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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う
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兜の襲撃者

 その時。警備兵達が引き留めていた魔獣達のうちの数匹が方向を変え、こちらに向かってくるのが見えた。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げるラフカの隣でレンがサーベルを抜こうとするのを、ベリアーダが制す。皇后は魔獣達を見つめながら呪文を唱え始めた。


「我が名を以て命じる。次元の扉より引き出す魔名。雷鳴の音。轟き、舞う蛟。蠢き留まり、落差生む滝は流れ続ける。現象名【雷電】」


 呪文と共にベリアーダの細い指が虚空を素早く動き、その指の跡に沿って空中に光輝く魔方陣が浮かび上がる。


――バチバチ……ガアアアアン!


 耳をつんざくような轟音と共に、ホール内に閃光が走った。ラフカは薄目を開いた先に、ジグザグに走る雷光が魔獣達に直撃するのを見た。


「ぎぃやああああああ!」

「グリャヤアアアアア!」


 あるモノは断末魔の叫びを上げ、あるものは悲鳴を上げる暇さえなく、ブスブスと燻る煙と焦げくさい臭いを放ちながら床に倒れる。目を丸くしてそれを見つめるラフカに対して、ベリアーダは真っ赤な唇の片端を吊り上げてニヤリと笑った。


「わたくし達はお前とは違い、精霊に頼らずとも魔術を引き出せるからな」


 入り口から新たに入ってきた十匹ほどの魔獣に対しては、ベリオードの魔術が炸裂する。


「我が名を以て命じる。次元の扉より引き出す魔名。軋む音。流れを止める沈黙。永遠の眠りを呼び、哀しき氷雨は命すら凍らせる。現象名【氷黙】」


 妻であり妹であるベリアーダと同じように皇帝が魔方陣を描くと、ミシミシという軋み音と共に床から氷柱が出現する。それは一瞬で魔獣達を飲み込み、彼らは全身を氷に覆われて静止する。身動きすらできず、完全なる静止――静かなる死だった。


「す、すごい……!」


 感嘆の表情で目を見開くラフカの横で、レンは心配そうに両陛下の顔を覗く。


「ベリオード様、ベリアーダ様、お力を使われるのは……」

「構わぬ。今日は『食事』をとったばかりだ」


 ベリアーダが血のように赤い唇を歪めて笑い、ベリオードも頷く。ラフカは首を傾げた。


「どういうこと?」

「イグリア帝国の国主は代々『お食事』を……他国の皇族に比べればほとんど摂られていない。しかし、皇族の皆様の魔術の源は生命力にあるから、使いすぎればお命にも関わるんだよ」

「大袈裟に言うな、レン。今のは大した力ではない。それに、今いる魔獣はそれで大方、片付くであろう」


 ベリアーダの言うとおり、両陛下の助力もあって警備兵と近衛騎士達はあらかたの魔獣を片付けつつあった。だが、レンは警戒の目を緩めない。


「いいえ。陛下、恐れながら、まだ一匹……いえ、一人、手強い敵が残っているかと」

「ふむ。死刑執行官吏を殺したやつか」


 皇帝の言葉にレンは頷く。


「先ほどの二回の衝撃音、あれはおそらく……」


 レンがそう言った時、ラフカ達のすぐそばで轟音が鳴った。


――ドゴオオオオオオオ!


 轟音と共にホールを襲う振動。ラフカが驚いて音のした方を振り返ると、破壊されたダンスホールの壁と首切り役人の姿が目に入った。いや、正確には首切り役人の兜を被った何者かが、ダンスホールの壁に開いた穴から皇帝と皇后のいる方角を覗いていた。


「あ、あの穴を、アイツが開けたってこと……?」


 ラフカの疑問に答えるように、その何者かが肩でタックルを仕掛けると壁は脆くも崩れ去り、それが通るのに十分な大きさの穴ができた。


「奴は外の魔獣達を城内に引き入れるため、ああやって城壁と外壁を破壊したのでしょう。さすがに門番が目を光らせている場所の近くには魔獣達を控えさせることは出来なかったでしょうからね。陛下、お下がりください」

「レン、控えよと言ったはずだ」


 ベリオードは冷たい声でレンを制したが、今回のレンは引かなかった。


「私には確認したいことがあるのです。どうかお許しを」

「レン、ならぬ」


 わずかに声に興奮の色が混ざり始めたベリオードの腕を、皇后が微笑みながら掴んだ。


「我が君よ、よいではないか。レンには何か考えがあるようだ。レン、行くがよい」

「お許しを感謝致します」


 レンはサーベルを携えラフカ達の元からホールへ飛び出し、穴からゆっくりと入ってくる敵と対峙する。


「レン! 危ないことはやめてよぉ!」


 慌てて止めようとしたラフカの腕を、ベリアーダが掴んだ。


「お前はここで見ておれ」

「で、でも! あんな、化け物みたいな相手!」


 シャンデリアの明かりが灯るホール内でレンとの背丈の差を見れば、相手が明らかに異様なことがわかった。ローブのようなゆったりした白装束を纏ったその侵入者は、偉丈夫だった首切り役人よりもさらに大きく、むしろ人間ではありえないほどの大きさだった。ラフカの心を不安と疑問が覆っていく。


「あの兜の奴も魔獣……?」

「さて……どうかのう?」


 ベリアーダは瞳孔の大きな金色の目を細め、相手を注視する。そんな皇后に、ベリオードは冷ややかな視線を向けた。


「妃はレンを甘やかしすぎる」

「フフフ。わたくしはあれが可愛くて仕方がないのだ。解るであろう、我が君よ? それに甘やかすのはどちらなのか」


 ベリアーダは楽しげに笑うばかり。皇帝はそれ以上言及する気がないのか、黙り込む。ラフカは要点が掴めない会話に首を傾げるものの、冷え冷えとした表情の皇帝の前で意図を尋ねることは出来なかった。

お読みくださって、ありがとうございました。時刻はまちまちですが、なんとか毎日更新続けております。


さて、お話の方ではレンと皇帝陛下との微妙な距離感が気になるやら、皇帝・皇后両陛下の魔術が炸裂するやらな展開です。お気に召した方がいらっしゃったら、また読みに来ていただけましたら嬉しいです。よろしくお願いします!

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