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蠢く蟲の姫  作者: こまこま ろにの
魔の森のダンジョン編
3/20

二話

 ……。

 …………。

 …………ん?

 いつまで経っても痛みはやってこない。


 いつのまにか閉じていた目をゆっくりと開く。

 そのままゆっくり下を向くと、触手が私の身体に突き立っていた。そしてウニョウニョと潜り込もうとしている。


(ひぃ!)


 声にならない叫び声が出た。しかし、その時私は触手が突き刺さっている事よりも数段恐ろしいことに気がついてしまった。

 自分の身体が、化け物と同じ形をしていたのだ。皮膚は無く、剥き出しの肉がそのまま蠢いている。


(え……?)


 唯一、色だけは違った。化け物はタイヤのゴムのような黒色をしているのに対して、こちらは赤身肉のような深紅をしていた。


 それを見たとき、一瞬自分の身体に化け物が纏わりついているのかと思った。でも違った。眼下にひろがるこのおぞましい身体は、確かに自分自身の身体であった。

 人が手足を簡単に操れるように、私はその身体を自在に動かすことができてしまった。


 身体を構成している肉がピクピクと痙攣する感覚。突き刺さった触手が体内で蠢く感覚。

 意識すればするほど、他人の身体とは思えない。


 肉塊。


 そんな言葉が頭をよぎる。自分の身体が肉の塊に……。

 否定したかった。でもできない。普通であれば考えられないが、できる材料がない。この感覚は決して偽物なんかじゃない。それに、確かに今、私の意思の上で肉が動いているのだから。


 私の今の顔を見れば、きっと盛大にひきつっているだろう。そして真っ青にもなってるはずだ。もし顔があればの話だが。


(あ、ああ……あああ……!)


 恐ろしい。なんで? なんで私の身体が化け物みたいになってるの? 


 恐怖と、疑問符と、嫌悪感と。いろいろな暗い感情が頭の中で渦を成す。


 吐き気がこみ上げて……。

 ……。


 吐き気は、こみ上げてこなかった。こんなおぞましい身体となって、頭は必死に否定して、いつもの私ならストレスでとっくに吐いていただろう。

 でも吐けなかった。心は、人間の残滓は吐き気を催していたが、身体はそうは思っていないみたいで、一向に胃からなにかがこみ上げてくる感覚はやってこなかった。


 目の前が真っ暗になる。なにもかもが想像を越えていた。ゆっくりと意識が闇に呑まれていく。

 また、失神するのだろうか? もしするというのであれば、次に目覚める時はこの悪夢から覚めていて欲しい。もし夢ではないというのなら、もういっそのこと目覚めないでほしい。


 呆然とする頭でそんなことを考えて意識を闇に落とそうとしていた時、唐突になにかが繋がる感覚がした。そして


[やっと繋がったぁ!]


 声が聞こえた。ビクッとした。肉も一緒に少しだけ痙攣した。


(……え?)


[あ、私の言葉聞こえてる?]


 それは直接声として聞こえている訳ではなかったが、不思議と心に直接語りかけるみたいに、なぜだか意味が伝わった。

 おぞましい肉の化け物から、可愛らしい女の子のような声が聞こえてくる。どう考えても肉塊から出ていい声じゃない。


[あ、あれ? おかしいな、伝わってない?]


 驚き過ぎてなにも返せずにいると、声の主が動揺し始めた。それで、ほんのちょっとだけ正気に戻れた……のかもしれない。とりあえず、化け物になったことやらなにやらを全部棚に上げて返事をする。どうやれば意思が伝わるかわからないから、伝われ、伝われと念じてみる。


[あ、あの……聞こえてます……]


 声をかけると、肉塊から安堵したような、そんな感情が流れ込んでくる。

 どうやら、意識して伝えようとすれば問題なく伝わるらしい。


[ーーというか自我が強っ!]


 と思った瞬間、声の主が急にそんなことを言ってきた。急に強い念が飛んできたため、驚いてしまった。


[え、実は『主要器官』だったりしないよね?]


[い、いや……なんのことだか……]


『主要器官』? なんのことだろうか。さっぱりわからない。なにかの機械かなんかだろうか?

 というか、この現状がもうすでにわからない。なんで、私の身体はは肉塊なんかに……。


 また思考が暗い方向に行きかけたが、意識して考えないようにすることにした。今はそんな考えてもわからないことは放置して、この声の主と会話することにした。というか一方的に話しかけられた。


 正直、まだこの黒い肉塊が信頼できるかどうかはわからないけれど、そんなことを言ったらおしまいだ。どうせ化け物の体内に入っている今、私にできることは無い。こうなったら開き直って質問をすることにした。




 それから、私はこの肉塊と会話を続けた。わかったことを要約すると、こうだ。


 まず、この声の主は私の、というかこの肉塊の母だということ。そして彼女が『主要器官』だということ。

 『主要器官』とは正しく文字通りの存在で、『主要器官』が死ねば『集合体』も死ぬということ。

 『集合体』とはなに? と聞いてみると、それがこの肉塊の種族らしい。『集合体』はひとつの『主要器官』と、多数の『兵士』及び『医師』でできているということ。

 明確に『集合体』という種族のものはいないけど、『主要器官』も『兵士』も『医師』も、互いに互いのために動いているから、ある種の一個の個体として見ているということ。ふと蟻の巣を思い出した。

 『兵士』とは、変幻自在な生き物で、牙とか爪とか目とか、とにかくいろんなものに変化できるということ。

 『医師』とはその名の通り、ケガを治してくれるということ。

 どうやら私は、いわゆるファンタジーの世界にきたということ。


 何度も母(もうそう呼ぶことにする)と話していると、次第にこの種族に生まれ変わったことに対する嫌悪感が消えていった。


 母は私にすごく優しくしてくれた。いきなりこんな世界に来て、そして自分が肉塊になっていて混乱していたのか、母に何度も同じことを聞いたし、端から見れば無意味なことも何度も聞いた。

 それでも母は優しく、根気強く、何度でも質問に答えてくれた。そしてその感情に裏が無いことが、念話(声に出さずに意思を伝えること。そう呼ぶことにした)で伝わってくる。


 この念話、伝えたいと念じた時の感情をある程度相手に伝えるようだ。感情を伝えないようにするのはかなり難しい……と思う。少なくとも口先だけでは嘘はつけるが、自分の感情まで騙すことは難しいから。だから母が本気で私を愛しているのが伝わってくる。


 現代の日本の人間よりも、ずっとずっと人間味に溢れていた。

 そしてそう思った瞬間、化け物だからと張っていた最後の壁が、さーっと溶けていくのを感じた。


 少なくとも今は、私が地球にいたころよりは幸せだった。地球では味わえなかった、心が暖かみで溢れる感覚。この人となら、こっちの世界で私を産んでくれたこの母となら、慣れないこの身体でも生きていけるような、そんな気がした。




 私は日本のような牢獄みたいな国ではなく、この世界で生きていくと決めた。

三話の改訂版は火曜日(8/4)に投稿します。

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[一言] 違和感がない今んとこ良い
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