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蠢く蟲の姫  作者: こまこま ろにの
魔の森のダンジョン編
7/20

六話

 キメラ擬きを狩ってから二日。私たちはキメラ擬きの肉を食べながらのんびりと過ごしていた。とは言っても、私は自分の身体をもっと滑らかに動かせるように、適度に身体を動かしていたが。


 成果はある程度現れている。普通に過ごす程度であれば、なんの違和感も感じずに身体を動かせるようになった。


 ヒントになったのはこの前のキメラ擬きとの戦闘だ。


 『主要器官』は私たち『兵士』よりも、特別大きいと言うわけではない。せいぜいが一回りだけ大きいくらい。『主要器官』のうちの九割が脳と言っても、それくらいの大きさの脳なら、私も全身を変化させれば作れないことはない。

 しかし、この前は母がひとりでこの『集合体』を掌握していた。たぶん、私が同じ大きさの脳を持っていても、この『集合体』を完璧に掌握することはできないだろう。

 だから、私と母はなにが違うのか、そう思っていた。


 魔力。


 種はそれだった。母は仲間を操る時、魔力を『集合体』の隅々まで巡らせていたのだ。特に『主要器官』の脳へは、集中的に魔力を流していた。思えば、『集合体』としてひとつになった時、身体の中をなにかが駆け回っていた気もする。意識がはっきりしないから、気のせいだと思っていたけれど。


 魔力。それはこの世界に生きる物なら量の差はともかく、全てが例外なく持っている物である。

 無論小さ過ぎて扱えない者もいるし、逆に多すぎて身体が耐えきれなくなる者もいる。しかし、血の無い人間がいないように、エラ呼吸できない魚がいないように、例外などひとつもない。


 この魔力の効果は扱う者によって千差万別だが、一番の基本は全身に行き渡らせ、身体能力を強化することだろう。これが一番魔力の消費や疲労感が少なく、強化倍率も高い。母はこれを身体強化と呼んでいるので、これからはそう呼ぶことにする。


 身体強化の他には魔力を放出する使い方もある。身体強化をより発展させたものだ。魔法、と言われて日本人が思い浮かべるのは大体こちらだろう。

 これは文字通り、魔力を溜めて打ち出すという使い方をする。魔力の消費も疲労感も、身体強化よりも数倍高いがその分威力も劇的に上がっている。

 母は……というより『集合体』は、その巨体を維持するためにも魔力を使っているため、放出形は苦手らしい。できないわけでは無いが、どうも威力や効率を考えると実践で使えることはまずないらしい。これは今後魔法と呼ぶことにする。


 しかし、それらの効果は実は魔力の本質ではない。


 魔力の本質。それは願いの力。もしくは叶えたいと思ったことを実現させようとする力。

 魔力の持ち主が、あれをしたい、これは嫌だ、こうなればいいのに。そう願った物に力を与えるのが、魔力の本来の力だ。

 だから魔力を用いれば、できないことなど理論上は無い。フィクション作品の魔法も、身体能力の強化も、死者蘇生という馬鹿げたことでも、不可能なことはなにひとつ無い。しかし、死者蘇生のようなあまりに世界の理から外れたことをしようとすると、必要な魔力がはね上がる。死者蘇生が理論上可能、というところで止まっているのはそうした背景が影響している。


 話は少し逸れたが、ここで大切だったのは魔力の願いを叶える力。自分自身の身体を動かせるようになりたい、というあまり難しくはない願いだったのが功を奏し、魔力は魔法となって身体能力、特に脳を強化してくれた。おかげで、今では元から備わっていた脳だけで自分の身体はスムーズに動かせるようになった。消費魔力も、よほど無理な挙動をしない限り、自然回復速読よりも消費速読のほうが少なかった。つまりは半永久的に身体を動かせるわけだ。


 人間だった頃に当たり前のようにできていた歩くという動作。これができただけでこんなにも感動するなんて。


 その後しばらくは、見た目だけは肉塊なのに、やけに嬉しそうに動く謎の『兵士』が、『集合体』の付近で見られたという。


 ■


 キメラ擬きを狩ってから三日。つまり母の周りをぐるぐると動き回っていた日の次の日。

 突如母から真剣そうな念話が飛んできた。


[ねぇ、ひとつ試してみたいことがあるの]


 ちなみに、我々『集合体』を構成する生物に固有名詞、つまり名前はない。と言うのも、会話のかわりに念話を使っているから。


 会話は言葉だけしか伝えられないけれど、念話は言葉を発する時の感情も伝えられる。つまり先ほどの会話は「ねぇ(そこの紅い私の娘)、ひとつ試してみたいことがあるの」という風な意味で私に伝わってきた。だから、我々には名前は無いし、必要も無い。


 閑話休題(それはともかく)、私は母に返事を返す。……と言ってもなに? ってな感じのことを思い浮かべて、伝えようと念じればいいだけなんだけど。そうすれば、ほら。


[君には、私の代わりに他の『兵士』を動かしてほしいの]


 きちんと返事が返って……え?


 私が、母の代わりに、他の『兵士』を動かす?


[……なんで?]


[ほら、単純に狩りとかは動ける人が増えるだけ有利じゃない]


 母の少しとぼけたような声と思考が伝わってくる。……つまりは、私は母とは別行動をして、合体した『兵士』と自分の力だけで獲物を狩ってこい、ということか。


 無理じゃね?

 第一、まだ私生まれて十日と経っていないよ? それに今は自分の身体を動かすだけで精一杯だよ? 昨日動き回ったおかげで少し動きやすくなったけど、まだ戦闘並みに激しく動くとぎこちないんですよ?


[大丈夫、大丈夫。本当に狩りに行くのはちゃんと動けるようになるまで練習してからだから]


 母の笑った顔が目に浮かぶ。顔無いけど。


 母は『集合体』から蠢くいくつかの肉塊を分離させ、私の方に差し出してきた。そして受けとれ、という風な念話が飛んでくる。


 ああ、本気でやるつもりなんですね。まだ『兵士』の動かし方もわからないのに。……というか動かせるなんて思わなかったよ。


 今生の母は思いの外スパルタだった。

次回は金曜日(8/14)に投稿します。

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