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歌姫な僕と、名探偵な貴女 ~花散る帝都~  作者: フミヅキ
第一章 歌姫と探偵は花やぐ帝都にて出会う
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舞踏会ホールへの襲撃者達

 ラフカが杖をついてホールに到着すると、さっきまでダンスを楽しんでいた人々は戸惑いと緊張に包まれていた。警備兵達が人々をホール中央に集め、護衛の体勢を整えている。近衛騎士団は既にサーベルを抜き、皇帝と皇后を背で守りながら周囲を警戒していた。


「どうした、何かあったのか?」


 皇后ベリアーダの問いに、一人の騎士が口を開いた。


「首切り役人が城内で殺害されました。レン殿より、お二人のお守りをと」


 それだけで皇后も皇帝も納得したようだった。ラフカは恐る恐るレンに尋ねる。


「ね、ねえ、レン、一体どうしたの……?」

「ラフカ、君もこっちへおいで」


 燕尾服姿のレンは今日はサーベルを携行していなかったが、警備兵から備品のサーベルを借り受けているところだった。彼女はそのまま両陛下のそばに控える。


「ラフカ……君は首切り役人の幽霊を見たと言ったね?」

「うん……まさか、幽霊がここに来るの?」


 ラフカが身震いすると、レンは何かを思慮するように青の瞳を細める。


「そうだとも違うともいえる。君が見た幽霊……正確に言えば、首切り役人を殺害し、彼の兜を奪い去っていた者が間もなくやって来るだろう」

「え!」


 驚きに目を見開くラフカに、レンは冷静に言葉を続ける。


「おそらく、犯人は自分の身を隠すものを探しにあの場所へ行った。そして、たまたま居合わせた被害者に見つかり、口封じのために殺害したのだろう」

「あれは幽霊じゃなかったんだ! でも、身を隠すって……?」

「何かを成し遂げるために、自分の格好を誤魔化して移動する必要があったということだろう」


 ラフカはその言葉と、先ほどレンが「両陛下をお守りしなければ!」と発言したことを思い出して震える。


「ま、まさか……皇帝陛下や皇后陛下を狙っているってこと……?」

「おそらく。あるいは晩餐会参加者が目当てかもしれないが、いずれにしろこのホールを警戒しなければならない」

「両陛下にはすぐに逃げてもらった方がいいんじゃない?」


 ラフカの申し出にレンは首を横に振る。


「移動中を襲われる方が混乱の増す可能性がある。こうやって見晴らしのいいホールで信頼のおける近衛騎士団でお守りするのが得策だろう。晩餐会の客人に協力者のいる可能性もあるが、警備兵が取り囲んでいるから何かあってもすぐに対処できる」

「そ、そっか……」


 レンの口から滑らかに語られる推論に、ラフカは目を白黒させながら聞き入る。


「客人の多い晩餐会だというのに、犯人がその中に紛れ込もうとしなかった点も気になる。つまり、一般的な人間の中に身を隠せない容姿だということだ。だとすると……」


 レンが言いかけた時、大きな音が聞こえた。


――ウオオオオオオオ!


 狼の遠吠えに似た、耳を壊すほどの大音量。


「な、なんだ!」


 ホール内の着飾った人々が慌てふためき、周囲を見回した。一拍の間をおいて、また別の音が炸裂する。


――ゴオオオオオオオオ!

――ドゴオオオオオオオ!


 ビリビリと空気を震わせる低く大きな物音が二度鳴った。音と同時に、堅固な城がわずかに振動する。たくさんの蝋燭に火が灯された豪奢なシャンデリアが、ぎぃぎぃと不気味な音を立てて揺れていた。


「何が起こっているの……?」


 ラフカが不安げに呟いた時、多くの足音が聞こえた。警備兵達のような規律のとれたものではなく、音の大小も間隔も不揃いだ。それがどんどん近づいてくる。


「レン! 何か来るよぉ!」


 バンッと大きな音を立ててホールの扉が吹き飛んだ。扉のなくなった入り口から入ってきたのは、人間と似た背格好ながら、人間とは異なる特徴を持ったモノ達だった。あるモノは全身を虎のような毛皮に覆われ、あるモノは全身を蛇のような鱗に覆われ、あるモノは全身が腐ったように崩れ腐臭を放っていた。皆、裸か、体に汚い布を巻きつけているだけだ。


