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35 急転


 毎日ぼんやりと過ごしている。

 本当は考えなくてはいけないことがあるのに、心が考えることを拒否しているかのようだ。

 相変わらずクィンはなにやら忙しそうにしている。一国の首相ならばそれも仕方ないのだろうが、私は本当にこのままでいいのだろうかという不安を感じている。

 そもそも、この世界に来てこんなに安全で静かな生活を送るのは初めてだ。

 食事の心配も、寝る場所の心配もしなくていい。魔族や夜盗に警戒する必要もなく、世話をしてくれる人たちは皆優しいいい人たちだ。

 なのに、こんなにも満ち足りた生活のはずなのに、私の心にはがらんどうの穴が空いている。

 全てはここにライナスがいないからだ。彼が突然私に何も告げず、この国から去ってしまったから。

 最初の一日二日は、自分の何がいけなかったのだろうかと答えのない問いについて考え続けた。例えば彼に頼りきりだった部分とか、旅の行先を決めるのにもっとライナスの意見を聞くべきだっただろうかとか、彼と過ごした日々を思い返しては、自分のよくなかった部分を洗い出した。

 三日目になると、猛烈な怒りが湧いてきた。

 あんなに一緒にいたはずなのに、去るにあたって伝言一つ残さないのは何事かと。

 せめても最初に言っておいてくれたら、いなくなる可能性があることを少しでも話してくれていたら、きっとこんなにも傷つくことはなかっただろう。

 私は既に、傍らに彼の存在があることを当たり前として考えていた。

 それは本当はとても贅沢なことだったのに、日本に帰ることばかりに汲々としていて周りを見回す余裕がなかったのだ。

 彼は、いつから離れようと決めていたのだろうか。この首都エリピアに入った時には既にそのつもりだったのか、それとも何か危急の事態が起きてここを離れざるを得なくなってしまったのか。

 四日目には怒りも萎んで、ライナスなんかいなくても平気だと開き直ろうとした。

 けれど五日目にはやっぱり無理だと気が付いて、この穴を埋めるのは並大抵ではないと知りため息を零すのだった。

 そして、エリピアに滞在してからひと月ほどたったある日、久々にクィンからの呼び出しを受けた。

 以前呼び出されたのはライナスが去ったことを告げられた時以来だ。

 あれ以来何度も彼に会おうとしたのだが、頼んだ取次ぎも追い返されるばかりではっきりいえば困惑していた。

 ライナスがいない今、この国での知り合いは彼一人である。寂しさに負けて、グランシアに戻ろうかと考えたことも一度や二度ではなかった。けれどグランシア王国の王都クリーディルまでは徒歩でひと月歩かねばならず、ライナスの護衛もなしにその旅路を行くのは無謀というほかない。国を渡り歩く商隊(キヤラバン)に雑用として入れてもらうことも考えたが、そもそも交易が許された商人が少ないためクリーディルに向かう商隊も最短でふた月先の出発になるとのことだった。

 本当は、忙しくしていればライナスがいなくて辛いことも考えずに済むのに、エリピアでの怠惰な生活はそれを許してはくれなかった。

 時折、クィンの助手だという人が異世界から持ってきた物を貸してほしいとか、召喚の時に見たものを教えてほしいとか言ってやってきたけれど、やってきた客と言えばそれぐらいで、他にはやりたいこともやらなければいけないこともないのだった。

 クィンに呼び出された時、私は今の生活の不満をぶちまけてやると決心していた。

 そりゃあ、衣食住には申し分がないが、このまま飼い殺しにされるぐらいならこの国から出た方がましである。

 このままではニートまっしぐらだ。魔王を倒したニートなんて、ラノベの題材みたいでなんか嫌だなと思ったり。

 だが、クィンに呼び出された私を待っていたのは想像もしない事態だった。


「クィン!」


 通された巨大な空間は、グランシア王の城の謁見の間よりも多分広い。

 天井は見上げるほど高く、柱や壁は例の半透明の石でできている。もしかしてここも迷い込んだら二度と出られなくなるんじゃなかろうかとびくびくしながら案内の人についていくと、やがて巨大な装置の前に通された。

 なんと言ったらいいだろう。それは魔術的なものというよりも、むしろ日本で使われていた工業用のロボットなどに似ていた。多くの部品が汲み上げられ、たくさんのチューブのようなものを生やしている。中央には巨大な光る石が埋め込まれており、その表面にはなにやら魔法陣のようなものが彫り込まれていた。

 クィンの他にも何人か人がいて、みんなその機械に取りつきデータをとったり不具合がないか確認したりしている。

 きっとこの巨大な造形物が動き出して悪と戦ったりしても、私は驚かないだろう。


「やあアズサ。お久しぶりですね」


 あまり眠っていないのか、クィンの目の下にはくまが浮かんでいた。少し合わない間に痩せたようで、全体的にげっそりしている。

 それなのに目だけは興奮でギラギラと光っていて、ちょっと近寄りがたい怖さがあった。

 クィンに会ったらすぐに不満をぶちまけてやろうと思ったのに、私は雰囲気にのまれてその行動を実行に移すことができずにいた。


「久しぶり。ねえ、なんなのこれ?」


 私は恐る恐る、その装置を指さしながら言った。


「これですか? これは物質をエーテル化して任意の場所で再構成する装置で、学説的にも未知の物なのですが魔術との親和性は非常に高く、理論としても完璧で世界を変える発明と言っても過言ではないでしょう。そもそも長年門外不出とされていた召喚という魔術がまさか魔力をエネルギーに変換し座標を未知なるものと指定していたことが研究を大きく進展させたわけですが、問題はそんなことではなくてなぜかの国にそんな――」


 矢継ぎ早に話しまくるクィンの言っていることが、私には何一つ分からない。

 彼は魔術研究に関することを話しているとたまにこうなってしまうときがあって、放っておくといつまでも語り続けるので私はいつものように無理やりその話を切り上げた。


「はいはい、それで? 要約すると?」


「ああ、つまり分かりやすく言うとですね、これはあなたを異世界に送還するための魔術装置と言うことです」



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