犯人の行方
首切り役人の死体発見現場である城内の備品庫に、警備兵と共に駆け付けてきたレンは、冷たい石の床に押さえつけられているラフカを見て目を見開いた。
「ラフカに何を! 一体何があったというんです? その人を離してください!」
レンの訴えに対し、ラフカを押さえつける男達は鼻で笑った。
「コイツがこの男を殺したんだ。だから取り押さえているだけさ」
ラフカは必至で頭を横に振る。
「僕はただ首切り役人さんを見つけただけで……何もしてないのに……! えぇ~ん!」
ラフカはいかにも哀れを誘う健気さで泣き真似をしてみたが、気遣う顔をしたのはレンだけで、男達は厳しい表情のままだった。半分嬉しく、半分悔しく、ラフカは心の中で舌打ちする。
レンは一旦クールダウンするためか、小さく息を吐いてから、落ち着いた声音で男達と警備兵に訴えかけた。
「あなたはラフカが彼を殺すところを見たのですか?」
「いいや。だが、俺達が駆けつけた時にコイツがいたんだ。コイツがやったに違いない」
「冷静に考えてください。亡くなったこの方は一流の死刑執行担当官吏です。そんな人に対して、小柄でか弱いラフカではこんな傷は付けられません。だいたい、凶器はなんです?」
「凶器? そんなもの後で探せばいいだろう」
「大切なことです。ここに見当たらないということは、真犯人がそれを持って逃走しているという事なのですから」
ここは刑罰執行に関する備品を保管する部屋のようだ。レンが次々に棚を開けていくが、たくさんの処刑道具の中に血の付いたものは見当たらなかった。
ラフカを拘束する男達は、面倒臭そうに顔を歪めた。
「それが何だっていうんだ。コイツがあの妙な手品でやったんだろう」
「それはラフカの操る『火』のことを言っているんですか?」
「ああ。『夜の子供達』など、貧困層のさらに下の存在。何をしでかすかわからん」
男の言葉に、レンは顔を険しいものに変える。
「それは偏見というものです。犯行の根拠にはなりえません」
「ふん。どうだか。『夜の子供達』など魔獣との合いの子だろう? 生まれながらに悪辣なのさ。大方、お前の親のどちらかが魔獣なのではないか?」
男達は街角に吐かれた吐しゃ物をみるような目線をラフカに向けていた。
不思議なものを見たり、魔法を使ったり、人間以上の筋力を持っていたりという『夜の子供達』のことを、巷では魔獣の末裔と妄信して蔑視する人間もいる。体や精神にハンデや異形をもって生まれる者が多いのがその証拠だと。
ラフカは悔しさに唇を噛みながら弱々しく訴える。
「ぼ、僕の親は人間だよ……! じーちゃん、ばーちゃんも……兄弟達だって……」
ラフカは記憶から薄れつつある家族の姿を思い起こしながら反論した。どこかの貧しい農村の貧相な小屋で暮らす、疲れた顔の大人達と痩せた子供達、そして仲間外れにされ、よくわからない理由で殴られていた自分。
レンは震えるラフカを気づかわしげに見つめてから、男達を睨む。
「こんな説もありますよ。『夜の子供達』は魔人……皇族と人間の間に生まれた者の末裔だと。ゆえに不思議な術を使える者や力の強い者がいるのだと」
その言葉に男達が目を剥いた。
「なんと不敬な!」
「ええ。ですから、何の根拠もない噂話をするのはもうやめにしましょう」
「僕の火なんて子供だましだもん、そんな傷なんて作れないよぉ。もう放してよ、え~ん!」
彼らはラフカの涙にも聞く耳を持たなかった。
レンはラフカのそばで床に膝を付いて座り、ラフカを慰めるように彼の銀色の髪を撫でた。その心地よさに、ラフカは自分がピンチであることも忘れて、レンの指の感触の優しさにうっとりと目を閉じる。
レンはラフカの髪を撫でながら、彼の代わりに男達に訴えた。
「被害者の傷口を見てください。具体的な凶器は不明ですが、傷はスパッと開かれ、大きく抉れています。もしラフカの仕業なら火傷や焦げた跡が残るはずですが、それは見当たらない。おそらく凶器は死刑執行用の大剣なのではないでしょうか。この場所にあるはずですが、見当たりません」
冷静なレンの言葉に、男達は面倒くさそうな表情となる。
「ここは陛下のおわす城だ。こいつが犯人である可能性は捨てきれないんだから、とりあえず拘束しておけばいいだろう」
「陛下のおわす城だからこそ、安全を確保するために真の犯人を追及すべきです」
レンはそう言って、警備兵の後ろに控える制服姿の男に視線を送った。ラフカは、彼が先ほど舞踏会の場で皇帝陛下のそばに控えていた近衛騎士団うちの一人であることに気付く。警備兵達の管理者なのだろう。
「現状ではその者がやったという根拠は何もない。放してやれ」
近衛騎士の言葉に、男達は不承不承にラフカを開放した。
「え~ん、レン~、怖かったよぉ」
レンの胸元に抱き着きながら涙を流すラフカ。レンは彼を抱きしめ返しながら、彼の銀色の髪を優しく掻き分ける。しばらくしてラフカが落ち着いたところで、レンは彼の赤い瞳を覗き込みながら問う。
「ラフカ、この部屋で何か見なかったか?」
「何かって……? 僕がこの部屋に来た時には、お役人さんはもう……他には誰もいなかったし……」
「怪しいものなら何でもいい。この部屋ではなくても」
レンの言葉にラフカはハッとして青ざめる。
「そういえば……僕、幽霊を見たかもしれない……」
「幽霊?」
「僕……この部屋にくる前、首切り役人さんが兜をつけて廊下を歩いていくところを見たんだ……。あれは、殺されたお役人さんが、死の国に旅立つ姿だったのかなぁ……? そういえば、幽霊なのに大剣も持っていた気が……」
ラフカの言葉にレンは目を見開き、慌てたように警備兵達に向かって叫んだ。
「皆さん、早くホールへ! 両陛下をお守りしなければ!」
近衛騎士と警備兵達の顔つきが変わる。呆然とするラフカと男達を置いて、レンと兵達は早馬のごとくホールへと駆け出した。
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お話の方では皇帝陛下と皇后陛下のお城で不穏な事態が生じつつある様子。この続きは明日また更新したいと思います。よかったら読みに来てください。
フミヅキ




