冒険者ギルド
城門から出てすぐの区画には貴族の館が並んでいた。 豪奢な馬車が何台も走り主人から用事を命じられた従者らしい人間の姿を何度も見かけた。 時折不審げな目を向けられはしたものの声をかけられるようなこともなく街壁を抜けると、今度は高級な衣服や装飾品、家具など貴族御用達の高級店が並ぶエリアだ。 そしてさらにその外側に兵舎や備蓄庫、軍馬の厩舎など軍事に関わるエリアがあり、4つの壁を抜ければ市街地となる。
このまま大通りをまっすぐ抜ければ南門から王都ミスフォードを抜けることになる。 魔物を倒してLVを上げるには西門から出て街道沿いに五日ほど進んだ森がいいと出口まで案内した兵士に聞いた。 だが今はまだ街に留まり準備する必要がある。 この世界のことを何も知らないままで旅に出れるわけもない。
情報収集の基本と言えば酒場だけど自分たちの知りたい情報はあまりにも基本的過ぎる。 召喚した相手からのチュートリアルを蹴ったからには他のところにそれを求めるしかない。
「で、ここがその……何だったか?」
「冒険者ギルドだよ、じいちゃん」
義昭はすぐに街を出ようとした。 森か山でもあればどうにでもなると自信満々だったけど検問破りは慣れてるとの言葉といい過去に何があったのか非常に気になって仕方がない。 それについては改めて聞こうと思ってる。
情報を集めて路銀を稼ぐ方法を確保する。 孝志はそれを主張して何か心当たりがあるならいいだろうと義昭も同意した。
こういった場合に定番となるのはやはり冒険者だ。 魔物がいるのならそれを退治するような仕事もあるだろう。 軍だけで対応できるとは思えないし仮に魔物の駆除が軍の役目だとして、護衛や危険地域に何かを探しに行ったりする仕事の需要はあると考えていい。 名前は違うかも知れないがとにかくそういう職業の情報を求め、孝志と義昭は街の人に尋ねて武器屋を訪れた。 戦う人間を相手にする仕事なら当然そういった情報も得られるし、ついでに装備も整えられるからだ。
王都でもかなり評判の店と聞き訪れたその店はしっかりと値段が表示されていて足元を見られたりぼられたりするようや心配はなくて助かった。 ちなみに文字はなぜか日本語ではないのに普通に読むことができる。 言葉も普通に分かったあたり『神の加護』が何らかの作用をしているのだろう。
腕自慢を活かして都会で稼ぐためにきた田舎者といった体で装備のことを聞きながらさりげなく聞いてみるとやはり冒険者という職業はあった。 冒険者ギルドもあり、国をまたいで存在する組織でそんなのも知らないなんてどこの田舎からきたのかと不審がられたけど知りたい情報は得られた。 そして今、二人は店主から聞いた冒険者ギルドの建物へときたわけだ。
ちなみに二人の装備がどうなっているかと言えば、武器屋では何も買えなかったため『無限の宝物庫』から取り出した衣服に着替えただけの状態だ。
よくファンタジーでは武器屋で気軽に武器を買うけど、そんな誰でも買えるなんて危険な状況を国が容認するわけがない。 治安維持の一端を担う冒険者や都市間の移動があり自衛の必要のある商人などで、ギルドに登録している相手にしか売れないからと、まずは登録を済ませるように勧められたのだ。
王都にあるギルドだけにかなり大きい建物で三階建ての役所を思わせる建物に大きな倉庫が隣接している。 緊張しながら扉を開けて中に入ると右側はなぜか酒場になっていた。 まだ昼過ぎくらいなのに何人かは酒を飲んで騒いでいる。 奥の方にはクエストボードだろうか、色々と貼り出されている大きな掲示板を数人が見ていた。
左側にカウンターがあって何人かの職員が冒険者の対応に当たっていた。 一ヶ所空いてるところがあったので孝志は義昭を連れて職員に声をかける。
「あの、ちょっと聞きたいんですけどいいですか?」
「いらっしゃいませ! えーと、未登録の方みたいですね。 冒険者登録をご希望ですか?」
受付の女性が元気いっぱいに対応してくる。 20才手前かひょっとしたら孝志と変わらないくらいの、眼鏡をかけたショートカットの可愛らしい感じの女性だ。
「はい。 腕には自信があるんですけどどうすればいいのか分からなくて」
「分かりました! えっと……そちらのお爺様は冒険者ではないんですか?」
小首を傾げながら受付嬢は不思議そうな目を向ける。 これだけ高齢で冒険者に初めて登録するなんて普通は考えられないだろう。
「二人とも登録は初めてなんです」
「んー……冒険者は基本的にある程度強くないと勤まりませんが大丈夫ですか?」
「さっきも言ったけどそこは自信ありますよ」
「分かりました! ではまず身分証明はお持ちですか?」
