十七話
キメラ擬きを食らい、その魔力を自分の物とする。
私が生まれた時より、ずっとずっと強くなっているという実感がある。
ゲームの主人公は、レベルアップをする度にこんな気分になっていたのだろうと思う。身体の奥から力がわいてくる。
母と同じくらい強くなるにはまだまだ時間がかかるということはわかっているが、それでも万能感に包まれている。
このままキメラ擬きを狩り続ければ、一体どれほどの時間があれば母に追い付けるのだろうか? 私にはそれが全くわからないほど、母の持つ魔石の魔力は大きく、強い。
でももし今、私と母が一対一で戦えば、きっと勝つのは私だろう。『主要器官』に直接の戦闘能力は無いから。でも母の側に一体でも『兵士』がいれば、私は一瞬で伸されるだろう。母の持つ力とは、味方の能力を限界以上に引き上げるものだから。
しかし、その分母の負担は大きい。戦う時は全力で頭を働かせているから。
だから私は、母の力になりたいと思った。母の負担を減らしたいと思った。母は、普通と違う私を受け入れてくれたから。ちゃんと私を見てくれたから。
だから、今日もまた狩りに出ようと言った。早く強くなりたいと言って。母はしょうがないなぁと笑い、そしてまた狩りを始めた。
■ ■ ■
「……おい、これじゃないか?」
戦士アンガスは、そっとカールに問いかける。
「ああ、間違いなくこれだろうな……」
カールは神妙そうな顔でアンガスにそう答える。
彼らの眼前には、ぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現していた。洞窟の土は、最近掘られたかのように湿っている。
新種の虫型の魔物の巣。いかにもな見た目のそれに、彼ら四人の緊張が高まる。
「パウラ、念のために《魔力感知》の魔法を頼む」
「おっけー」
カールは、赤毛の眠そうな目をした女、パウラに魔法を使うように頼む。
彼女は、気を使うアンガスとは違って、今時珍しい生粋の魔法使いだ。
現代で言う魔法使いとは、気と魔力どちらも使う存在のことを言う。広義で言えば、気と魔力両方で身体強化を行うことのできる戦士は、この魔法使いに分類される。
なぜ気と魔力どちらも使うのかと言うと、気を生み出すために練った魔力を消費するためだ。
気を生み出すためには魔力を練らなければならない。が、魔力は練れば練るほどその濃度を濃くし、やがて身体を蝕むようになる。ならばどうすればいいか? 簡単だ。使って放出すればいい。使ってしまえば、身体を蝕む毒は消える。
そして、練られた魔力を使って魔法を発動しても、総合的に見ればその威力は対して変わらない。練って量が少なくなっても、その質が上がっているため、少量の魔力で強力な魔法を発動できるからだ。つまり、取り出した気の分だけ使えるエネルギーが増えるということになる。
だから魔法使いは皆、気と魔力どちらも使うのだ。
しかしパウラは違う。
彼女は天才だった。魔力の扱いに関しては、彼女に勝てる人間はいないだろう。
しかしその反動というべきか、彼女は気を扱えない。魔力を練って気を取り出しても、取り出した気がすぐにどこかへ行ってしまう。
だから彼女は編み出した。気を使わなくても良い方法を。気を取り出さずに魔力を練り、その練った魔力で魔法を発動させると魔法の威力が上がる、彼女特有の魔力の練り方を。
その方法で魔力を練ると、気を取り出した魔力と比べると何倍も強い魔法を発動させることができる。
当然、そんなすごい発明をした場合は皆こぞって真似をし始めるだろう。しかし、そこにはひとつだけ大きな問題があった。
パウラは類を見ないほどの感覚派であったのだ。
その新しい練り方をパウラが身につけた時、彼女の回りに数多の研究者が集まり、その方法を聞き出した。が、ついにはその原理を解明することはできなかった。なぜなら彼女の説明がヘタ……独特だったからだ。
「魔力をね、こう、ぐぐって感じで丸めるの。そしてその後びよーんってするの。それで、それを何回も繰り返すの。簡単でしょ?」
「違う違う。それはグリグリやってるでしょ? もっと優しく、ぐぐって。……だから違うってば」
「あ、そうそう! 良い感じ……あ、くずれた。もー、やる気ある?」
