七話
母から分離する。そして同じく分離された『兵士』を受けとる。『兵士』は五人ほどいるが、まずは一人と接続する。初めからたくさんは動かせないと思うから。……そもそも私が『兵士』を動かせるかどうかわからないし。
まず『兵士』とは、『主要器官』に動かされるために進化した存在だ。それを他の『兵士』、つまり私が動かせるなんて到底思えない。
自分は『兵士』で、自分の身体を自由に動かせるけれど、だからって他の『兵士』の身体まで動かせる、という理屈はない。それは、人は自分の身体は自由に動かせるけれど、他人の身体を動かすことはできないのと同じことだから。
だけれど母は私に『兵士』を渡してきた。つまり、母は私が『兵士』を動かせると思っている。信じてくれている。
だからできるだけそれに応えたい、とは思ってる。
ゆえに念じる。動けと。動いてくれと。
ーー何度やっても動かない。
母と繋がり蠢いていた肉塊は、私の意思など全く受け付けず、ただピクピクと痙攣するように波打つだけだ。
魔力は通してみた。自分の身体だけでなく、動かしたい『兵士』にも。
動いてくれなかった個体以外の他の『兵士』でも試してみた。相性の問題も、少なからずあるかもしれなかったから。
でも動かない。ケーブルを刺し間違えた機器のように、『兵士』は沈黙を保っている。
……。
自分にはできないかも、とは思っていた。自分には突然変異した『兵士』になったという以外の、特別ななにかは無いから。だから覚悟はできていた。
だけど思っていたのと実際に体感するのでは、かなり違う。できないかもしれない、そうは思っていても、なんとかなるだろう、無条件にそう信じてしまっていた。でもダメだった。私には、『兵士』を操る力は無かった。
人間だったころもそうだった。私はただの一般人で、特別な力など無かった。望んでも、頑張っても、特別などにはなれなかった。
結局、私は姿が変わっても私のままだったということか。特別ななにかは持っていなくて、私は私以外にはなれなくて。
特別。その言葉が、こんな世界でも突きつけられる。人間を止めたって、ずっと後ろに付いてくる。
特別。心の奥底に突き刺さった言葉。私が焦がれた存在。そして、私を蝕む毒。
だから特別でいようとした。特別でいれば、突き刺さった言葉も、焦がれることも、蝕む毒も無くなると信じて。
ーーなにより家族が見てくれる気がして。
見放される。だからそう思った。なにも持たなかった私が地球で見放されたように、この世界でも見放される。この優しい母に見放される。
怖い。
もう、なにも感じなくなっていると思っていた。地球では感情の無いロボットのように振る舞うこともできていた。
でもこの世界の母に優しさを教わった。この人と一緒にいると幸せだって知ってしまった。
だからだろうか、身体が震える。押し隠そうとしても震えは止まらない。
[ごめんなさい……]
謝罪の言葉が無意識に出てくる。これは日本にいたころの癖だろうか。それともーー。
暗い思考に呑まれそうになったその時、身体が温もりに包まれた。ふと見てみると、母が私たちを取り込んで……否、抱き締めていた。
[やっぱりできなかったかぁ!]
母は明るくそう言った。さらにぎゅっと抱き締める。でも、念話とともに母の気持ちも伝わってくる。
母は母自身を責めていた。そして悲しんでいた。
自分の娘に無茶振りをして傷つけた自分を情けなく思って責め、そして私が震えているのを見て心を痛めていた。
しかしそれを悟られないようにわざと明るく振る舞い、念話で伝わる感情も押し殺そうとしている。
ああ、この人は本当にーー。
気づけば震えは止まっていた。謝罪が無意識に出ることも無くなっていた。なにより、自分のためにそう思ってくれる人がいて、地球で冷え固まっていたなにかがポカポカと温かくなっていった。だからーー。
[ーーなーんてね! 落ち込んだフリ、上手でしょ?]
母と同じく、ふざけた態度で振る舞う。感情もできる限り明るいことを考えて明るくする。
でもきっと、私の心情など筒抜けだろう。先ほどは母の本音と、それに被さる明るい感情のふたつが私に流れてきた。だから私が本当に怖かったことも、そしてそれを隠そうと嘘をついたことも、きっと母に伝わっている。けど、だからこそ、私は母が悲しんでくれて嬉しかったことも伝わっているはずだ。
母の、少しだけ胸元がすっと軽くなったような感覚が伝わってくる。どうやら、もう自分を責めるのは止めたようだ。
それからは、ふたりで他愛もないことを話し合った。互いに、その奥になにかを隠していることを自覚しつつ、それでもそこに触れないように、傷つけないように。
心の奥底に突き刺さっていた過去が、時間の経過とともに溶けていく。母と過ごしていれば、なぜだかそんな気がする。
だから、もう少しだけ、このままーー。
■
思えばこれがよくなかったかもしれない。
もしあの時、あの場所で、母とのんきにおしゃべりなどせず、もう少しだけ『兵士』を動かす練習をしていれば。少なくとも、その片鱗さえ見つけられていればーー。
後悔したって遅い。手遅れだ。
時間の流れは一方通行なのだ。後悔ほど時間の無駄はない。私には、急いでやらねばならぬことがある。
でも、もしそうだとしても私は、あの時の私だけはどうしても許すことはできそうにない。
次回は日曜日(8/16)に投稿します。