「ぐるるるううううぅぅぅ!」

「ギャギィィ! ギャギィィ!」


 言葉を理解しない彼らはホール内を威嚇するように雄叫びをあげた。ホール中央に集められた招待客達からは驚愕と恐怖の叫び声があがる。


「うわああああ、魔獣達だ!」

「いやあああ!」


 魔獣達は自らの牙や爪を剥いて、ホール内に踊り込む。だが、その流れを警備兵達がサーベルと盾で塞き止めた。


「落ち着いて! 我々がおります!」


 パニックになる招待客達を、近衛兵達の三分の一ほどで取り囲んで守りつつ、残りは斬り込み役として魔獣達に向かって撃って出る。


「ぐ……さすがに力があるな!」

「だが、倒せない相手ではない!」

「そっちは毒をもってそうな奴だ、気を付けろ!」


 ラフカが見る限り、鍛えている兵士でも地力の違う魔獣の一撃を受け止めるのは困難な作業のようだった。だが、警備兵達は二人一組のコンビネーションで、魔獣達の攻撃をいなしつつ、隙を狙ってサーベルを突き刺し、敵勢力の勢いを少しずつ削いるのもわかった。魔獣の黒い血が徐々にホールを汚していく。


「レンが事前に知らせてくれたおかげで戦列を整える余裕ができた。皆が混乱し、散り散りとなっているところを襲われるのが一番危険だからな」


 皇后ベリアーダの言葉に皇帝ベリオードも頷いた。ベリオードは周囲の近衛騎士達に命じる。


「我等の守りはよい。お前達も警備兵達を助け、あれらの排除を進めよ」

「しかし……」

「我等の身は我等で守る。我等の賓客に傷を付けて帰すわけにはいかぬ。行け」

「御意」


 近衛騎士団はサーベルを携え、魔獣の群れに向かっていった。それに続こうとしたレンの服の袖を、ラフカは慌てて掴む。


「レン、待ってよ……! あそこに行くつもりなの?」

「大丈夫だ。陛下がいらっしゃるから、ここにいればラフカは安全だよ」

「そうじゃなくて、僕はレンが危険なことをするのが嫌なんだよぉ」


 赤い瞳を潤ませてラフカが言った。それでも「私なら大丈夫だ」と言って魔獣に向かっていこうとするレンを制したのは、皇帝ベリオードだった。


「レン、控えよ」


 皇帝の冷たい声音に、レンの体がビクリと震える。


「お前は近衛騎士でもなければ城に属する兵士でもない。不相応な行動は許さぬ」

「しかし……私も魔獣と戦う力はあります!」

「もう一度言う。我等が兵達の邪魔をするな」


 ぴしゃりと遮る皇帝の言葉に、レンの顔が青くなる。


「陛下……私は邪魔をするつもりは……」


 悔しそうに唇を噛むレンを、ラフカはハラハラと心配そうに見つめた。そんな一同を見て、皇后ベリアーダが溜め息を漏らしながら言う。


「お前はここにいろ、レン。近衛騎士達の代わりに傍に控えることを許す。我等を守るのだ」

「ベリアーダ様……承知致しました」


 レンは悔しげな表情を飲み込んで頷いた。


「よいであろう、我が君よ?」


 ベリアーダの問いに、ベリオードは沈黙でもって消極的な同意を示した。


 ラフカはぎくしゃくした空気に戸惑いつつも、レンが戦いに巻き込まれずに済みそうなことにホッと胸を撫で下ろした。

お読みくださって、ありがとうございました。

いつもは夜ばかりでしたが、本日はお昼の更新です。不規則ですみません。


SNSでのお知らせ等ほとんどしていないのですが、読みにきてくださる方やブックマーク等してくださる方がいて嬉しいです。これからもよろしくお願いします!

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