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36 思いもよらない


 一瞬、彼の言っている言葉の意味が理解できなかった。


「え?」


「おめでとうございますアズサ。あなたの故郷に帰れますよ」 


 多分その時の私は、とても間抜けな顔をしていたに違いない。

 クィンの話を要約すると、ざっとこんな感じだった。

 私の要望を受け異世界転移についての研究に本格的に着手したクィンは、まずクレファンディウス王国に働きかけ私を召喚するときに使った術式を手に入れることにしたのだそうだ。

 門外不出の技ということで最初は断られたらしいが、現在私が魔導国に滞在していることと、クレファンディウスにおける聖女の扱いについて各国と連携して戦争も辞さない勢いで迫ったところ、なんとかその術式を手に入れることに成功したらしい。

 ここまで聞いて私はあまりのことに唖然としてしまったのだが、この話には続きがあった。

 クィンは並行してクレファンディウス王国の国王に不満を持つ層に金銭的な支援を行い、反国王勢力が急速に力をつけているそうだ。王都を集中して警備し他の領地では満足な魔族対策が取られていなかったため、多くの貴族もこれに参加しているという。

 かの国王は進退窮まっており、国の名が変わる日もそう遠くないだろうということだった。


「なんというか……それはまた」


 私はクレファンディウスで暮らす国民たちを危惧したが、貴族たちもレジスタンスに協力してるため流される血はごく僅かになるだろうとのことだった。

 周辺諸国も、王権の交代には歓迎ムードだそうだ。多分、今までにクレファンディウス王が行ってきた無茶な進軍行為などが、他国の心証を極めて悪いものにしていただろうということは想像に難くない。


「まあそういう訳で、クレファンディウス王は最後には召喚の術式を渡す代わりにこの国への亡命を求めてきたわけですが、はてさて無事たどり着けるんですかねぇ。まあそこはあの王の運次第といったところでしょうか」


 召喚の術式を手に入れたからには、さもどちらでもいいと言いたげにクィンは言った。

 どうやら有利に交渉を進めて転移術で術式だけ送らせたらしい。あちらから転移してくるには相応の力を持った魔導士が必要なのだが、それだけの力を持った魔導士は現在クレファンディウスにいないのだそうだ。


「あなたの召喚を行わせた魔導士は、証拠隠滅に処理してしまったようですよ。まったく自業自得と言う他ありませんね」


 その言葉に、私は随分と居心地の悪い思いを味わった。この世界に無理やり私を呼び寄せた顔も知らない張本人だが、別に死んでほしいとまでは思っていなかった。ただ魔導士まで殺していたとなると、やはりクレファンディウス王は魔王を倒した私を捕まえて殺す気だったのだろうなとどこか他人事のように思った。

 確かに恨んでいたはずだが、あの男の窮地を聞いても別に喜びは湧いてこなかった。

 気になるのはもっと別の、この装置が私を日本に帰すための装置だということだ。


「それにしても、随分仕事が早くない? だってまだ私がこの国にきてひと月しか……」


「ああ、それはですね。召喚の術式には星の巡りが密接に関係していまして。どうやら異世界間の行き来が可能になる日というのがあるのだと分かったのです。あちらとこちらを繋ぐパスは非常にあいまいで、繋がっている時間も短くそのためには――」


