29 王様と昼食を
翌日。
懸案だった夜会も無事終わり、意外にもあっさりと国王と対面することができた。
旅の仲間共々、王の昼食に招かれたのだ。
「お招きいただきありがとうございます」
慣れないながらに感謝の言葉を口にすると、王は鷹揚に笑って言った。
「いや、こちらもなかなか時間が取れず失礼した。夜会の準備に忙しくてな」
席に着くと、続々と料理が運ばれてきた。
日本ですら食べたことがないような、まるで芸術品のように飾り付けられた料理だ。肉、魚、野菜と、この世界にこんなに色々な食材があったのかと驚く。
そもそも旅の最中は保存食ばかりだった。今思えば、舌が肥えているアレクはよく堪えられたものだ。ターニャの料理があったにしろ。
「それで、聖女殿は余に聞きたいことがあると聞いたのだが」
食事も中盤に差し掛かり、当たり障りのない会話からようやく本題に入ることができた。
「はい。私はクレファンディウス王国の王によって、異世界より召喚されました。魔王を倒した今、元の世界に帰る方法を探しております。陛下はなにかご存じではないでしょうか?」
昨日の今日だ。ライナスの前でこの質問を口にするのは勇気が要ったが、この貴重な機会をふいにするわけにはいかない。
言葉を選びながらなんとか言い切ると、王はナプキンで口を拭い難しい顔で言った。
「……報告は聞いておる。かの国はなんと惨いことを」
どうやら、クレファンディウス王の所業についてもグランシア王は承知していたようだ。
「力になりたいが、残念ながら我が国には召喚及び異世界人の帰還に関する伝承は伝わっておらん」
「そうですか……」
手掛かりなしという結果に、がっかりはしたが思ったより平気な自分がいた。
それは昨日のライナスとの会話が原因かもしれなかった。同席している彼を見れば、あからさまに喜んでいてちょっと腹が立つ。
「だが、知っておるかもしれん人間に心当たりはある」
思わぬ続きに、私は王の顔をじっと見つめた。
深みのある顔に象嵌された目には、嘘偽りのない誠実な光が宿っている。
「魔導国の国家元首ならばあるいは……」
「グラン・テイル魔導国……」
それは、大陸の中で最も魔術が発達していると言われている国の名前。
かの国は王ではなく代々最も魔力が強い者が元首として選ばれる。人格や血統など関係なく、とことん実力主義の国だと聞いている。
私もあの国ならもしかしたらと考えたことはあった。
ただグラン・テイル魔導国は徹底した排他主義で知られており、国民や特別に許された者以外は入国すらままならないという。
なので前回の旅でも、結局魔導国に入国することはなかった。
「君たちには我が国から魔導国への使者としての体裁を整えよう。余の遣いならば、かの国に入国し元首との面会も叶うであろう」
それは破格の申し出と言えた。
「ありがとうございます!」
まだ日本への道は絶たれていないと知って、体中に力が漲ってきた。
諦めることはいつでもできる。だからせめて最後まで、精一杯あがきたいのだ。そうしなければきっと、私は日本に帰ることをいつまでも諦められない。
本当は飛び跳ねて喜びたかったが、王の主催する昼食会で流石にそんなことはできない。
「体裁が整うまでに一日貰おう。勿論、我が国にはいつまでも滞在してもらって構わない」
「ありがとうございます。ですが、準備ができしだいすぐに発ちたいと思います」
返事をしてから、恐る恐るライナスを見る。
彼は表情が読めない顔で、ただこちらの成り行きを見守っていた。
「早すぎるよ。そんなに急がなくても」
アレクに引き留められたが、私は首を横に振った。
「クレファンディウスのこともあるし、あんまり長居をし過ぎたら迷惑がかかるから」
もともと、こんなに長く一国に留まるつもりはなかったのだ。一応私はクレファンディウスに追われる身の上である。あちらも他国の領内でそうそうは手出しできないだろうが、グランシアに留まるとなれば何らかの手を打ってくることだろう。
特に、昨日の祝賀会でグランシアに聖女がいることが大々的に発表されてしまった。この国の貴族にクレファンディウスと繋がりのある者がいたら、追手がやってくるのはそう先の事ではないだろう。
「そんなこと気にしなくていい。なんならずっとこの国にいてくれていいんだ。私の妃としてね」
王の前ですら、アレクの軽口はいつもと一緒だった。
思わず苦笑してしまう。昨日の夜会で沢山の令嬢に囲まれていたというのに、アレクはまだこんなことを言っているのだから。
「これ、求婚するならもっとしゃきっとせんか!」
グランシア王はご立腹だ。ただし、怒る所が少し違う気がするが。
「アレクありがとう。でも本当に、私は妃とかには向いてないよ。昨日よく分かったんだ。社交界とか苦手だもん」
なにせ付け焼刃でダンス一曲しか踊れないのだ。
こんな王妃はいまい。
「そうか」
私の答えが分かっていたのか、アレクはただほほ笑んだだけだった。
「残念ながら私は一緒に行けないが、ターニャはどうするんだい?」
黙々と贅沢な料理に目を光らせていたターニャに、アレクが話を振る。
「アタシ? 魔導国にも興味はあるけど、しばらくはクリーディルにいろってギルドに厳命されてるんだ。高ランク者向けの依頼が溜まってるらしくて」
最初から分かっていたことなので、がっかりはしなかった。
むしろもう二度と会えないと思って別れたのに、もう一度二人に会えたことの方が僥倖だったのだ。
「ライナス、君は――」
「アズサが行くところなら、どこへでも」
「これは、愚問だったか」
ライナスに即答され、アレクは苦笑した。
結局、魔導国に向かうのは私とライナスの二人になりそうだ。この国に来た時と同じだが、追い詰められすり減らされたあの時とは何もかもが違っている気がした。
「聖女よ。武運を祈っておるぞ」
「ありがとうございます陛下。この御恩、一生忘れません」
グランシアでの滞在は、私にとって忘れられない日々となった。
振り返ってみると、ずっと戦いばかりだった異世界での日々に、唯一の穏やかな日々だった。色々大変だったけど、今ではこの国に来て本当に良かったと思っている。
もし別の国に行っていたら、私はこの世界の人はみんなクレファンディウス王のような人だと思い込み、人間不信になっていたかもしれない。
私が魔王を倒した意味は果たしてあったのかと、きっと悩んだことだろう。
けれど今は、あの苦しい旅も無駄ではなかったと思える。
勿論部屋に連れ込まれそうになったことや嫌な思い出もあるが、いい人と悪い人がどちらもいるのは日本も同じだ。
その後、昼食会は和やかに幕を閉じた。
出立は明後日と決まり、私はターニャやアレクとの別れを惜しんだ。
食糧などは以前買ってライナスに預けていた分があるから、慌てて旅支度をする必要はない。それ以外にも、名目上使者ということで衣服や細々とした道具などをグランシア王が用立ててくれた。着回していた古着はすっかりくたびれていたので、これは素直に助かる。
もう敵を倒すための旅ではないので、出発を憂いる理由は何もない。
ただ問題があるとすれば、あの夜以来私とライナスの関係が微妙に変わった気がして、二人きりで旅をすることが少し不安に思えることだった。
これからの旅がどうなるのか、それは想像も付かないことだった。