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23 どうして

 グランシア王の主催する夜会に出席するため、少なくともそれまではこの国に滞在することになった。諸々の準備なので大急ぎでも今から十日ほどかかるそうだ。それでも王が主催する夜会としては異例の準備期間らしく、城のあちこちでは担当者たちが悲鳴を上げているという。

 夜会までの間特にすることもないのでどうしたものかと考えていたら、謁見の翌日の朝には部屋にアレクが訪ねてきた。


「アズサ。夜会にダンスは必須ですが、あなたは踊れますか?」


 そう尋ねられ、顔色を失う。

 私のダンス歴といったら小学生の時に踊った創作ダンスが最後だ。この世界のダンスなど踊れようはずもない。


「そ……それはどうしても踊らなきゃダメなのかな?」


 悪あがきと思いつつも尋ね返すと、アレクがとても残念そうに眉をひそめた。


「主賓だから、少なくとも一曲は踊ってもらわないと。まあそんなことだろうと思って教師を用意したので、君には夜会までみっちりダンスの練習に取り組んでほしい」


 そう言ってアレクの後ろから進み出てきたのは、茶色い髪をきっちり撫でつけた口髭の紳士だった。


「お初にお目にかかります。聖女殿」


 なんでも、彼は古参の侍従の一人でダンスには定評があるそうだ。

 確かに背筋がまっすぐに伸びて姿勢がいいし、動きにキレがある。

 そもそも侍従といっても王や王子に仕える侍従というのは貴族がなるものだから、この人も自身が領地を持つ貴族であるに違いない。


「よ、よろしくお願いします……」


 完全にその場の空気に飲まれつつ、私は彼に頭を下げた。

 それから数日間、地獄のダンス及び礼儀作法の特訓が始まった。

 十日も待つのかと思っていたが、こうなってみると十日という日数はあまりにも短い。いっそ欠席したいとそれとなく零したら、そんなことをしたらグランシア王国と聖女が不仲であると周囲に思われてしまうと言われ、頑張らないわけにはいかなくなった。

 このグランシア王国は、クレファンディウス王国に見捨てられた私を温かく迎え入れてくれた国だ。それをいくらダンスが嫌だからといって、無下にすることなんてできるわけない。

 ちょうどターニャは母親が帰るまでの雑事があり、ライナスもライナスで王から直接頼まれた騎士団の稽古に駆り出されていた。

 自然、私は一人でダンスの稽古に打ち込むことになる。

 アレクも旅で随分と城を空けていたからか公務が忙しそうだ。

 なんだか思いもよらない展開になっているなと思いつつ、私はダンスのレッスンに勤しんだ。

 レッスンが始まって四日目。なんとかステップは覚えたものの、それを音楽と合わせるとなると途端に合わなくなる。

 あと上半身と下半身で別々の動きをしなければいけないので、踊ってる間に何度もパニックになる。こんな不器用なことで、本当に本番までにどうにか形にすることができるのだろうか。

