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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う
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レンの戦闘

 ホールでは、レンの対峙する侵入者が首切り役人のものだった大剣を鞘から抜いた。その刀身にはべったりと真っ赤な血がついたままだ。


「それで首切り役人を殺したのか?」

「…………」


 レンが問い掛けに巨人は答えず、代わりに鞘を捨てて大剣を構えた。その構えは警備兵や近衛騎士達のような洗練されたものではなかったが、体格の異様さから醸し出される迫力が違う。巨人とレンはまるで猛獣と鼠のようで、ラフカは不安で心が押し潰されそうだったが、レンは一歩も引く気配を見せなかった。


「両陛下の御前であるぞ。控えよ!」


 腹の底から響く声でレンが叫ぶと、巨人はわずかに剣を下げるような動作を見せた。


(アイツは言葉がわかるの……? それともレンの気迫に驚いただけ……?)


 いずれかはわからないが、巨人は数拍の間を置いてから再び剣を構えた。


「そうか。その覚悟か。ならば来い!」


 レンの言葉に応じるように、巨人は大剣をレンに向かって振り下ろす。レンが左に体を旋回させて避けると、相手はすぐに横薙ぎに剣を振り回してきた。


――ガンッ


 鈍い音がして、レンが吹き飛ばされた。彼女はまだサーベルを鞘から抜いておらず、鞘ごと大剣の横薙ぎを受け止めたようだが、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされたのだ。


「レンー!」


 ラフカの悲痛な声が響いた。


 レンはホールの隅、葡萄酒が大量に乗せられたテーブルに突っ込み、そのまま壁に激突する。木製テーブルは大きな音を立てて倒れ、天板は折れ、葡萄酒は飛び散り、たくさんのグラスが割れて破片を撒き散らした。


 だが、レンは何事もなかったように立ち上がった。顔についた葡萄酒を袖口で拭い、服についたグラスの破片を払いのける。


「レン、大丈夫なの? もうやめて!」

「心配しなくても大丈夫だよ、ラフカ。このくらい私は平気だ。それにしても、さすがにすごい力だね、ハハハ!」


 レンは巨人に向かって爽やかな笑みまで浮かべている。


「レン……?」


 ラフカの表情が心配から戸惑いへと変わった。レンは笑顔のまま巨人に対する言葉を続ける。


「君は何が目的だ? 両陛下のお命か? それとも、混乱を起こすことこそが目的か? あるいはもう、口で答える術がないか?」


 レンの問い掛けに、巨人は言葉ではなく絶叫で答えた。


「ウオオオオオオオ!」


 まるで狼の遠吠えのような声。


 巨人はめちゃくちゃに大剣を振り回しながら、レンに向かっていった。ラフカでは持ち上げることすらできないような大剣を、まるでナイフでも振り回すように軽々と操っている。それらの攻撃を、レンは今度は受け止めることはせず、すべてを紙一重で躱す。まるでダンスのステップでも踏んでいるような華麗な動きだった。


「レ、レン……」


 心を押しつぶされるような不安と共にラフカがレンの名前を呟くと、隣のベリアーダがニヤリと微笑む。


「安心しろ、あれではレンに当たらぬ。レンは近衛騎士の訓練を受けているからな。奴の剣術を齧ったこともないであろう動き、見切るのは容易いものよ」

「でも! それでも、あんなの掠りでもしたら……!」


 レンにまったく攻撃が当たらない巨人も、このままでは勝ち目がないと思ったのだろうか。攻撃の合間に近くのテーブルをレンに向かって蹴り上げた。


「ぐ……!」


 テーブルと、その上に乗せられたワイングラスがレンを襲う。グラスからこぼれた葡萄酒がレンの片目を汚し、テーブルがレンの視野から巨人の姿を隠した。


「レン! 危ない!」


 上段に大剣を構えた巨人は、それを思い切り振り下ろす。空中のテーブルを真っ二つに裂き、そのままレンのことも切り裂くような勢いだった。だが……。


――ガツン!


 鈍い音と共に、大剣の動きが止まった。

 レンが体の上でサーベルを鞘ごと真横に構え、相手の斬撃を受け止めたのだ。その衝撃か、鞘の大剣を受け止めている部分がひしゃげて歪んでいる。


 ラフカは安堵に腰が抜けそうになると同時に、驚愕に目を見開く。


「ちょ、ちょっと待って! レンはアイツの力を受け止めてるってこと……?」


 いくら剣術ができなそうな相手だとしても、壁すら破壊するパワーだ。鞘も歪むだろう。サーベルだけで受けていたら、刀身が折れていたかもしれない。


 だが、それをレンはその攻撃を受け止め続けている。さすがにかなりの圧力らしく、レンの腕や脚も攻撃の負荷に耐えてぶるぶると震えているが、彼女は歯を食いしばり、口の端から血を流しながら、強敵との対峙を楽しむかのごとくうっすらと笑っていた。


 ラフカは心の中で首を傾げる。


(テーブルを壊すような攻撃を、人間が……しかも女性が受け止められるもの……?)


「あれは少し……特別な娘なのだ」


 ラフカの顔にちらりと視線を向けた皇帝は、わずかに苦い感情を滲ませるような声音で言った。


「特別……というのは?」


 ラフカの問いには両陛下とも口を閉ざした。代わりに皇帝がとなりの皇后に目を向ける。


「そろそろよいであろう、妃よ。我が魔術であの侵入者は処理する」

「我が君よ、少々お待ちを。レンに片付けられぬ相手ではありませぬ」


 ベリアーダが赤い唇でニヤリと笑んだ時、レンの片足が床を蹴り上げた。


 一瞬だけレンの体が左に傾き、ラフカは肝を冷やしたが、それは彼女の狙いだったらしい。相手の力が左側に逸れ、巨人がたたらを踏んだ。その瞬間を狙って、レンは巨人の軸足を思い切り蹴り上げる。


「ウオアアアア!」


 驚愕の雄叫びと共に前に倒れ込んできた相手の顔の眉間を、レンはひしゃげたサーベルの鞘の先端で力一杯に突く。


――ガンッ! ドゴッ!


 巨人の兜をサーベルの鞘の先端が突く音に続き、巨人が後ろ向きに倒れて床に兜がぶつかる音がホールに響いた。


「誰か、剣を!」


 レンの言葉に応じ、近衛騎士の一人がサーベルを投げて寄越す。抜き身のサーベルの柄を空中で掴んだレンは、倒れた巨人の胴を跨ぐように立ち、胸の上にサーベルの先端を向ける。


「すまないが、これで終わりだ」


 レンは躊躇いなく、相手の胸の中央にサーベルを突き立てた。


――ブシュアッ!


 勢いよく黒い血が吹き出し、レンの顔と服を汚していく。


「黒い血……! やっぱり……魔獣……」


 ラフカは震えながら呟いた。

お読みくださって、ありがとうございました。

今回はレンと謎の襲撃者との戦闘シーンでした。


お気に召していただけたら、また読みに来てください。よろしくお願いします。

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