当時の研究者によると、こんな会話がいつまでも続いたそうだ。ちなみに彼曰く、
「お前こそ説明する気あるのかよ! うがーーー!」
だそうだ。ちなみに彼はその後すぐに失踪した。多分、嫌になって逃げ出したのだろう。
それからしばらくして、彼女の編み出した魔力の練り方は彼女にしか使えないと結論が出され、その研究は中止された。
閑話休題、そんな彼女の使う魔法が普通であるはずがない。
普通魔力や気を使うときは、発動させたい事柄を思い浮かべ、言葉をキーとして魔法を発動させる。なぜならそれは、魔法を暴発させないためだ。
魔力とは、願いを叶えようとする力。つまり、よほど慣れていない限りは、こういうことをしたい、と思ってしまっただけで魔法が発動してしまう。
戦闘中なら、それはあまり問題にならないだろう。むしろ、こうしたいと思った瞬間に発動するくらいがちょうど良い。でも生活をしている時は違う。
人が密集しているところで、ふと寒い、火に当たりたいなんて考えてしまったら、魔力がその願いを叶えようとして暴走し、なにもないところに火が生まれて大惨事に繋がる恐れがある。
だから、言葉をキーとするのだ。あれをしたいと思って叶えようとしても、魔法だと過剰なこともあるだろうし、その場面で魔法が発動したら不都合な場合もあるだろう。だから魔法が暴発しないように、わざわざ言葉を発動の鍵とするのだ。
アンガスが良い例だろう。キラービーを切り裂いた彼の《飛刃》は、「切り裂け」が鍵となっている。
でもパウラは言葉を鍵としていない。一部の暗殺者などが使う隠密性に優れた、身体の動きをキーとするマイナーな発動方法も使わない。彼女は完璧に無詠唱で行うのだ。
「魔法を発動させるかさせないは、考えるだけで簡単に決めれるでしょ?」
とは彼女の談。全く意味がわからない。魔物や魔獣でなければ、魔力をそこまで自在に操ることはできない。キーを設定しなければ、人は簡単に魔法を暴発させるのだ。
そんなわけで、彼女は《魔力感知》の魔法を使う時も無詠唱で発動させた。
それでもなにか言葉を出した方が発動しやすいのか、それとも他のメンバーに魔法を発動させていると教えているのか、「それー」と気の抜けた声と共に腕を横に振る。
彼女はしばらく目を閉じてなにかを探っていたが、しばらくするとゆっくりと目を開けた。
「うん。間違いない。ここが新種の魔物の巣だね。虫型と同じ魔力が中にある」
彼女以外の三人に緊張が走る。が、彼女の言葉には続きがあった。
「でも、他にも変な魔力がたくさんいる。こんな魔力見たことない」
それを聞いた瞬間、三人の間に衝撃が走った。彼女が見たことないということは、虫型の他に新種の魔物がこの洞窟の中にいるということだから。
「お、おい。その中に大きな魔力を持つやつはいるか?」
アンガスが聞く。
「うーん……。私が見れるところにはいないけど、かなり先まで洞窟が続いてるみたいだから、奥にはいるかも」
四人の間に沈黙が流れる。
新種の魔物。それはどんな能力を持っているかわからない。遅効性の毒を持っていて、寝ている間にポックリ逝きました、って話は別に珍しいものではない。だから新種を見つけた時は、真っ先に逃げて報告するのが冒険者の定石である。
「いや、新種ってことは、なにか金になる未知の素材でも落とすかもしれない。それがなくても、姿形だけでも見ていれば少なくとも情報料は入るはずだ。だから様子だけでも見ていこう」
沈黙を破ったのは、【幸運の羅針盤】のリーダーであるカールだ。
彼の言っていることは、危険ではあるが、あながち間違いではない。圧倒的に自分らが強いとわかれば、交戦はしても問題はない。が、安全を重視するなら取ってはならない選択肢でもある。
しかし、彼らは調子に乗っていたのだ。街では彼ら以上に強い冒険者はおらず、魔の森の魔物程度には負けないと勘違いしていた。それが例え新種でも。
「おう。リーダーが決めたのなら俺は付いてくだけだ」
「私もカールが行くんだったらどこまでも付いていくよ」
「ん」
それは他のパーティーメンバーも同じこと。みんながカールに同意する。
「ありがとう、みんな」
こうして、彼らは大した準備もせずに洞窟内へと入っていったのだった。
次回は日曜日(9/13)に投稿します。