九話
諸事情により、昨日中に投稿することができませんでした。ごめんなさい。
『集合体』と竜の戦い。この場合、我々『集合体』には二通りの選択肢が存在する。
すなわち、短期決戦か、長期決戦か。
言うまでもなく、この戦いで不利なのは我々『集合体』の方である。まず相手との格の差が大きすぎるのだ。魔石の魔力を測った結果だけを見れば、敗戦は確実なくらいには。
しかしだからこそ、短期決戦というのは有効になってくる。いくら格上とはいえ、弱点は必ずあるはずだ。そこを我々が持ち得る全ての力を込めて叩けば、勝てないことはないだろう。
しかし、短期決戦をした場合には『集合体』の得意な分野を自ら捨てることにもなりかねない。
『集合体』は、多数の『兵士』と、いくらかの『主要器官』と『医師』が集まり形成された生物だ。それら一体一体が『集合体』を形成する部品のような物であるのは否定できないが、しかし個が個であるのもまた事実。
例えば、疲労度の高い部分に割り当てていた『兵士』が疲れたら、疲労度の低い部分に割り当てていたまだあまり疲れていない『兵士』と位置を交換する、ということができる。そしてある程度回復したら、また他の疲れた『兵士』と交代するという、普通の生物にはできない荒業を使うことが、『集合体』にはできる。
よって、『集合体』の継戦能力は普通の生物と比べて、とんでもなく高い。
有利ではないが勝てるかもしれない短期決戦か、勝てないかもしれないが有利な長期決戦。
母は迷わず後者を選択し、身構える。どんな攻撃でも受けきれるように強固な甲殻を、どんな攻撃がきても反応できるように脳や神経系を魔力で強化し、そして残った『兵士』は相手が予想外の行動をした時の対処用として、隙を見せた時に攻撃するための手段として体内に隠している。
どうやら母は、勝てなくても、負けなければいいと思っているらしい。
確かに、そんな考え方もある。これはゲームじゃない。明確に勝敗を決める必要はないのだ。一番の目的は生き残ること。勝つことではない。だから耐えて耐えて耐えて、そして相手が疲れて諦めるまで粘れば、それは負けではない。つまりは生き残ることができる。個でありながらも数の暴力を備え、長期戦が得意な『集合体』らしい考え方だ。
強敵相手に長期戦とは本当に大丈夫か? とは思うが、私は母のやり方を否定はしないし、そもそもできない。母は今まで、強敵と戦う時はこうやって長期戦に持ち込んで生き残ってきたのだろう。それにぽっと出の素人が口を挟むことなど、絶対にしてはならないことだ。
我々が動かないことに堪えられなくなったのか、ついに竜が動きだす。
竜が足にグッと力をためている。
ーー来る。
そう思った時には、全てが始まっていた。身体が母の意思によって動きだし、鋭利な爪に変化すると、目にも留まらぬ早さで振り抜かれる。瞬間、しびれるような衝撃が。
ハッとして見てみると、私の身体は竜の角と拮抗していた。
どうやら竜は、私が追いきれない早さで接近し、その鋭利な角を突き付けようとしていたらしい。母が私の身体を動かしていなければ、確実にその角は私に突き立っていただろう。
まったく見えなかった。
否、見えなかったわけではない。ほんの少しは見えてはいたけれど、その早さは私が反応できる速度を越えていた。走馬灯の中で、唯一素早く動ける相手が近づいてきた。そんな感覚。
竜は攻撃を止められても、動きを止めることはなかった。角が止められたら爪で、爪が止められたら尻尾の鋭いトゲで、そしてそれが止められたらクワガタのような牙で……。
流れるように、攻撃を弾かれても、その動きすらも次の動きに繋げて目まぐるしく動き回る。
母はその攻撃全てを的確に処理していく。
角を弾き、爪も弾き、尻尾をするりと受け流し、そして牙を向けてきた時には反撃も忘れない。魔力のたっぷりと乗った爪で、その頭を殴りつける。
不幸にも硬い甲殻によって防がれてしまったが、相手の攻撃の手を止めることに成功した。両者互いに距離をとる。
竜は警戒を強めていた。格下の存在である『集合体』が攻撃を入れてきたから。それも的確に急所を突いて。
一方母は、一見平気そうな態度でいるが、その思考は目まぐるしく、身体の状態の把握に努めていた。疲れた『兵士』はいないか、怪我した『兵士』はいないか、身体のどこに疲労がたまっているか。そして疲労がたまった『兵士』を、他の『兵士』と配置替えをするのも忘れない。
私からしたら早すぎて一瞬で終わった先ほどの戦いは、当人たちにとってはとても長く、激しいものだったのだろう。
その証拠に、少数ではあるが疲労がたまった『兵士』が配置を替えられていた。ほんの数回打ち合っただけなのに。しかし、それも仕方のないことなのかもしれない。
本来『集合体』はそこまで強い身体を持っていない。生物の持つ身体的特徴を模倣するという特別な能力はあるが、しかしそれでも身体の強度を大きく越えたものは作り出せない。例えばカメの甲羅を作ったとて、それは本来肉であったものには変わりない。本家の甲羅ほどの強度は持てないのだ。我々『集合体』はその弱点を、魔力を用いた身体強化で誤魔化しているに過ぎない。
それを考えれば、『兵士』の少しの疲労と引き換えに格上の相手と打ち合えていることはとても凄いことなのかもしれない。
しかしいくら打ち合えると言っても、きっとあのままのペースで戦っていては『集合体』はすぐにバテてしまうだろう。だからこそ、あそこで少し無理してでも攻撃を入れたのだ。
余裕だぞ、と。お前には攻撃を受けるだけの隙があるぞ、と。攻撃をしてきたらカウンターをいれてやる、と。
言葉は通じなくても、きっとその思いは伝わっている。相手の動きが鈍くなる。こちらのことを、狩られるだけの存在ではないと認識している。
竜はこれから防御面も考え始めるだろう。我々の一挙手一投足に神経を使うだろう。それこそが母の狙いであることにも気がつかずに。
この戦闘の場合、我々が絶対に避けねばならないことは、相手に「こいつらはなにもできない、狩られるだけの存在だ」と思われることだ。そう思われてしまえば、身体能力で劣る我々は、竜の防御を無視した攻撃によって一瞬で蹴散らされてしまう。だから戦闘の序盤に、まだなにか奥の手を隠しているに違いないと相手に思わせられたのは幸運だった。
相手の隙を見つけるだけでも疲れるのに、さらに相手は我々がどんな攻撃をしてくるのか、一挙手一投足に注意しなければならなくなった。
当たり前だが、意識することが増えれば増えるほど、その疲労度は加速度的に増えていく。
相手が慎重に行動しようとしている。わざわざ疲れる戦い方をしようとしている。相手が疲れてしまえば、あとは逃げることもできるようになる。
母は、そっと安堵の息を吐いた。そしてもう一度気合いを入れ直す。少しだけ戦況が我々に傾いたが、依然不利であることには変わりない。絶対に負ける戦いから、頑張って戦えばもしかしたら生き残れるかもしれない、というレベルにしかなっていないから。
もちろん先ほどの二者には明確な違いがあるが、だからと言ってここで気を抜けば、待っているのは敗北。すなわち死。
母は安堵しつつも態勢を建て直し、竜は最大限に警戒している。
戦闘は、再度にらみ合いへと移行した。
次回は明日(8/21)に投稿します。