっくりと口を開いた。


「リューゲリアの儀の晩餐会において、かような事件の発生したことは我等にとってもたいへんに遺憾である」


 彼の低く響く声に隣の皇后ベリアーダも深く頷き、夫に続いて言葉を発する。


「だが、この予期せぬ事件も、我等が最も信頼を置く兵達の働きはもちろんのこと、我等が旧知の探偵がいち早く危急を察知したことにより、無事鎮圧することが出来た。我等は皆の働きに感謝する」


 そう言ってベリアーダが拍手をすると、恐怖に歪んでいた招待客達の顔にも安堵が戻り始める。皆、つられるように拍手し、互いの無事と兵士達の健闘を称える歓声が上がり始めた。


「皆、今宵は十分に心を休めるがよい」

「兵達よ、城内城外の安全を充分に確認せよ。確認後、皆を外まで案内するのだ」


 両陛下の命に従い、警備兵と近衛騎士団は非番の者や他部門の兵も呼び出し、城内と城の周囲を確認し始める。晩餐会の招待客達が帰途に就くのは深夜を大分過ぎることとなったが、皇帝と皇后がホールに留まり彼らの話し相手を続けたことから、不満が上がることはなかった。



 レンは兵達が招待客を帰らせ始めてもなかなか動けなかった。ラフカがきつく抱きついたまま離れなかったからだ。


「ラフカ、そろそろ行こう」

「やだ! しばらくこのままでいて! だって、レンはいつ危険なこと始めるかわからないもん! 僕を心配させないで!」


 さっきからずっとこの調子だった。


「レン、ご苦労であったな」


 皇后がわざわざ声を掛けにやって来ても、ラフカはレンから離れなかった。レンは照れの混じった苦笑を浮かべる。


「ほら、ラフカ、陛下がおいでなのに駄々っ子みたいな真似はやめなさい。ラフカ?」

「……はーい」


 しぶしぶと離れたラフカの不満げに膨らんだ頬を、レンは魔獣の血が付いていない指で優しく撫でてから、表情を真面目なものに切り替える。


「ベリアーダ様にお話があります」

「なんだ?」

「あれは……あの魔獣はイヴ女史なのではないでしょうか?」


 そう言って、レンは先ほど自分が倒したばかりの、鱗に覆われた魔獣に視線を向けた。


「ええええ!」


 驚きの声を上げたのはラフカだ。


「だ、だって、イヴって人は人間でしょ?」

「さすがに、わたくしも魔獣を愛人にする趣味はないな」

「それに、イヴって人は普通の体型の女性だったはずだよ!」


 今日、ラフカが着た「リューゲリアの蕾」の白いドレスは、もともとイヴのために作られたものだった。ラフカの体に合わせるために多少詰めはしたが、調整前のドレスは一般的な成人女性の体型のものだった。


「しかし、そうでなければ、イヴ女史の失踪とアレの出現について、因果関係が説明できません」

「ふむ……イヴがあの魔獣となったのならば、説明はつくということか」

「そのとおりです。城内からイヴ女史が消えた。彼女が外へ出た記録がない。代わりのようにアレが城内に現れた。そしてアレが仲間達を城内へ引き入れた」


 レンは魔獣に向ける青い瞳を、思案するように細める。


「魔獣によっては呪いを保持し、その呪いに感染した人間が魔獣化することもあると聞きます」

「しかし、ここ数か月、イヴはずっと城内で暮らしていて魔獣と接触する機会などなかったはずだが」

「確かに。私の話は推論の域をでませんが……」

「しかし、あの魔獣の美しい頭髪は確かにイヴの黒髪に似ているな」


 ベリアーダは魔獣の横にひざまずき、なぜかそこだけは人間の女のように長いこめかみ脇にある髪を撫でた。


「お前はあの美しかったイヴなのか? なぜ、このような姿に?」


 ベリアーダがそう言って、魔獣の長い黒髪を掻き上げると、魔獣の首元だけは鱗が生えていなかった。まるで人間の女性のような柔らかく白い肌。だが、そこには文字と図形で何かの刻印のようなものが刻まれていた。


 それを目にした瞬間、ベリアーダは赤毛の眉を吊り上げる。


「これは……! なぜこんなものが……!」

「ベリアーダ様?」

「レン、数日後にお前の事務所を訪ねよう。新たな依頼をもってな」


 ラフカには、そう言ってレンを見上げたベリアーダの大きな金色の瞳が、ギラリと激しい光を放ったように見えた。


 皇后ベリアーダは素早く踵を返し、ベリオードの隣に戻って何事かを耳打ちすると、二人は二言三言話し合い、そのまま城内の奥の間へと下がっていった。


「いったい……どうしたんだろう?」

「さあ……さすがに、私でもわからないな」


 ラフカとレンは不安げな表情で皇帝と皇后が消えていった扉を見つめた。


【第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う 終了】

お読みくださって、ありがとうございました。

今回のお話で「第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う」は完となり、続いて「第二章 探偵と歌い手は海辺の街を奔走する」を開始します。明日からさっそく第二章のお話を更新していきたいと思っています。

第一章では皇帝・皇后主催の晩餐会を魔獣の群れに襲撃されたわけですが、第二章ではそれがどこかの誰かの陰謀に繋がっていく……という感じです。


第一章を読んでくださった皆様、ありがとうございました。

そして、ブックマークや評価ポイントで応援くださった皆様、本当にありがとうございました。すごく嬉しかったです。

また第二章でもお会い出来ましたら幸いです。


フミヅキ

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