幼子は戦いに赴く ~日常を文学にしてみた~
――我思う、ゆえに我あり――
こうたろう ごさい
――木枯らしの吹く寒空の下、齢五つの幼子は思いに耽る。
――何故
――何故
――何故
幼子は理解出来ない。
この世の真理を理解するには幼すぎた。
何故流れる水は手で掴めぬのか。
何故鳥だけが空を飛べるのか。
何故人は生まれ、死んでいくのか。
幼子は理解出来ない。
この世の真理を理解するには幼すぎた。
鮮やかな黄色や朱色の落ち葉が積み重なる大きな樹木の下。
その少し先に見える網に囲われた空虚な空間。
寂しそうに揺れる鎖を尻目に静かに佇む砂の絨毯。
そこに朽ち果てた、空しくそして悲しい砂の巨塔。
幼子は理解出来ない。
――否。
出来ないのではない。
したくないのだ。
長い年月を掛け、雨風に晒され朽ちたのか。
――否。
幼子は気づいていた。
そこに規則正しい文様が刻まれているのを。
それも一つや二つではない。複数だ。
だが。
幼子はそれを正しく言葉にすることが出来ない。
ただその思いを感じたままに吐き出すだけだ。
その小さな唇を震わせ――。
そして大気を震わせる――。
「きのう作ったお山がくずれてる!なんでぇ~~!?うえぇーーんっっ!!」
「あ~、誰か壊しちゃったのかな~?」
母と子の良くある日常。
その一幕。
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――生きるために食べよ、食べるために生きるな――
こうたろう ごさい
鳥達の鳴く声が聞こえる。
空は澄み、心を見透かすかのように青く、
その五本の小さな指で十分な数の、白い雲が流れている。
そんな昼下がりの――。
つい二時間ほど前――。
それは太く、そして長い。
その感触は少し柔らかく、光沢があった。
流れるような白いそれは、薄く透き通る水と常に共にあった。
幼子の小さな口は、それを優しく、しかし力強く噛み千切る。
幼子の目の前にある机には、その白いそれが無残な姿で横たわっている。
そしてその周りには小さな水溜りが生まれていた。
だが。
幼子は不満を感じていた。
その白いものの無残な姿を見て――。
ではない。
それには目もくれない。
ふと気づく。
幼子の足元にもその白いものが無残に横たわっていた。
そうか、これか――。
でもない。
それには気づいてもいない。
幼子はついにその不満を口にする。
その瞳は険しく、眉はハの字となり、握りこぶしをつくって力強く。
「フルーツは!?フルーツがほしい!!!早くしてっ!」
「もうっ!うるさいっ!我慢してっ!」
母と子の良くある日常。
その二幕。
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――未来は既に始まっている――
こうたろう ごさい
幼子の朝は早い――。
誰よりも早く目覚め、物思いに耽る――。
その瞳には何が映っているのか。
寝床を離れ、まだ暗い人気の無い場所へ赴く。
目を瞑り、その場で横になる。
幼子は世の中にいる大勢の大人たちとは違う。
幼子は動かない。
じっとその場に佇み、時が過ぎるのを待つ。
何をするでもない。
この世の時間の経過を肌で感じる。
幼子は世の中にいる大勢の大人たちとは違う。
故に動かない。
大人たちが目覚める頃。
慌しく動き始める彼らに何を思うのだろう。
各々が顔を洗い、歯を磨き、食事を取り。
慌しく生きる彼らは、幼子の瞳にどう映っているのか。
幼子は動かない。
故に顔も洗わず――。
故に歯も磨かず――。
故に食事も取らず――。
その場でただ眠るだけ――。
「ちょっと光太郎!早く起きてっ!幼稚園バス来ちゃうでしょっ!!」
「Zzz…」
母と子の良くある日常。
その三幕。
―完―