25 あんた誰だ
そして国王に挨拶が終わると、今度は私たちに挨拶をしたい人たちが群がってきた。
その殆どはアレクと言葉を交わしたい人たちなのだろうが、時々話を振られて戸惑う。ターニャとライナスもまた、大勢の人に囲まれていた。ターニャは男性に。ライナスは女性にそれぞれ大人気だ。
ただ見た目は極上でも中身はそれぞれそのままなので、ターニャは慌てつつ対応し、ライナスはほとんど無言で通していた。
私も若い男性貴族にあとで英雄譚を聞かせてほしいなどと言われたが、旅の話はそんな美しいものではないのでと言って断っておいた。あまり思い出したいものでもない。
あとからまずかっただろうかと思ってアレクを見たら、彼は苦笑しているだけだった。特に咎められなかったので、作法的にまずいわけではないのだろう。
立ちっぱなしで話しかけてくる人の対応に疲れ始めた頃、楽団によるダンスのための曲が流れ始めた。
アレクが話を切り上げ、私たちはダンスのためにホールの中央付近に歩いていく。
ここに来る前はダンスを踊るなんて勘弁してほしいと思っていたが、詰め寄る人々から逃げられるとなればなんともありがたいと思えるから不思議だ。
ゆったりとした曲調に合わせて、エスコートをしてくれるアレクに身を任せる。
さすが生まれながらの王子様とでもいうべきか、彼のエスコートはそつがない。上半身の動きは彼に任せて、私はステップを間違えないよう足に意識を集中することにした。
話を聞いた時は絶対に無理だと思ったが、付け焼刃でもなんとか踊れるものだ。
といっても、練習したのはこの一曲だけなので他の曲は踊れない。この曲が終わったら、私は裏に引っ込むつもりでいた。こんなに華やかな場所や時間は、どうにも慣れない。
アレクは冗談で私を王妃になんていうけれど、私に王宮暮らしはとてもじゃないが無理だと思う。
なんとかぼろを出さずにダンスを終え、私はまた招待客に囲まれる前にアレクと別れ自分の部屋へと向かった。
アレクは王子様なので、これから延々招待客の挨拶を受け続けなければならないらしい。
王子様も楽じゃないんだなと思いつつ歩いていると、突然見知らぬ男性に手を掴まれた。
「聖女様!」
「は、はいー!?」
よく見ると、彼は先ほど英雄譚を聞かせてほしいと言ってきた青年貴族だった。
焦げ茶色の髪を短く切りそろえ、同色の目には期待の光が宿っている。
「どうか私とも踊っていただけませんか?」
まさかのダンスのお誘いだった。
こういう人につかまらないよう急いで退席しようとしていたのに、不運としか言いようがない。
さっきの曲しか踊れないんですと正直に言う訳にもいかないので、どう断ろうかと悩んでしまう。
それにしても、こうやって突然腕を掴むのは失礼じゃないのだろうか。
その強引なやり方に、どうしても忌避感のようなものを抱いてしまう。
「あの、ぜひ他のご令嬢と踊ってください。私はこういう場に慣れていないので……」
「なに、あなたは私に身を任せてくださればいいのです。立派にエスコートして見せますよ」
立派にエスコートされたところで、他のステップを知らないのだから無理なものは無理なのだ。大体、エスコートに慣れたアレク相手ですらがちがちになっていた私の踊れなさ具合を、甘く見ないでもらいたい。
「ご遠慮させてください。少し気分が悪くて……」
「おや、それは心配ですね。それでは私が静かな場所までお連れしましょう」
私は、やんわり拒絶するということがどれだけ難しいかを知った。
それを笑顔でこなしていたアレクを改めてすごいなと思いつつ、とにかく掴まれた腕を放してもらおうと力を籠める。
だが腕を放すどころか腰に手を回されてしまい、私は内心で悲鳴を上げた。
同意のある相手――ライナスやアレクにこうされたとしてもこれほどまでに嫌悪感は抱かなかっただろう。
だが私は、了承も得ずにプライベートスペースまで押し入ってくる男にはっきりと嫌悪感を抱いた。
もう騒ぎになっても構わないから、今すぐ離れてもらいたいとすら思う。
だが今日のために尽力してくれた人々のことを思うと、どうしても本気で抵抗することはできなかった。せめて人目につかない場所に行ってから逃げようとどうにか踏みとどまると、私は男に促されるまま休憩用の部屋が用意されている一角へと向かう。