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蠢く蟲の姫  作者: こまこま ろにの
お知らせ
19/20

十八話

 それがやってきたのは、いつも通り獲物を探して洞窟内を徘徊していた時のことだ。


 突如、不思議な魔力がずっと遠くに現れたのを感じ取った。


 それは、今まで見てきた魔物と比べると、魔力の質が異なっているような気がした。魔力が薄いような、不純物が混ざっているような、そんな違和感がする。


 この洞窟の中では、些細なことが命取りになることがある。短い時間しかここで過ごしていないけど、それでもそのことを私は知っている。だから違和感があると母に教えようとして、すでに母はそれの気配を捉えていたことに気が付く。


 母はそれらの気配を私よりも早く察知し、そして狼狽え、恐れていた。


 私が感じ取った魔力は全部で四つ。その中のひとつは魔物の魔力に限りなく似ているが、その総量は大きくない。他の三つは薄いような魔力しか持っていないし、しかもあまり大きくはない。『集合体』からすれば、それは子供のように小さなものだ。


 母が恐れるほどの脅威には感じない。


 でも、今まで母と一緒にこの洞窟内で生活してきて、母は無駄に怯えるような性格はしていないということを私は知っている。そんな性格をしていたら、この前の竜が出てきた時に真っ先に逃げ出そうとしたはずだ。なのにそれをしなかった。立ち向かおうとした。


 つまり、今近付いてきているそれらの魔力の持ち主は、母をも脅かす何らかの力を持っているのだろう。


[母さん。こいつらってなに? あんまり強そうには感じないけど]


[……人間だよ]


 母からの返答。一瞬それが理解できなかった。しかしそれはすぐに頭に馴染んでいく。


[人間?]


[そう、人間。この独特の魔力は人間しかいない。しかも、向こうも私たちの気配を捉えたのか、一直線にこっちに来てる。大きな敵意も感じる]


 敵意。その大きさを見れば、戦闘は回避できないだろうと母は言う。


 人間との戦闘。


 この洞窟の中では、戦うという言葉は殺し合いという意味となる。命を奪わずに終わる戦いなど、滅多に起こらない。


 別に私は、人を殺すことに対する忌避感はない……と思う。地球にいた頃から、私が人間だった頃から、人間はどうしようもない生物だと知っていたから。だから、人ならざる生物に生まれ変わった今は、なおさら忌避感はない。

 それに、今までたくさんのキメラ擬きを狩って、そして生きるために食べてきた。キメラ擬きも、人間も、どちらも他種族だと考えれば、私が人間だった頃に同族を殺すような忌避感はないはずだ。


 ただそれでも昔の感覚が残っているのか、人と戦い、殺すことに対して、他の生物を殺す時と違った感覚が私を襲う。小さい頃から抑圧されていた禁忌を破る、そんな背徳的な行為に、少し背中がゾクリとした。


 ……でも、本当に私たちが人間を殺して終わる未来がやってくるとは限らない。なぜなら母がこんなにも怯えているからだ。この世界の人間が、我々を倒し得るなにか特別な力を持っていても不思議ではない。

 だけど、私にはこの世界の人間に会ったことがないから、人間がどれほどの力を持っているか、わからない。


[でも母さんなら負けないでしょ? 魔石を持たない生物は弱いって言ってた。人間は魔石を持っていないよ? それに感じ取った魔力の量も多くない]


 私がそう言っても、母の表情は浮かない。


[あなたは勘違いをしている]


 母のその言葉は、いつになく真剣で、力のこもったものだった。


[確かに、人は単体では弱い。簡単に殺すことができる。でも人間には、我々では絶対に勝つことのできない優位性を持っている]


 果たして、そんな物が人にはあるのだろうか? 私は地球の人しか知らないから、詳しいことはわからないけれど、でも感じ取った魔力の大きさでは、私たちを殺すことなどできそうもない。


 でも、その認識は母の言葉で簡単に覆る。


[人には知恵がある。自分たち人間が弱いって知っている。だから他の脅威に対抗するために、集まることを覚えた。人の繁殖力は、ゴブリンほどではないけれどバカにはできない。その生命力も、決して低くはない]

[人は確かに単体では弱いけれど、人は決して単体で見ていい相手じゃない。誰かひとりを殺せば、それより強い誰かが出てくる。そして出てきた人間も殺せば、更に強い誰かが出てくる。しかも、それはひとりではやって来ない。十人でも、百人でも、必要であれば千人でも、それ以上でもやってきて、人の命を脅かした生物を殲滅しにかかる]

[人間は確かに弱いけれど、そこには例外だってある。普通の『兵士』として生まれるはずだったあなたが変異したように、人間だって強い個体が突然生まれることもある。そんな奴らが次々と出てきたら、いくら身体的に有利であろうと、我々に勝ち目はない]


 母は、まるで前に人間と戦ったことがあるかのような口ぶりで話す。そこには、単に誰かから聞いただけじゃ出てこないような重みが存在した。


 きっと過去に、人間を恐ろしい物と認識するなにかがあったのだろう。


 ……私は、そこまで人を強いとは思っていなかった。何より、地球限定だけれど同じ人間として生活してきた過去があるから、人が簡単に死ぬということを知っていた。日本のような発展している地域じゃなければ、あるいは発展している地域でも、ほんの小さなケガをしただけでも死に至ることがあるほど、人は脆いことを知っていた。


 でもこの世界では違うかもしれない。第一、同じ人でも、地球とここでは全く違う生物かもしれない。母から伝わってくるイメージでは、私が知っている人間と大差ないような気がするが、それでもここは地球とは別世界だ。たまたま地球の人間と似た生物がいるだけであって、その起源は全く別にあるのだろう。

 だから、私の知っていることは当てにならないと考えた方がいい。


 私は、この世界の人間は地球の人間とは別物と考えることにした。見た目などはともかく、少なくともその能力は。


[……逃げましょう]


 母はそう言う。私は同意するように頷いた。


[うん]


 人の気配は少しずつ近づいて来ている。このまま立ち止まっていれば、すぐにここまでやって来るだろう。


 私たちは駆け出した。全身を魔力で強化し、やってくる人間とは逆の方向へ。

次回は水曜日(9/16)に投稿します。


諸事情により次話(十九話)を投稿した後は、9月23日(水)までは投稿できないかもしれないし、できるかもしれません。多分できたとしても、それまでは不定期となる可能性があります。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現代の人間も知恵と団結力で弱肉強食の頂点に上り詰めてますからねぇ。 人間の祖先ホモサピエンスと、その亜種ネアンデルタール(絶滅)との違いも知識や経験の共有の差らしいですね。 身体能力の低いホ…
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