 夕方までみっちりとレッスンをつけてもらい、私はくたくたで動くこともできず窓の外を見ていた。

 ダンスのレッスンに借りている小ホールの外はちょうど騎士団の演習場に面していて、窓から外を眺めると遠くに騎士たちが訓練しているのが見えた。

 揃いの鎧を身に着けた騎士の中で一人、黒い服を身に着けて身軽に動き回っているのがライナスだろう。

 一人だけ鎧なしで剣を持つ騎士と戦う姿は危うくもあるが、私はその絶対的な強さを知っている。

 戦士と紹介されたから魔法は使わないつもりのようだが、それでもライナスの動きは騎士たちを圧倒していた。

 ちょうど対戦していた騎士が降参し、ライナスの勝利が宣言される。

 するときゃーきゃーという歓声が聞こえ、何事かと思ってそちらを見ればドレスを纏った令嬢たちが集まっているのが見えた。

 まるでモテるサッカー部員のファンが、練習試合を観戦しているかのような。

 どこの世界でも似たような現象が起こるんだなあと思いつつ、ぼんやりとそれを眺める。

 ライナスの凄いところをみんなに知ってもらえて誇らしくもあり、一方ではもったいないような気もしてしまう。

 仲間たちと別れても、ずっとそばにいてくれたライナス。

 クレファンディウス王に裏切られた時も、その城から逃げる時も、変わらず助けてくれた。ずっと一緒にいてくれた。

 きっと彼がいなかったら、私は寂しさと悔しさでだめになっていたかもしれない。

 希望をなくしてもずっと一人で立っていられるほど、私は強くない。

 だが、一方で迷っているのも事実だ。

 日本に帰る方法を探すといういつ終わるとも分からない旅に、本当に彼を付き合わせていいのか。

 今更だが、同じ種族である魔族たちと暮らした方がライナスは幸せなんじゃないのか。

 今まで考える余裕もなかったあれやこれやが、疲れた頭にぼんやりと浮かんでくるのだ。

 そうしている間に日は暮れて、騎士団の演習は終わったようだった。

 貴族の令嬢たちが、ライナスに話しかけたそうにそわそわしているのが分かる。これ以上見ていたくないような気がして、私は窓から顔をそむけた。

 仲間のそういうところを見るのは、なんとなく気まずい。

 するとそれとほとんど同じタイミングで、ホールに入ってくる人物がいた。

 アレクだ。

 彼とは練習の初日以来会えていなかったので、私は驚いてしまった。


「どうしたの? 急に」


 尋ねると、アレクは悪戯っぽい顔で笑う。


「いやなに、ダンスレッスンに奮闘しているアズサの陣中見舞いに」


 決して暇ではないだろうに、様子を見に来てくれたのだろう。

 ありがたいなと思いつつ、来てくれたのがライナスじゃなくて少しだけがっかりしている自分がいた。


(せっかくアレクが来てくれたのに、私って身勝手だ)


