21 王子のお誘い
そんな私たちのいつものやり取りを、アレクとターニャは慣れた様子で笑っていた。
「気にするなアズサ。今は私的な場だ。君たちの言動を誰かに咎めさせたりはしないよ」
さすがにアレクは私の心配を察したらしく、そう請け負ってくれた。
身分制度に慣れない私には、その言葉が心強い。
「それに、ターニャだって初めて城に来たときは緊張して右足と右手が一緒に出てたんだよ? 君達は私の私的な招待客なのだからもっとくつろいでくれていい」
「ちょっとアレクシス!」
言うなとばかりに、ターニャが赤面して声を上げた。
この反応から見てアレクの言うことは本当なのだろう。厳つい冒険者たちに一歩も引けを取らないターニャだというのに、そんなに緊張していたのかと思うとちょっとおかしくなる。
「ああだが君たちには、一度うちの父親に会ってほしいと思ってるんだ。どうしても会いたいと聞かなくてね」
こうしてアレクは、にこやかな笑顔で爆弾を落とした。
「はあー!? ちょっと聞いてないわよ!」
「アレクの父親って、もしかしなくても王様だよね……?」
予想できる展開だったが、まさか王自らこんな小娘に会うことはないだろうと無意識に高をくくっていたのだ。
気づけば私の足は震え、今歩けば間違いなく右足と右手が一緒に出てしまいそうだった。
一方ライナスは取り乱すこともなく、ただつまらなそうに腕を組んでじっとしている。
深く考え込んでいるようにも見えるが、きっと何も考えてないに違いない。
「まあ一応王などやっているが、とにかく珍しいものに目がなくてな。異世界からやってきた聖女と聞いたら会わずにはいられないらしい」
アレクは苦笑しているが、それでは私と会うことが王様の一番の目的ということじゃないか!
まさか聖女と聞いてこんなみすぼらしい子供がくるとは誰も思わないだろう。それこそ、迎えに来た騎士たちがそうだったように。
ちなみに、子供というのは私が成人前だからじゃなくて、私の背が低いから基本的に子供に見られるのだ。アレクと一緒にいる時はほぼ十割の確率で小姓の男の子に間違えられていた。
「それは……会ったらがっかりされるんじゃないかな?」
「がっかりなどするものか! 父はきっと喜んでくださるよ。私も自慢の仲間たちを自慢できるのは嬉しい」
「悪いが、俺たちは旅を急ぐのでな」
「ライナス!」
急ぐ旅でもないのに、ライナスは断る気満々だ。
まあ私も、別に王様に会いたいわけじゃないので心情的には彼に賛成なのだけれど。
「ねえアレク。お父上は異世界に帰る方法なんて知らないかな? 私は、これからその方法を探して旅をしようと思ってるんだ」
「なに? 魔王さえ倒せば元の世界へ帰れるという約束だと……そうかクレファンディウスめ。アズサを騙した上で汚名まで着せようとは許せん……っ」
私の言葉に、アレクは色々と察したようだった。
残念ながら彼の想像の通りだ。
「ほんと許せないよね、クレファンディウス王のやつ! でもさ~アズサはもうこっちの世界に住んじゃってもいいんじゃない? 無理して帰ることないよ!」
「そうだぞアズサ! 君が残るというのなら、我が国は喜んで迎えよう。何なら私の妃として……いひゃ!」
「おい、旅を終えて随分口数が増えたんじゃないか王子様? 次期国王ともあろうものが軽々しくそんなこと言っていいのかね」
アレクの悲鳴が上がり何事かと思えば、ライナスがいつの間にかアレクの頬をつねっていた。相変わらず仲の悪い二人だ。いやむしろ仲がいいのだろうか。
あまりにも大人げないやり取りに、なんだか気の抜けた気持ちになった。
「ライナス止めて。それでアレク、どう? 分かりそうかな?」
ライナスが手を離すと、アレクは悔しそうにしながら恨みがましくライナスを睨んだ。
二人とも単体ではただの美男子なのに、どうして二人そろうと小学生男子みたいなノリになるのだろう。つくづく不思議である。
「あ、ああ。私は分からないが、父上ならもしかしたら……。直接会って尋ねるのが一番いいだろう。知っていたとしても私にすら教えていないということは機密事項ということだから」
つまり、目的の内容を知りたければやはり国王にお目通りしなければいけないということだ。
結局そのままアレクに流され、私は国王に会うことを了承させられた。
ターニャも是非一緒にということで、それから謁見が叶うまでの間私たちはお城に滞在させてもらえることになったのだった。