八話
この世界に生まれてきてから、どれほど経っただろうか。一ヶ月、もしかしたら二ヶ月ほど経っているだろうか。太陽が見えない洞窟内だから詳しいことはわからないけど、それでも結構な時間を過ごしていた気がする。
その間私は、母や『兵士』と一緒に狩りをしたり、おしゃべりしながら楽しく暮らしていた。
ーーでもそれも、もう終わりかもしれない。
目の前には、今まで見たことのない大きな魔物がいた。こいつは洞窟の奥から、私たちが普段生活している場所へとやってきたのだ。
そいつは、西洋の竜と虫を足してふたつに分けたような見た目をしていた。
二対の大きな複眼と、その間に蜘蛛を連想させる小さな複眼が三つ。剣のような鋭い三本の角に、クワガタのような二本の鋭い顎。甲虫の甲殻のような物が連なり、アルマジロのようになっている胴体と、そこから伸びる尻尾。そしてその先に生えたトゲ。四対八本の節足。蝶のような翅。
むしろ、虫が竜の姿をとっていると言ったほうがしっくりくるかもしれない。
竜はとてつもない威圧感を放っていた。今まで私が見てきた魔物とは大違いだ。母も今までに無いくらい警戒心を表していた。そして内心には焦りが見える。こんな母を見るのは初めてだ。
やっと夢から覚めた気がする。ここは、魔物が犇めく危険な世界なんだ。表面上は平和な日本とは違うんだ。
■
予兆はあった。
見慣れない二種類の魔物が洞窟内を多数うろついていたのだ。その魔物は母も見たことがなく、たぶん洞窟の奥の方に生息している種族だろう、とのことだ。
一種類目は巨大な角を携えた大きな芋虫。人間大くらいはあると思う。その体表は甲虫の甲殻のような、硬い物質で覆われている。
が、硬いだけで大した脅威ではなかった。第一、我々『集合体』には刺突はあまり効果はない。『主要器官』を一突きされれば別だが、『兵士』は刺したところで死にはしない。その周辺の肉を変化させ、強引に結合させることができる。
だから毒すら持たず、跳びはねながらその角で突いてくるだけの芋虫など簡単に狩れた。
二種類目は、これまた巨大な角を携えた、大きな蛹状の魔物。こいつも人間大はある。地球の虫に例えると、カブトムシの蛹に蝶の翅状の物をくっつけた感じだろう。しかしその角は剣先のように鋭利で、その身体は我々の攻撃を物ともしないほど硬く、その翅すらも強度で劣ってはいない。
蛹は移動すらも身体を動かさず、魔法的な力を用いての飛行に頼りきっているようだ。そのためその外殻に隙間が全くない。その時は翅が淡く輝くため、翅が魔力の制御やらなにやらを司っているのだろう。
こいつは倒すのに少しだけ苦労した。なにせ硬い上に攻撃の通り易い隙間がないのだ。芋虫は硬いが柔らかい隙間はたくさんあったから簡単に狩ることができた。でもこいつは違う。攻撃手段は刺突のみだったから脅威は感じなかったが、倒し切るには拘束し、魔力で強化した爪を幾度となく叩きつけなければならず、相手をするのが非常に疲れる。
唯一の救いはあまり数がいないことだろう。それと、芋虫も含めてそれなりに大きいので、狩ればその労力に見合うだけの食料が手に入ることだろう。
この硬さといい角といい大きさといい、芋虫型の魔物と類似している所が多すぎる。それに溢れてきた時期が重なり過ぎている。だから芋虫の進化先、または成長したのがこの蛹ではないかと憶測している。
当時我々は狩るのはそこそこめんどくさいが、その労力に見合うだけの大きさがあり、かつ命の危険を感じるほど強くはないこの魔物たちを歓迎していた。こいつらが現れたおかげで、頻繁に狩りに行く必要がなくなったのだ。少し歩き回れば、必ずと言っていいほど芋虫か蛹のどちらかが見つかる。
私たちはこの魔物を食べては寝て、食べる分が無くなればまた探し、そして狩って食べて寝て……と繰り返した。
前にも言った気がするが、魔物は他の魔物の持つ魔石を取り込むと、その力が大きく上昇する。さすがに、多数の魔石を取り込んで魔力の総量が上がれば効率が下がるが、確かに力はつく。
小さなバケツにコップ一杯分の水を入れればその変化は大きく感じるが、大きな浴槽に同じだけの水を入れてもあまり変わった気はしない。しかし、確かにコップ一杯分の水は増えている。それと同じことだろう。