 また説明が長くなりそうなので、素早く合の手を入れる。


「つまり、いつなの?」


「明日です」


「明日!?」


 私が驚いたのは当然だと思う。

 なにせ事前のお知らせも何もないまま、いきなり異世界に帰れますなどと言われても心が追い付かない。


「その周期がやってくるのはまちまちで、次はどうやら十年後のようです。なのでどうにか間に合わせました!」


 クィンはさも誇らしげに言うが、私は唖然としてしばらく声も出なかった。

 まさかこんなにも突然、事態が動くなんて思ってもみなかった。

 日本――私が生まれ育った国。

 ずっと帰りたいと願っていた場所に、私は戻れるのだ。

 だというのに、私は心底喜べない自分を持て余した。

 あんなに願ってきたというのに、どうやら私はこんな気持ちのまま日本には帰れないと感じているらしい。


「待って! でも……そんな! 急すぎる。明日だなんて」


 私の反応が意外なのだろう。クィンは首をかしげて言った。


「おや? 元の世界に帰りたくないのですか? あれほど帰りたいと言っていたではありませんか」


 クィンの言い分は全くその通りで、私もどうして自分がそんな気持ちになるのか分からず混乱した。

 ずっとずっと、帰りたかったはずだ。両親がいるあの世界に。

 けれど、このままライナスがいなくなった理由も分からず帰るのは、どうしても嫌だった。



 ――だって、日本に帰ってしまったら二度とライナスには会えない。



「ねえ!? ライナスはどこ!? どうしても帰る前に会いたい! 一目でいいから」


 私がそう言うと、クィンは驚いたように目を見開いた。

 そしてブツブツと、なにやら不機嫌そうに呟いている。


「計算違いだったか……」


「ねえクィン! お願いだから」


 せめて最後に一目会って、ずっとお世話になったライナスにお礼が言いたかった。

 ライナスにどれだけ助けられたかということ。彼のおかげで生き延びることができたということ。そして、クレファンディウスに一緒に行ってくれてどれだけ心強かったか分からないということ。「心当たりがあるって言ったでしょ!」

 背伸びをしてクィンの襟元を掴み無理矢理揺さぶる。すると寝不足らしいクィンはすぐにふらふらになりその場に座り込んだ。


「ええ、確かに言いましたよ。言いましたけどね」


 もう自棄だと言わんばかりに、クィンは大声を張り上げた。


「あの男は魔族領に戻ったんですよ。いいですか? 魔族としてあるべき場所に帰ったのです。魔族も我が国と同じように実力主義ですからね。魔族の中では魔王を倒したあの男こそが次期魔王なのですよ!」


 それは衝撃的な事実だった。

 魔族として魔王を倒したものが次期魔王を継ぐなど、私は聞いていない。


「そ、それならどうして、ライナスは魔王を倒した後も私についてきてくれたの!?」


「知りませんよそんなこと」


 吐き捨てるように、クィンは言った。


「ああ、計算外だ。あなたがまさかライナスにそれほどまでに執着していたなんて」


 彼は苛立たし気に立ち上がると、眼鏡をはずし胸ポケットから出したしわしわの布で拭いた。そして大きなため息をつく。


「せっかく心残りにならないよう排除したというのに。これでは手間が増えただけではありませんか」


 あまりにもクィンが冷たい口調でそう言うので、私の背筋がぞっと冷えた。


「排除した? 一体どういうこと!?」

 すると眼鏡をかけ直したクィンは、もう私に興味はないとばかりに装置の方に目を向ける。


「あなたが帰りたくないなどと言い出さないよう、ライナスにはご退場願ったんです。なにせあなたは、しばらく会わない間に以前より彼に依存しているようにお見受けしましたので」


「そ……んな」


 この時初めて、私はライナスが自分の意志でこの城を去ったわけではないと知った。

 そして驚くべきことに、喜びを感じたのだ。

 こんな差し迫った場面なのに、私は彼が望んで自分から離れたわけではないということがどうしようもなく嬉しかった。

 それは、日本に帰れると言われた時よりも大きな喜びだった。


「ちょっと、考えさせて。なにもかもが急すぎて……一人になりたいの」


 そう言って、私はクィンから距離を取った。


「分かりました。城内でしたらどこにいてくださっても結構です。けれど決行が明日ということに変わりはありません。絶対に城から出ないようにお願いします」


 苛立ちを抑えるように、クィンは自分の前髪をぎゅっと握り締めた。

 彼の苛立ちは分かる。あれほど日本に帰りたがっていた私のために急いでこんな装置を用意してくれたというのに、肝心の私が日本に帰ることに戸惑いを覚えているのだから。

 頭の理性の部分はさっきからずっと明日帰るべきだと私をせっついている。なのにその通りに喜んだりできないのは全部、ここにライナスがいないせいだ。

 私はクィンから離れ、ふらふらと歩いてなんとか広間を脱した。

 あまりの急展開と、そしてライナスが自らの意思でここを離れたわけではないという事実。それらの衝撃が大きすぎて、私の処理速度は最低レベルまで落ちていた。


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