十二話
ゆっくりと意識が覚醒していく。
遠くでなにかがぶつかり合っているのか、空気が振動し、肌を震わせる。
頭がぼんやりしている。なにがあったんだっけ? そう思って目を開こうとしたけど、目は開かなかった。その事実に少し混乱し、やがて意識が覚醒する。
そうか、私は『兵士』だったと。目は開くのではなく作らなければならない存在だと。
そして、私が竜との戦いの最中に気を失っていたことを。その間、思い出したくもない昔の事を夢に見ていたことを。
私は急いで周囲の状況を確認しようとした。つまりは目などの感覚器官を作り出そうとした。
(……なんだこれ?)
でもできなかった。身体がとても重かったのだ。身体を砂で埋められて、その上に重しを乗せられたような感じ。感覚はあるのに、表面を震わせることもできるのに、立ち上がったり、大きく動くことはできなかった。
そして気がつく。私が倒れた理由を。
疲労。
私は、今まで体感したことが無いほどの疲労感に、意識の失ったのだ。そしてたぶん、意識が無くなってからそれほど長い時間は経っていないのだろう。震える空気が、大質量の物体がぶつかったように震える地面が、母が未だに戦闘を続けていると教えてくれる。
でも、身体は動かない。身体が自分のものではなくなってしまったかのように、私の意思を反映してくれない。そこには母に操られているような心地よい感覚はない。
あるのはそう、虚無感。それと悔しさ。
また、自分は母を置いて休むのか? こんなに近くで、それも私が気を失っている間も継続して戦っていた母を置いて?
ただただ、私にはなにもできないと指を咥えて?
無理ゲーだって投げるのか? 魔物だとか魔法だとかがあったって、これはれっきとした世界なんだぞ? ゲームなんかじゃないんだ。諦めたらそこで人生が終わってしまうんだぞ?
夢で誓ったじゃないか。母を助けるって。なのに、こんなところで寝ていていいのか?
何度も自分に問いかける。しかし、出てくる答えは毎回同じであった。
いいわけないだろ?
だから、頭を巡らせる。身体が動かないのならば、せめて動く部分だけでも働かせなければ。幸い、考えることはできる。意識はなぜだかぼんやりと霞んでいるけれど、だからって考えられないわけではない。
なんで母は負けそうなんだ?
なんで竜はあんなに強かったんだ?
どうしたらこの状況を打破できる?
どうしたらあの竜を屠ることができる?
私たちと竜は、なんであんなに強さに違いがある?
どうして竜の攻撃は威力がでかいのに、私たちの攻撃は竜の鱗に阻まれる?
どうして? どうして? どうして?
刹那の間にいくつもの問いかけを行い、やがてひとつの答えに辿り着く。
魔力だ。
私たち『集合体』と竜の違い。それは魔力の量にある。竜の方が『集合体』よりも魔石の魔力が多い。ただそれだけのこと。
ならば解決するのは簡単だ。
魔力の量で劣っているのならば、魔力を増やせばいい。
若干脱線するが、我々『集合体』に限らず、魔物が動くための動力源に使っているのは魔力だ。無論身体を構成するために肉なども必要ではあるが、その割合はかなり低い。魔物が魔物を狩り、そして肉を食らうのは、身体を構成するための肉を取り入れるという理由の他に、動くための魔力の補給をしているからだ。
つまり魔物の肉には魔力が含まれている。ということは、魔物の肉を分解すれば魔力が手に入るということ。そして目の前には魔物の肉、すなわち自分の肉が。悩むことなどなかった。私は迷わずそれを分解する。
普通であれば自分の肉を分解するなど、自殺行為もいいところだ。餓死寸前だからと言って自分の肉を食べる人間がいないように、魔物もまた、窮地に陥ったからといって己の肉を分解しようとは思わないだろう。だが、その普通ではないことを『兵士』の特性が可能にさせる。
『兵士』は、その身体の体積が半分になったって問題なく生きていられる。つまり身体を構成するほとんどの部分が生命維持に関係していない。
長期的に見れば身体を魔力に変えるなどデメリットしかないが、しかしこの場で死ぬよりかはよっぽどマシだろう。
そうして私は、己の肉体と引き換えに莫大な魔力を手にいれた。
魔力。それは願いを叶える力。望みを実現させようと働く力。つまり、極論魔力にできないことなどありはしない。
今の私の望みは、自分の身体を動かせるようにすること。それと母を助けること。
母は、魔力の使い方は身体強化と放出系しか知らなかったが、望みを実現させる力を持った魔力が、たったそれだけのことしかできないなんて私は思わない。
ゆえに私は願う。己の身体を治療してくれ、と。疲労を全て消し去ってくれ、と。
果たして願いは叶った。
魔力がごっそりと無くなっていく感覚。それと反比例するように消えていく疲労感。
そっと意識を集中させると、身体が動いた。ならばと変身能力も使ってみたが、なにも問題はなく、目や耳が生成された。
いける。そう思って、自分に繋がっていた触手の先、母のことを見る。
母の動きはだいぶ衰えていた。当初ほどのキレは無くなっていた。
でもしっかり生きていた。しっかりと『兵士』を指揮して戦っていた。
私は迷わず残りの身体のほとんどを分解した。悩むことなどなかった。私が死なない程度に衰弱するだけで家族を救えるのなら、なにも。
[ーーッ!]
莫大な魔力が私の中で渦を巻いている。母が驚いて声にならない悲鳴を上げた。でも構わない。
私は願う。みんなの傷を治してくれ、と。竜に負けないように身体能力を強化してくれ、と。
瞬間、身体の中で荒れ狂っていた魔力が、一瞬で消え去った。そして周りの家族たちがいっせいに元気を取り戻した。
しかし、かわりに私の意識は暗くなっていく。しかし前回とは違い、そこに後悔などの負の感情はなかった。
ただ、これで母は生き残れる。そんな清々しい気持ちで、再度私は意識を失った。
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この日初めて、私は魔力が枯渇しても意識が無くなることを知った。
次回は金曜日(8/28)に投稿します。