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蠢く蟲の姫  作者: こまこま ろにの
魔の森のダンジョン編
4/20

三話

 私が目覚めてから三日が経った。その間、私は母と話をしたり、人間の身体と今の身体の違いを確かめるために軽く運動してみたり、なぜ私がこんな世界に来たのかとずっと考えていたりした。


 私がこの世界で生まれた理由。それはいくら考えても出てこなかった。少なくとも私になにか原因があったとは考えられない。あの日も、私はいつもと変わらない生活をしていたはずなのだ。多少違いがあるとすれば、珍しく家で勉強していたことくらいしか見つからない。

 だから、そのことについては考えないようにする。わからないものはわからない。訳もわからずこの世界に生まれた今、もっと他に考えるべき事があるのだ。


 例えば今のこの身体について。母が言うには、私は『兵士』の変異種らしい。少なくとも母は、『兵士』の卵を産んだつもりだった。


 『兵士』は通常は黒色をしているのが当たり前だが、私の身体の色は深紅。それと、本来『兵士』はここまで自我が強くないらしい。


 『兵士』。それは『集合体』の中で一番数が多い種。他の『集合体』の事は見ていないからわからないが、私が属するこの『集合体』では『兵士』は私を含め三七匹いる。ちなみに『主要器官』は母だけで、『医師』は四匹だ。


 『兵士』の本来の姿はただの肉塊だ。そこには目も骨も内臓も神経すらもない。あるのは、ほんのゴマ粒みたいな脳だけ。

 ただし、その肉を自由に変化させることができる。生物がもつ器官であれば、大体は模倣できるらしい。試しに、と伸ばした触手の先を目玉に変化させたら、自分自身と目が合うという貴重な体験をすることができた。他にも牙や心臓や人間にはない虫の触角なども作りだせたから、本当になんにでもなれるのだろう。

 しかし例外で脳は作れない、とは母の談。だから思考力のない彼らのかわりに『主要器官』が考えるのだと。


 ただ、どうやらそれは私には当てはまらないようだ。先程も言ったが私は変異種。他の『兵士』と比べて自我が強い。もとい脳が大きい。

 他の『兵士』たちは会話すらもできないのに、君は良く物事を考えているね、と母に言われた。もしかしたら君は脳でも作れちゃうかもね、とも冗談のように言われた。

 しかし驚くことに、さすがに脳まではできないでしょ、構造知らないしと思いつつも、物は試しとばかりに試してみたらできてしまった。どうやら、構造は知らなくても作りだせるらしい。


 身体の中にふたつの脳がある感覚。互いに独立して思考できるのにも関わらず、お互いに繋がっている不思議な感じ。

 これには母も驚きを禁じ得ない。思わずふたりで無言で立ち尽くす。が、少しすると母から感動したような、そんな感情が伝わってくる。そして


[凄いじゃない! てっきりできないとばかり思ってた!]


 母は本当に嬉しそうにそう言う。


 ……これだ。この裏表のない笑顔に、私はやられていたんだ。日本には、私の周りには、他人の成功をまるで自分のことのように嬉しがってくれる人はいなかった。


 笑ってはくれた。凄いねって誉めてもくれた。でも、その内側はドロドロと黒い感情に溢れていて。

 母のようなこの笑顔を、心の底から凄いと誉めてくれる顔を向けてきてくれた人は、いなかったんだ。


 心が満たされていく感覚。日本では味わえなかった感覚。この人のそばにいたいと、日本には帰りたくないと思わせられるこの気持ち。


 私はもう、この人たちを化け物なんて呼べなくなっていた。そこにいるのは、ただ人間と見た目が違うだけの、優しい優しい人なんだと。


 ■


 母との会話をある程度楽しんだ後、今度は身体を動かす練習をすることにした。


 この身体は、まだまだ慣れることができない。見た目ではなく、動かすことが。


 見た目に対する嫌悪感は、母が優しいと気づいた瞬間から徐々に薄れていっている。そして今ではすっかり見慣れている。


 そう、見た目は大丈夫なのだ。見た目だけは。問題は動かす方だった。身体が思い通りに動かない。ゆっくりとなら問題ない。しっかりと動くことができる。ただどうしても早い動きが難しい。

 例えるならそう、キーボードで人間の身体を動かせと言われているようなものだろう。このボタンはこの指を曲げて、このボタンは右足を前にだして、このボタンは顔を少し右に向けて、このボタンは……。とやっているようなものだ。精密に動くことができるロボットを、全てマニュアルで操作している感じ。

 確かに、考えれば動くことができる。でも逆に、少し考えなければ動くことができない。


 ……と、前までの私は思っていた。しかし、今の私は少し違う。


 考えながらだとゆっくりとしか動けないなら、全力で身体を動かせるぐらい早く考えればいいじゃない。そう思った。


 今までの私はたぶん、身体に対して脳の容量が少なかったのだと思う。

 私が日本にいた頃と今の私を比較してみても、思考能力に差があるとは思えない。記憶力も、たぶん変わっていないはず。だから仮に今の私の脳の大きさを人間大だとしても、この『兵士』の身体は大きすぎた。そして考えることも多すぎた。


 『兵士』は、人間の大人が膝を抱えて丸まったくらいの大きさがある。そのくらいの大きさの身体を動かすには確かに人間大の脳でもよかったのだろう。でも、『兵士』は身体の構造が複雑なんだ。


 人間や、他のちゃんとした生物であれば、筋肉という限られた物を動かせられればしっかりと動けるだろう。

 でも『兵士』は違う。『兵士』はその身体全てを動かすことができる。ただ逆に言えば、身体のこの部分は筋肉に、この部分は牙に、この部分は内臓に、と変化させ、さらにそれを維持しながら筋肉を動かさなければ動くことはできない。


 生身の人間に超高性能なパソコンを与えても全力を発揮させられないのと同じように、今の私の脳ではこの身体をしっかりと動かすことはできなかった。


 だけど前に母と会話したとき、私は成り行きで脳を作りだしてしまった。そしてその脳はしっかりと思考能力を持っていた。

 もしかしたら、これはなんとかなるかもしれない。そう思って私は再度、体内に脳を作りだした。私が、私という意思を共有しながらもふたりに増える感覚。


 そして私は身体を変化させた。ある部分は身体を支える骨に、またある部分は周りの情報を集めるための感覚器官に、またある部分は動くための筋肉へと。


 そしてゆっくりと立ち上がる。

 身体は、動いた。まだ思い通りではないけれど、前に動かした時よりもある程度動かしやすくなっている。若干まだぎこちないが、それは慣れれば無くなるだろうか?


 とにかく、私は思い通りに動く身体を手に入れた。

四話は金曜日(8/7)に投稿します。

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