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蠢く蟲の姫  作者: こまこま ろにの
魔の森のダンジョン編
14/20

十三話

 竜との戦いから早くも三日。私はその間、ひたすらに栄養を摂取し、体重を増やすことに専念していた。


 というのも、あの時私が倒れた直接の原因は魔力の枯渇にあったが、しかし身体の方も生命を維持できるぎりぎりレベルまで小さくなっていて、意外とピンチだったらしい。

 だから、私の魔法で回復した母が弱っていた竜をなんとか倒し、そして私の治療を始め、そして早くも三日が経ったというわけだ。まだ身体は少し小ぶりだが、健康を維持するには問題ない程度には回復している。


 ちなみに、私が回復させたおかげで、かなり戦いが楽になったと母は言っていた。そう言われて私はかなり嬉しくなったが、しかし同時に疑問も抱いていた。


 それは、私が持つ魔力を全て消費し回復させた程度で、果たして格上である竜に勝てるほど有利になったのか? というもの。


 言うまでもなく、『集合体』全体に比べて、私ひとりの身体の比率は小さすぎる。私の他に四十体以上の『兵士』たちがいたのに、私ひとりの魔力だけで全体を完璧に回復させられたか、と問われると疑問が残る。


 だから、私は母に聞くことにした。あの戦いで私が気を失った、その後のことを。


 ■ ■ ■


 娘が意識を回復させた。そのことに安堵の息を吐きそうになるが、しかし今は戦闘中である。しかも、戦況は芳しくない。思った以上に相手の生命力が強かったのだ。


 我々の身体はすでにボロボロ。一部の『兵士』がいうことを聞いてくれなくなりつつある。


 油断した。敵の強さを、魔石の魔力だけで判断してしまった。魔石の魔力など、ひとつの判断基準にしかならないと、なにより自分が一番知っていたのに。


 事実我々は、しっかりとコンディションさえ整えておけば、多少魔石の魔力が多い獲物でも簡単に狩れてしまう。だから魔石の魔力など、当てにならないと知っていたのに。


 思わず歯噛みする。こんなことになるなら、多少の不利を覚悟をしてでも短期決戦を仕掛けていれば良かったと。


 が、後悔など本当に役には立たない。切羽詰まった状態ならばなおのこと。

 今考えるべきことは後悔ではなく、いかにこの不利な状況から抜け出すか、ということ。


 相手の様子を窺う。

 竜の身体もボロボロになっていた。特に、我々の攻撃を受けることが多かった頭、尻尾、前足二本にはかなり傷が付いている。疲れも溜まっているはずだ。当初よりも動きが鈍い。


 しかし死には程遠い。


 いくらダメージが溜まっていても、その動きが鈍っていても、我々が止めを刺せるほど弱ってはいない。攻撃力も少しは落ちているが、未だに我々にとっては致命的な威力を持っている。受け止めた『兵士』の身体が、ブチブチと悲鳴を上げる。


 しかしそれでも耐えて、そして少しずつダメージを与えていく。


 竜の体力が尽きるのが先か、私の身体が動かなくなるのが先か。




 そんな中、とある変化が起こった。紅い娘の身体が一回りほど小さくなったのだ。そして次の瞬間にはその組織が修復されていた。彼女の身体が、戦闘を開始した時と同じ水準まで回復しているのを、彼女に繋げた触手が感じとる。


 なにが起こった? と疑問に思っていた時、更なる変化が身体を襲う。身体が軽くなった。ボロボロになった『兵士』の組織が治っている。それはごく小さな変化だったが、しかし今までに比べれば格段に戦況が我々に傾いたのは違いがない。


 勝てる、と思った。これなら切り札を切れるところまで竜の体力を減らすことができる、と。


 そしてその変化をもたらした(むすめ)に、ありがとうと伝えようとして血の気が引いた。


 娘がぐったりしていた。死にかけていた。


 今までの疲労で倒れた感じじゃない。まるで極度の栄養失調状態にあるような、そんな感じ。


 なにが起こったか、一瞬わからなかった。でもその前後の状況を見ると、娘がなにをしたのか、だんだん理解できてきた。


 彼女は自分の肉体を昇華させたのだと。


 思えば、彼女が我々の治療をできることがおかしかったのだ。

 まず治療する力を彼女は持っていなかった。しかしそれは魔力の願いを叶えるという性質を考えれば、決して不可能なことではない。私は治療系はからっきしだけど、娘には才能があったのだろう。それはいい。


 しかし、我々『集合体』全体を治療するとなると、大量の魔力が必要になるため、魔力が圧倒的に足りなくなってしまうのだ。

 元より『兵士』は保持魔力が少ない。魔石もかなり小さい。だから不可能だったはずなのだ、普通に魔力を使っていた場合は。


 しかし娘は、普通ではない手段でそれを可能とさせてしまった。己の肉体から魔力を取り出すという荒業で。


 それは飢えたからといって己の腕を食べる行為に等しい。生物は誰しも、飢えたからといって己の腕は食わない。食うという発想がそもそも出てこない。だから今まで誰も彼女と同じ手段をとろうとはしなかったのだろう。でも彼女はやってしまった。


