十四話
ギリギリセーフ!
竜騒動から、早くも一週間が経過した。
私たちはその間、体力の回復に努めていた。というのも、『医師』が再生させた肉が少しずつ腐り落ちてきたからだ。それがなくてもあの激戦があったばかりだ。少しは休んでもバチなど当たるまい。
竜を倒した直後は、まだ同じ種族の違う個体がいるのではないかと神経を尖らせていたが、しかし数日間警戒していても違う個体は出てこなかったため、最近では警戒をある程度解いている。
母は、あの個体だけが異常な変異をしたか、そうでなければもともとあの姿になれる個体が極端に少ないのだろうと言っていた。
あんな化け物が大量に出てきたら、命がいくつあっても足りないから、あの個体の他には竜はいないと思いたい。
命の危険が常に付き纏うこの世界では、地球のように動物愛護などとは言っていられないのだ。
そもそも、人間だって己を害する生物を放っておいたりはしない。本当に人類が危険に晒された時、きっと動物愛護なんて建前は一瞬で消え去る。だから我々は悪くないのだ。理論武装終了。
閑話休題。我々の生活は、竜を討伐してからは、する前と比べてひとつだけ変わったことがある。
それは魔力の分配。私がこの世界に生まれるずっと前から、魔石を取り込むなどして獲得した魔力は、全て『主要器官』である母に蓄積されていた。というのも、『兵士』に魔力は活用できないからだ。精々が、その魔石の魔力が上昇して肉体の強度が少しだけ強くなるくらいだろう。
だから魔力を無駄なく、そして効率的に使用するために、全て母が受け取っていた。その方が、情報の処理能力も上がり、身体強化の術もより洗練された物となるから。
しかし、母は今までに決して少なくない魔力を摂取してきた。だからその能力の上昇率は、かなり緩やかなものとなっていた。今さら少し魔力を摂取したところで、あまり恩恵を感じられないくらいには。
そこで目を付けられたのが私だ。詳しく言えば、私が先日使った回復の術だ。『集合体』は魔力を用いての身体強化や、情報処理能力の向上は得意だが、どうにも回復系は苦手で、ほとんど使えないといってもいいそうだ。
だから貴重な回復系を扱える私が、その力を伸ばせるように私に魔力を分配するそうだ。そのほうが、『集合体』全体の戦闘能力を見たときに一番効率がいいと言って。
魔石の魔力が向上すると、いろいろな恩恵がある。身体能力の向上もそのひとつだが、他にもひとつ大きなものがある。それは使用できる魔力の総量の増加。魔石の魔力が上昇するとそれに比例するように使用できる魔力の総量も上昇する。
魔石の魔力と、使用できる魔力。一見同じに見えるそれらは、実際は別物である。例えるならば、魔石の魔力は土台で、使用できる魔力はその上に建った建築物と言ったところ。土台が強く大きくなれば、その上の建築物も強く大きくなるが、しかしそれは全くの別物であるように、魔石の魔力と使用できる魔力は全く違うものである。
ちなみにさっきの例えでいくと、身体能力の向上は、その建築物の装飾や内装と言えるだろう。土台が大きくなり、建築物が大きくなればなるほど、それらの装飾は多く、大きく、豪華になっていく。
ちょっと脱線したけど、つまりなにが言いたいのかというと、土台と建築物は別物だよねって話。だから魔石の魔力と使用できる魔力は別物ってこと。
こうして、竜討伐後からは、私の魔石の魔力が少しずつ上昇していくことになった。
■ ■ ■
冒険者ギルドの建物の最上階、つまりギルド長室と呼ばれる部屋で、私は眉をひそめていた。
冒険者ギルドとは、冒険者が通う施設のようなものだ。そして冒険者とは、魔物の討伐を生業とする荒くれ者だ。
もちろんそんな荒くれ者が問題行動を起こさないわけがなく、常に眉をひそめているせいか、眉間には深いシワが刻まれている。
が、今はそのシワはさらに深く刻まれていることだろう。
原因は、昼過ぎあたりに持ち込まれた報告書である。その報告書には、以下のように書かれていた。
新種の魔物の発生について
今朝方、魔の森外周部で新種の魔物が二種類発見された。
一種類はイモムシ型の魔物で、鋭利な角と硬い甲殻らしき外皮、そしてジャンプし勢いを乗せた角で獲物を突き刺している現場を冒険者がとらえている。
もう一種類は蛹状の魔物で、これまた鋭利な角と硬い外皮を持っている。蛹に関しては、他に突出した能力について、魔法現象を用いての飛行があげられる。この魔物は移動を魔法現象に頼っているため、その硬い外皮に隙間はなく、低級の冒険者には討伐は困難と推測。
どちらも交戦はしていないため詳しい情報はないが、他の魔物と争っている様子を見ていた冒険者がいたので、彼の話を以下にまとめる。
まずはイモムシ型の魔物について。この魔物はイモムシ型でありながら跳ねるという不規則な動きをし、その鋭利な角で獲物を突き刺して狩りを行っている。一度獲物に攻撃を避けられ、大樹にぶつかったが、その際に大樹に大穴を開けていたため、威力は相当に高い模様。その防御力は、魔の森の魔物の攻撃でも、あたりどころが良ければ全くダメージを受けている様子はなかったため、相当高い模様。が、その甲殻の隙間は案外脆く、グラブリンの攻撃を受けた場合、一撃で絶命したとのこと。
次に蛹型の魔物について。この魔物は飛行しているが翅は一切動かさず、羽ばたきによって生じるはずの隙間もなく、そして蛹状であるために全身を硬い外皮で覆っている。魔の森のトレントの攻撃ではびくともしないタフさを持っているため、物理攻撃での討伐は困難。
魔法を打ち込んでいないため、魔法耐性については不明。引き続き調査を継続する。
「……はぁ」
思わずため息が出た。魔の森で新種発見って、なにそれ悪夢?
魔の森とは、馬鹿げた攻撃力を持った魔物が多数生息している魔境だ。ランクで言えばB級になる。一般人が入り込めば、一瞬でひき肉まで一直線という、頭のおかしな難易度の魔境だ。
ちなみにグラブリンというのは、緑の皮膚をもち、枝のようにガリガリな体躯をしているが、その身体のどこからそんな膂力が? と思うくらいに力の強い魔物である。木を引っこ抜いてそのまま巨大な棍棒として使う筋力バカもたまに発見されるらしい。
「……どうなるんだろうな? この街」
B級の魔境とは、ここら一帯で一番攻略難易度の高い場所だ。そんな場所で新種が生まれ、生態系が変化し、内部の魔物が溢れた場合、街は深刻なダメージを負うだろう。
「……よし、街にいる中級以上の冒険者に緊急依頼を出して魔の森の魔物を間引きでもしようか」
魔の森の魔物はなぜかそこから外に出ることはないため、あえて強い魔物がいる場所まで行かなくてもいいだろうと今まで間引きをしていなかったが、どうやら新種の魔物は外周部まで出てきているらしい。このまま外に出てこないだろうと事態を甘く見て、結果魔物が溢れ出しました、なんてことになったら目もあてられない。できる対策はしておいた方がいいだろう。
私は緊急依頼をだすため、ペンを持ち、書類に向き合った。
次回は水曜日(9/2)に投稿します。