初手から詰んだ──そう思った孝志は義昭の方を見る。 やっぱりシスティアに出してもらうべきだったと目で訴える孝志に、義昭は頬を軽く掻くとカウンターの椅子に座りおもむろに切り出す。
「ちぃっとばかし事情があって俺らは身分証明とかぁないんだけどよ。 そいつがないと冒険者とかってのには登録できないのかい?」
「あ、冒険者について何も知らないんですね! では最初から説明させていただきます」
受付嬢は胸元に手をやると金属製のプレートを取り出し二人の前に差し出す。
「こちらは私の冒険者ギルドの登録証、ギルドカードになります。 まず真ん中に私の名前──あ、私は冒険者ギルドミスフォード本部の受付業務担当、セリーナ・トロンと言います!」
今更ながらに自己紹介をするセリーナ。 勢いよく頭を下げる姿が何とも初々しくて可愛らしい。 言葉遣いも時々怪しいし新人なのかも知れない。
セリーナは改めてギルドカードを指すと説明していく。
「冒険者には三種類のランクがあります! 戦闘ランク、信用ランク、遂行ランクとありまして全てG~Sランクに分けられます。 名前の上にあるのがそれで私はGAGランクですが、これはギルド職員は他国の支部へ向かうこともあるので身分証明として登録させられているからですね。 元冒険者の職員は別として、一般職員は全員このランクになります」
セリーナは名前の上に刻印された3つのアルファベットの内、Aを指差すと反対側の手の指を一本立てる。
「信用ランクは護衛依頼を受ける際に必要になるランクです。 依頼主を襲ったり賊と通じているような人間を斡旋してはギルドの信用に関わりますからね! 身分証明があればFランクから始まり、依頼をこなして信用を勝ち取ることでランクが上がります」
「護衛依頼をやらないなら身分証明がなくても登録はできるってことか」
「そういうことです! 戦争だったり魔物に故郷を滅ぼされたり、そうして故郷から逃げ出さざるを得なかった流民や他国からの難民など、放置すると治安に関わるので生活の糧を与えるためにと身分証明がなくても登録はできるようになっています」
「へぇ……そういうことまで考えられてるんですね」
「まあ食い詰めた流民でも働いてくれればギルドも国もお金が入りますから!」
そういった形での治安改善や福祉政策にも一役買っているのか──と感心していたのにセリーナの本音暴露に孝志は肩を落とす。
「それにそういう人たちが住み着くとスラムができて地域の治安や衛生状況も悪くなりますからね。 死んだら死んだでそれもまたよしって感じらしいですよ!」
「ひどっ!」
「世の中そういうものですよ。 綺麗事だけじゃ成り立たないんです! ギルドだって言ってみれば冒険者さんの上前をはねて成り立っているんですから!」
それはギルド職員がぶっちゃけていいことなのだろうか?と疑問に駆られるが義昭は納得するように頷いている。 どうやら悪いことも明け透けに話すセリーナを義昭は気に入ったようだ。
「おっと、失礼しました。 それでですね、お二人は身分証明なしなので信用ランクはGとなります。 Gランクでも護衛依頼を受けられるケースや信用ランクを上げる方法はありますがそれは登録後に説明しますね」
とんでもないことを言ったのに悪びれた風もなく、セリーナはさらに説明を続ける。
「遂行ランクもまだ実績のないお二人はGランクとなりますね。 後は戦闘ランクを決めたらギルドカードが作成できます」
カウンターの向こうでセリーナは下の棚を漁り何やら取り出す。 セリーナのギルドカードと同じような材質の何も刻まれていないプレートと金属製の無数の判子のようなもの、それと何か紋様が描かれた小さな台座のようなものだ。
「こちらのプレートがギルドカードの元になるものです! 低温で柔らかくなる特殊な金属でしてこれをこちらの魔導具で加熱して名前とランク、登録したギルドの印、登録番号を刻みます。 それと本来の持ち主以外に使われたりすることがないよう両手親指の指紋を名前の両脇に捺してもらいます」
「そんなことまでするんですね」
「それはそうですよ。 信用ランクを定めているのに盗んで悪用されたり偽造されては意味がありませんからね。 ギルドはその辺の対策はきっちりしてますよ」
セリーナはなぜか得意気に胸を反らす。 普通にしてると気付かなかったがかなりのボリュームを誇る二つの山が強調されて孝志は思わず顔を赤らめてしまう。
「まずギルドカードは情報を刻印した後に特殊な処理を施してコーティングします! そうすることで耐熱性と強度を上げて情報の損傷を防ぎます」
低温で柔らかくなる金属では火の魔法で柔らかくなる可能性もある。 刻まれた情報が損傷しないように対策は取ってあるわけだ。