 感じた違和感を笑顔の下に押し込め、私はふらつく足を叱咤して彼を出迎えた。

 慣れないヒールでステップを踏み続けた足はパンパンだ。

 ちなみに今の私は、本番の服装に慣れるためコルセットを巻いて下半身はパニエで膨らませたスカートを纏っている。

 はっきり言って苦しいし重いし、これを日常的に身につけているとしたら貴族の令嬢たちは随分と逞しいのではないかとすら思ってしまう。


「随分と疲れているな」


 どうやら一目でわかるズタボロ具合だったらしい。

 誤魔化すように、私は苦い笑いを零した。


「なんせ慣れてないから」


「アズサの世界ではダンスのようなものはなかったのか?」


「あったけど、私はやってなかったな。特にこれといって趣味もなかったし」


「そうなのか。それでも帰りたいのか?」


 思わぬことを聞かれ、私は驚いて彼を見上げた。

 明朗快活な彼の顔には珍しく、彼の目には私を探るような色が浮かんでいる。


「アレク……」


「アズサ、私は本気だ。本気で君にこの世界に残ってもらいたいと思っている。そして私の妃になってほしいと」


「無理だよ。ダンス一つまともに踊れなんだよ?」


 一国の王妃なんて、私には荷が勝ちすぎている。


「そんなものはやれば慣れる。大事なのは君の強さだ。どんな強敵にもめげずに立ち向かっていく、その強さが私は羨ましい」


 そんなことを言われるとは思っていなかったので、私は内心で驚いていた。

 私から見てもアレクは、十分に強い。それは肉体的にも、そして精神的にもである。

 そんな彼の目をまっすぐに見ることができず、私はうつむいた。


「買いかぶりだよ。私はそんなに……強くない」


 そう、強くないのだ。仲間がいなければ旅の途中であきらめていただろうし、ライナスがいなければ今ここでこうしてはいないだろう。

 私が魔族に対抗できたのはいつの間にか与えられていた聖なる力とやらのおかげで、それすら私自身が努力して獲得したものじゃない。

 いつも私は、誰かに頼って助けられている。


「アズサ……」


 アレクの悲しそうな声がして、心底彼に申し訳ないという気持ちになった。


「とにかく、考えておいてほしい。あと、異世界に帰る方法に関して父上が二人だけで話がしたいと言っている。そのうち迎えがくるだろう」


「ほんと!?」


 先ほどまでの話が頭から吹き飛んでしまうほど、それは驚きの知らせだった。

 まさか国王その人が個人的に会ってくれるなんて、思いもしなかったのだ。

 それも要件は異世界に帰る方法についてだという。クレファンディウスでも聖女の召喚方法は王のまわりのごく一部しか知らなかったのだから、グランシア王ももしかしたら何かを知っているのかもしれない。

 期待で思わずアレクの服に縋りつくと、彼は仕方のない子供を見るような苦笑を浮かべた。


「私の申し出にも、そのぐらい熱心になってもらいたいのだがね」


 私は自分の変わり身の早さがあまりにも不躾だったことに気付き、慌てて手を離した。

 そのあとアレクは、呼びに来た侍従に連れられて帰っていった。どうやら本当に忙しいらしい。

 そんな忙しい中でわざわざ来てくれたアレクに感謝しつつ、私は自分も割り当てられた部屋に帰るべく身支度を始めた。

 少し希望が見えたことで、疲れていた足も思わず弾む。

 そのまま軽く一回りすると、無意識に鼻歌が零れた。どうやらよほど浮かれているようだ。

 だがその時、突然声をかけられ心臓が飛び出るかと思った。


「随分と楽しそうだな」


 ライナスである。

 さっきまで外で演習をしていたと思ったのに、彼はいつの間に涼しい顔でそこに立っていた。


「ライナス。まさか見てたの?」


 鼻歌を歌っていたところを目撃されたとなるとかなり恥ずかしい。

 だがライナスの反応は、思ってもみないものだった。

 せいぜい笑われるぐらいがせいぜいだと思ったのに、彼は怒りもあらわに私に詰め寄ってくる。


「そんなに嬉しいのか? 妻にと求められて」


 一瞬何のことを言っているのか分からず反応が遅れた。

 しばらくして、彼がアレクの軽口について言及しているのだと気が付いた。


「どうしたの? アレクがあんなふうに言うのはいつもの事じゃ……」


「だが! お前は今喜んでいただろう? 俺には異世界に帰りたいと言うばかりだったくせに、王妃になれるかもしれないとなったらお前は容易く意見を変えるのか?」


「ちょ……そんな言い方っ」


 私には、どうしてライナスがこんなにも怒っているのか分からなかった。

 そもそも、感情表現が薄いライナスが、こんなにも怒っているところを見たのは初めてだ。

 怒りに燃えるその金色の目で睨まれると、体が竦んで何も言えなくなってしまった。

 こわい。こわい。

 いつもは守ってくれる手が、今は恐ろしくてたまらない。


「出てって!」


 思わず、私は悲鳴のようにそう口にした。

 もうその目で見つめられるのは堪えられなかった。心を許していた分だけ、金色の鋭さが胸に直接突き刺さってひどく痛むのだ。


「言われずとも」


 そう言って、ライナスは足早に去っていった。

 本当にあっという間の出来事で、私は今の出来事が現実かわからずその場に立ちすくんだ。

 王に直接異世界に帰る方法について聞けると浮かれていた心は綺麗にかき消えて、残っているのはひび割れて今にも砂になりそうな乾いた気持ちだけだった。


「どうしてこんなことに……なるの」


 本当なら、すぐに追いかけて怒っている理由を聞くべきだったのかもしれない。 

 でもまた睨まれたらと思うと恐ろしくて、私はしばらくその場から動くことができなかった。



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