表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠢く蟲の姫  作者: こまこま ろにの
魔の森のダンジョン編
8/20

七話

 母から分離する。そして同じく分離された『兵士』を受けとる。『兵士』は五人ほどいるが、まずは一人と接続する。初めからたくさんは動かせないと思うから。……そもそも私が『兵士』を動かせるかどうかわからないし。


 まず『兵士』とは、『主要器官』に動かされるために進化した存在だ。それを他の『兵士』、つまり私が動かせるなんて到底思えない。

 自分は『兵士』で、自分の身体を自由に動かせるけれど、だからって他の『兵士』の身体まで動かせる、という理屈はない。それは、人は自分の身体は自由に動かせるけれど、他人の身体を動かすことはできないのと同じことだから。


 だけれど母は私に『兵士』を渡してきた。つまり、母は私が『兵士』を動かせると思っている。信じてくれている。

 だからできるだけそれに応えたい、とは思ってる。


 ゆえに念じる。動けと。動いてくれと。




 ーー何度やっても動かない。


 母と繋がり蠢いていた肉塊は、私の意思など全く受け付けず、ただピクピクと痙攣するように波打つだけだ。


 魔力は通してみた。自分の身体だけでなく、動かしたい『兵士』にも。

 動いてくれなかった個体以外の他の『兵士』でも試してみた。相性の問題も、少なからずあるかもしれなかったから。


 でも動かない。ケーブルを刺し間違えた機器のように、『兵士』は沈黙を保っている。


 ……。

 自分にはできないかも、とは思っていた。自分には突然変異した『兵士』になったという以外の、特別ななにかは無いから。だから覚悟はできていた。

 だけど思っていたのと実際に体感するのでは、かなり違う。できないかもしれない、そうは思っていても、なんとかなるだろう、無条件にそう信じてしまっていた。でもダメだった。私には、『兵士』を操る力は無かった。


 人間だったころもそうだった。私はただの一般人で、特別な力など無かった。望んでも、頑張っても、特別などにはなれなかった。




 結局、私は姿が変わっても私のままだったということか。特別ななにかは持っていなくて、私は私以外にはなれなくて。


 特別。その言葉が、こんな世界でも突きつけられる。人間を止めたって、ずっと後ろに付いてくる。


 特別。心の奥底に突き刺さった言葉。私が焦がれた存在。そして、私を蝕む毒。


 だから特別でいようとした。特別でいれば、突き刺さった言葉も、焦がれることも、蝕む毒も無くなると信じて。


 ーーなにより家族が見てくれる気がして。


 見放される。だからそう思った。なにも持たなかった私が地球で見放されたように、この世界でも見放される。この優しい母に見放される。


 怖い。


 もう、なにも感じなくなっていると思っていた。地球では感情の無いロボットのように振る舞うこともできていた。

 でもこの世界の母に優しさを教わった。この人と一緒にいると幸せだって知ってしまった。


 だからだろうか、身体が震える。押し隠そうとしても震えは止まらない。


[ごめんなさい……]


 謝罪の言葉が無意識に出てくる。これは日本にいたころの癖だろうか。それともーー。




 暗い思考に呑まれそうになったその時、身体が温もりに包まれた。ふと見てみると、母が私たちを取り込んで……否、抱き締めていた。


[やっぱりできなかったかぁ!]


 母は明るくそう言った。さらにぎゅっと抱き締める。でも、念話とともに母の気持ちも伝わってくる。


 母は母自身を責めていた。そして悲しんでいた。


 自分の娘に無茶振りをして傷つけた自分を情けなく思って責め、そして私が震えているのを見て心を痛めていた。

 しかしそれを悟られないようにわざと明るく振る舞い、念話で伝わる感情も押し殺そうとしている。


 ああ、この人は本当にーー。


 気づけば震えは止まっていた。謝罪が無意識に出ることも無くなっていた。なにより、自分のためにそう思ってくれる人がいて、地球で冷え固まっていたなにかがポカポカと温かくなっていった。だからーー。


[ーーなーんてね! 落ち込んだフリ、上手でしょ?]


 母と同じく、ふざけた態度で振る舞う。感情もできる限り明るいことを考えて明るくする。


 でもきっと、私の心情など筒抜けだろう。先ほどは母の本音と、それに被さる明るい感情のふたつが私に流れてきた。だから私が本当に怖かったことも、そしてそれを隠そうと嘘をついたことも、きっと母に伝わっている。けど、だからこそ、私は母が悲しんでくれて嬉しかったことも伝わっているはずだ。


 母の、少しだけ胸元がすっと軽くなったような感覚が伝わってくる。どうやら、もう自分を責めるのは止めたようだ。


 それからは、ふたりで他愛もないことを話し合った。互いに、その奥になにかを隠していることを自覚しつつ、それでもそこに触れないように、傷つけないように。


 心の奥底に突き刺さっていた過去(トラウマ)が、時間の経過とともに溶けていく。母と過ごしていれば、なぜだかそんな気がする。


 だから、もう少しだけ、このままーー。


 ■


 思えばこれがよくなかったかもしれない。


 もしあの時、あの場所で、母とのんきにおしゃべりなどせず、もう少しだけ『兵士』を動かす練習をしていれば。少なくとも、その片鱗さえ見つけられていればーー。


 後悔したって遅い。手遅れだ。

 時間の流れは一方通行なのだ。後悔ほど時間の無駄はない。私には、急いでやらねばならぬことがある。


 でも、もしそうだとしても私は、あの時の私だけはどうしても許すことはできそうにない。

次回は日曜日(8/16)に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんか起こりそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