「ギルドカードに指紋を捺してもらう他、冒険者の情報として掌紋も保管させていただきますし、拠点を変更して別のギルドのエリアに移動する時は申請をしてもらい、こちらから移動先のギルドに移動連絡と合わせて掌紋の情報を送ります。 現地に着いたら照合して本人と確認できればギルドの依頼を受けられるようになります。 掌紋を取るのは戦闘で親指を怪我したりそれこそ欠損した時に他の指で照合するためですね。 なので両手がなくなったら冒険者登録は抹消されるので気を付けてください!」
さらっとえぐいことを言われ、そういったことがよく起こるのが冒険者という仕事の現実なのだと、孝志は気を引き締める。
「それじゃ戦闘ランクの査定に入りましょうか。 お二人ともステータスを見せていただけますか?」
セリーナの要請に孝志は言葉に詰まる。 ステータスを開示するのはまずくないか、と。 何しろ自分の称号は勇者だ。 下手にばらすと色んな人間が寄ってくるだろうし義昭はそういう輩を好ましく思わないだろう。
「ちょっと待ってもらえますか?」
セリーナに断ると孝志は小声で『無限の宝物庫』を起動しカウンター下でばれないよう小さくリストを表示する。
着替えを出す時に色々試してみたらこのリストには結構な機能があった。 表示サイズの変更もそうだしソートやツリー表示も好みのままに設定できる。 何より助かったのは鑑定機能があることだ。
システィアが名前を意識してと最後に説明しかけていたのでやってみると物品ごとに様々な情報を見ることができた。 神器に関しては使い方まで丁寧に説明されていたので今度全ての神器を確認しようと思っていた。
孝志が慌てて確認しているのはステータスの偽装ができるような神器がないかということだ。 孝志もそうだが義昭のステータスなんか開示したらとんでもないことになる。
しかし残念なことにそれらしい神器は見つからなかった。
「あの……ステータスは開示しないといけないんですか?」
「いえいえ! そんなことはないですよ」
不安げに聞く孝志にセリーナはあっさりと答える。
「事情があってステータスを見せたくないという方はたまにいます。 そういう場合、戦闘ランクはとりあえずGで登録しておいて、実際に魔物を狩ってきてもらってそれで査定することになります!」
「Gランクだと相当弱い魔物の討伐依頼しか受けられないんじゃないんですか?」
「ギルドの役割は依頼の斡旋だけではありません! 討伐依頼がなくても個人で魔物を討伐してくれば素材の買い取りも行ってるんです。 ですから依頼にない魔物の討伐は好きにできますしそれを元に戦闘ランクの設定はできるんです。 ステータスは強さの大きな目安にはなるけど実際の実力は見えませんからね。 依頼ごとに設定されてるランクは冒険者の安全を守るのと依頼の失敗を少なくするため、ひいてはギルドの体面を保つために設定されてます!」
毒舌とはちょっと違うがセリーヌの率直さに孝志は苦笑するしかない。 こんな対応で何か問題を起こさないのか他人事ながら心配になってくる。 それともこれが普通なんだろうか? だとすれば組織自体に不安を感じるしかない。
「ただしデメリットも当然あります! ステータスを開示せず身分証明も持たない人は護衛依頼を受けられる二つの道の内、一つが使えなくなります」
「それって?」
「身分証明なしで登録した冒険者も複数の冒険者を募集している依頼には参加できますが、その際の条件が他の参加者に自分よりも戦闘ランクが2ランク以上高い、最低でもCランクの人間が三人いることなんです! そしてその内の一人が常に監視役としてつくことになります。 そうすることでよからぬことをできないようにするのと同時に身分証明なしの人にも信頼を得る機会を与えていこうというものなんです!」
護衛依頼は貴族や商人などと顔を繋げる機会になる。 指名依頼を受けたり直接雇われたりといったことも期待できる。 もちろん食べるだけなら討伐依頼や素材採集だけでも何とかなるが将来の安定に繋がり得る護衛依頼の方が圧倒的に人気だ。 ギルドのリスクを考えたら身分証明なしの人間にはやらせない方がいいけどそうして人材を切り捨てるのももったいないとこういうシステムを取っている。
だけどステータスを隠している人間は実力の判断が全く付かない。 わざと戦闘ランクを低くしている可能性を考えれば護衛依頼に参加させることは不可能になる。
「まあ……当面はそういう依頼をする気はないよね、じいちゃん?」
「いらねぇだろ。 それよりかは魔物を狩ることから始めねぇとな」
義昭の同意を受けてセリーナは頷く。
「分かりました! ではお二人はGGGランクでの登録になります。 早速ギルドカードを作りますね」
勇者と魔王を越える人間が正真正銘の最低ランクでの登録。 苦笑しながら登録をしてもらい、孝志と義昭はまず一つ、この世界で生きていく術と身分を手に入れた。