だから我々は芋虫と蛹を狩りまくり、その魔石を取り込み続けた。もちろんその肉も食べていたから、元々象ほどの大きさがあった身体は、さらに倍ほどに肥大化した。というのも、『兵士』には決まった形も大きさもないため、食べれば食べるほど大きくなっていくためだ。
基本的に、肉食であれば、戦闘面においては身体が大きい方が有利である。身体が大きくなれば筋力が上がり、相対的に出せる力も大きくなる。それによって今まで狩れなかった獲物を狙うこともできるようになる。
外敵に狙われたときも、攻撃を受けた場合は身体が大きい方が相対的にダメージが減る。
一般的に身体が大きくなれば、その分食料も大量に必要となるが、それは『集合体』には当てはまらない。なぜなら、それは過剰に摂取した栄養を脂肪として蓄えているのと同義だからだ。
『兵士』はその身体を自由に変化させ、動かすことができる。例えそれがただの贅肉だったとしても。だから蓄えられるときに蓄え、食料が無くなればその身体を分解してエネルギーとする、という戦略を取っている。身体が小さくなればその分必要なエネルギーが減り、絶食状態での生存できる期間が伸びるという寸法だ。
だから我々は魔物を狩り続けた。続けてしまった。
まず、元々いなかった魔物で溢れているというのがおかしな状況だったのだ。いなかったということは、その環境に適応できなかったということ。なのにもかかわらず、溢れている。
それはつまり、元いた場所に適応できなくなったからであり、そしてその原因は強敵が現れたのか、それとも大量に増えた結果なのか……。いずれの理由にしても、なんらかの異常事態が起こっていたのは間違いなかったのだ。
それなのに、そのことに疑問を持たずに留まり続けてしまった。リスクを回避するのであれば、異常の及ばない場所へ逃げなければならなかった。
でもそれをしなかった。簡単に手に入る獲物に目が眩んで、正常な判断ができなくなっていた。
その結果、ついに異常の根源にあるものが出てきてしまった。
竜。もしくは竜の姿を真似た虫。つまり冒頭に述べた魔物の出現。
おそらくそいつは、今まで見てきた芋虫と蛹の成長したもの、成体だろう。鋭利な角も、蝶のような翅も、見慣れたものだ。
ーーただそのサイズだけが違う。
芋虫と蛹は人間大だったのに、こいつは獲物を食べて肥大化した我々の、さらに倍ほどの大きさがあった。
身体の大きさはそれ即ち強さ。例外はあるだろうが、ほとんどの場合は当てはまる。
それに、苦戦した蛹がさらに成長したのがこの竜だろう。芋虫から蛹になっただけでかなり厄介になったのだ、それが蛹から竜となると、その強さと厄介さは正直考えたくはない。
でも相手は我々を見逃してはくれそうにない。たぶん、蓄えた魔石の魔力が魅力的だったのだろう。竜は臨戦態勢に入った。ここで、芋虫などをさんざん狩って蓄え続けた魔力が仇となってしまった。
魔物は、本能的に相手の持つ魔石の魔力を感知できるのだろう。なぜだか私にも相手の潜在的な強さがわかる。
相手の魔石の魔力は、我々を大きく越えていた。しかし、相手からすれば私たちの魔力は小さすぎるというほどではない。
楽ではないにしろ、ほぼ確実に狩れる相手にしては大きく魅力的な魔力を持っている。それが、竜から見た我々『集合体』の評価だろう。
悔しいが、それはあながち間違いではない。魔石の魔力は魔物の力と直結している。多少の差なら小手先の技術で覆すことは可能だ。しかし、あまりに強大な力の前では、小手先の技術など塵に等しい。
人間では、どう足掻いたって重機には勝てないのと同じこと。
……勝てるだろうか? 逃げきれるだろうか? 逃げられたとして、私の家族はみんな無事に生きていられるのだろうか?
わからない。まだまだ『集合体』となったばかりの私には、そのことはわからない。でも、戦わなければいけないことだけは確かで。
身体に触手が突き刺さる感覚。母が私に侵入してきた。敵意を剥き出しにしている竜を前にしながら、意識が薄れていく。母が私の身体を操作しはじめたのだろう。
前回のように、身体を借りるよと断ることすらなかった。きっと余裕がなかったのだろう。
もう、こうなってしまえば私にできることは、大人しく戦況を見守ることと、母が戦闘に集中できるようになにも考えないこと、それと勝利を願うことぐらいか。
竜が身構える。母が『兵士』を変化させる。
戦いのゴングが静かに鳴らされた。