 私は急いで彼女の身体を包み込んだ。そして他の『兵士』たちの身体を少し分解し、受け取ったエネルギーを注ぎ込んで応急処置を行う。これ以上衰弱しないように。死んでしまわないように。


 私は竜を睨んだ。これ以上戦闘が長引けば、娘が死んでしまうかもしれない。しかし、この竜から逃げるのはかなりの時間と手間がかかるだろう。しかし娘にはそんなにたくさんの時間も余裕もない。


 誰ひとりとして欠けずに生き残るには、こいつを一刻も早く屠らなければいけなくなった。


 ■


 竜の攻撃を避け、その隙に牙や爪を叩きつける。弱った私を狩れなかった竜に、攻撃を当てることなど造作もないことだった。そして攻撃が当たれば、必然的に竜は弱っていく。


 そしてついにその時がきた。


 竜ががむしゃらになって突っ込んでくる。このままじり貧になっても勝ち目はないと思ったのだろう。そしてここから逃げ出しても、弱っている獲物を逃す魔物はこの洞窟にはいない。そんな外敵だらけの洞窟を、弱った身体で突破することはできないと判断し、突っ込むことにしたようだ。


 竜の身体にはかなりのダメージが蓄積されている。無論、私も娘に回復してもらったとはいえ、その効力はすでになくなりつつあり、また『兵士』がいうことを聞いてくれなくなりつつある。しかし、それ以上に竜は弱っていた。切り札を切っても勝てると思うぐらいには。


 だから、私は切り札を切った。


 今まで戦闘に参加せず、ずっと体力の温存に努めていた『医師』に号令を出す。


 食らえ、と。


 『医師』たちは待ってましたとばかりに『兵士(・・)』の身体にかぶりついた。そして躊躇することなく飲み下す。『兵士』の身体は瞬く間に小さくなり、それに反比例して『医師』の身体が肥大化する。しかし、次の瞬間には『兵士』が『医師』の肉体に齧りつき、その肉を飲み下す。『医師』の肉を食らった『兵士』の動きが、格段に良くなる。


 ……そう、切り札とは『医師』を使った身体の再構築。


 『医師』。それは食らった物を瞬時に肉へと変化させ、それを無理やり『兵士』にくっつける能力を持った存在。己の肉全てを変化させられる『兵士』とは相性バッチリだ。

 本来は敵対したモノの肉を食らい、戦闘中に『兵士』の強化を図って産み出した種族だけど、ピンチのときには今みたいな使い方もできる。


 やってることは簡単だ。ボロボロになった『兵士』の肉を『医師』が食らい、再構築してからまた『兵士』へと返す。こうすることによって魔力を用いずに『兵士』を完全回復させることができる。


 しかし当然、デメリットもある。


 『医師』は食べた物を瞬時に肉に変えなければならない。その性質上、活動限界に陥るまでが早い。疲れるまでが早い。つまり、何度も使える手じゃないということだ。それに、『医師』が作り出す肉は、早さを最優先にしているため、欠陥がある。詳しくいえば、その寿命が短いということだ。『医師』を使って再生した肉は、早ければ数日で傷んで腐っていく。つまり、長期的に見た場合にはデメリットしかないということだ。しかも、繰り返せば繰り返すほどその寿命は短くなる。四、五回ほど繰り返せば、その肉はその日のうちに朽ちてしまうようになってしまう。

 しかし、今を生きるという目的のためだけであれば、これほど破格の条件はない。問題を先送りにするだけで、生き残ることができるのだから。死んでしまえば、未来のことなど、考えることもできなくなってしまうから。


 竜が突っ込んでくるまでのわずかな時間に、我々は再生を終えた。そして突っ込んできた竜に合わせて『兵士』の変身能力を使う。


 全身を網状に変化させ、竜のその巨体を拘束する。接触面には鋭い爪を生やし、肉に食い込ませて締め上げる。竜は痛がり暴れるが、疲れ果てたその身体に私を振り払う力など残っていなかった。

 暴れる竜を締め上げ、鱗の隙間に触手を捩じ込み、その内側の柔らかい肉を食い千切る。


 しばらくそうしていると、竜がビクンと一度大きく跳ね、やがて竜は完全に活動を停止した。


 こうして我々は竜に勝利することができた。

次回は日曜日(8/30)に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連続更新お疲れ様でした! 作者様のペースで全然問題ないです、気長にお待ちしております!
[一言] 全然おけですところで  ……ただそれも、もし母さんが生き返ったらという、イフの世界なのだ。 イフの世界って何ですか?誤字ですか?
[一言] 連投お疲れ様でした笑 今までのんびり待っていたので大丈夫ですよ! 次回も楽しみにしてます。
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