17 解決?
本日二回目の更新
「私たちは、先輩冒険者であるターニャさんに本当にお世話になったんです! 白金クラスにな
るきっかけになった仕事も、彼女なしではとても達成することはできませんでした」
必死に訴えたが、タチアナの猜疑の視線は変わらない。
「それは立派かも知れませんが、私はターニャにはいつまでも遊びほうけてないで人並みに嫁にいって幸せになって欲しいと思ってます。冒険者という仕事は、年を取ってもできるようなたぐいのものではないんでしょう?」
「それは……」
タチアナの鋭い指摘に、私は口ごもった。
確かに冒険者は危険な仕事だ。母親なら、娘にそんな仕事は辞めて欲しいと思って当然だろう。
ターニャは盗賊や魔族にも引けを取らない立派な冒険者だが、タチアナにはそんなこと関係ないのである。
一体どう反論すべきか悩んでいると、黙って成り行きを見守っていたライナスが突然口を開いた。
「馬鹿馬鹿しい」
心底煩わしく思っていそうなその言葉に、場の空気が凍る。
私は心底、ライナスをこの場に連れてきたことを後悔した。
「は? それはどういう意味でしょうか?」
タチアナはまるで出産したばかりの猫のように殺気立っている。
「だから、馬鹿馬鹿しいと言ったんだ。聞こえなかったのか?」
「……っ! 確かライナスさんでしたね? 一体どういう了見ですか? 突然相手を罵倒するなんてやはり冒険者というものの程度が知れますわね!」
「おや、俺たちが冒険者だと信じる気になったのか?」
ライナスに反省した様子は欠片もなく、むしろ喜々としてタチアナの矛盾を突いている。
それに気づいたのか、タチアナは悔しそうに唇を噛んだ。
「ええ、ええ、認めましょう。あなた方は確かに汚らわしくて礼儀知らずな冒険者でしょう! ですがそれと娘の仕事を認めるかどうかは別問題ですっ」
一息で言い終えると、タチアナは肩で息をしていた。
こうなってしまっては一体どうやって平和的解決に持って行けばいいのかと、私は頭を抱えたくなった。
「お、お母さん落ち着いて……」
「これが落ち着いていられますか! そもそも冒険者なんて人の道に外れた仕事、あなたもさっさとやめなさい! そんな夢見たこと言ってないで、きちんと現実を見たらどうなの!」
タチアナはよっぽど腹が立っているらしく、もはや恥も外聞もなく怒鳴りつけた。
問題は、この街が王都でなおかつ大きな冒険者ギルドの支部がある街だということである。
なので昼間のオープンカフェの周囲には、少なからず冒険者と思われるおじさん達がいた。おじさん達は一気に殺気立つと、ぞろぞろと私たちの席の周りに集まってくる。
「おいおいどこの田舎もんだ?」
「天下の往来でわざわざ冒険者に喧嘩売るなんてよう」
「それもご丁寧に冒険者が集うこのクリーディルでよぉ!」
諍いを避けてオープンカフェを選んだのは、どうやら失敗だったようだ。
近くの席に座っていた客達が、巻き込まれまいと店の中に戻っていく。
事態に気づいたタチアナは顔色を失っていて、私はそれがかわいそうになった。
最近ではすっかり慣れたが、私も最初の頃は冒険者のおじさん達が怖くて仕方なかったので。でも彼らも別に無法者というわけは泣く、むしろ無法者と戦う立場の人たちなので理由もなくひどいことをしたりはしない。
だが冒険者という職業に馴染みがないらしいタチアナは、ひどく動揺し体を震わせていた。
「なんだ、よく見れば綺麗なねーちゃんじゃねーか。あ? その不潔な冒険者の相手でもしてくれませんかね?」
一人がおどけたように言うと、その場ががさつな笑い声であふれた。
少し怖がらせるつもりなのかも知れないが、これではあまりにタチアナがかわいそうである。
「ちょっとやめて、あんたたち」
ターニャがそう言ってため息交じりに立ち上がると、集まった冒険者達がどよめいた。
彼女は元々この街では名の知れた冒険者だったので、この反応も納得である。
「悪いけど、この人あたしの母親なの。さっきの暴言は謝るから、私の顔に免じて引いてもらえないかな?」
母親に一方的に言われていた時とは一転して、ターニャは堂々とした態度だ。それはそうだろう。彼女は長く、この街で冒険者としての実績を積んできた。
この地で生き残ってきたという実績こそが、目に見える彼女の勲章である。
「ああ、あんたターニャさんじゃないか」
「白金クラスの……ッ」
「まじかよ!? この嬢ちゃんが魔王を倒したパーティの一員だっていうのか!?」
冒険者が騒ぎ出すのと同時に、私は身を縮めて何があっても顔がばれないようにしようと必死だった。
だって恥ずかしいじゃないか!
顔がばれて、今後あちこちで『あの人が魔王を倒した……』なんて言われるのは避けたい。
冒険者ギルドに登録しているんだから何を今更という感じだがそれでも、今は偶然同席した赤の他人Aとしてこの場をやり過ごしたかった。
今更だが、本当に向いていないのだ。英雄とか、聖女だとか。
私以外の仲間たちはそりゃあ立派な人たちだが、私はといえばただ単に聖なる力とやらを付与された通行人Aなのである。
主人公願望もなければ自己顕示欲だって控えめだ。
いや、日本にいた頃は少しぐらいあったかもしれないが、実際聖女になってみると自分にはちっとも似合わないという事実を思い知ったのだ。
というわけで小さくなっている私の目の前で、着々と話は進んでいく。
「こりゃ失礼なことをしたね」
「いいえ。こちらも悪かったから気にしないで」
「いやぁそれにしても、英雄の母親がこれとはあんたも難儀するな」
母親をこれ呼ばわりされ、ターニャは曖昧に笑って口を閉じた。
集まった冒険者たちは、英雄の母親なら仕方ないとばかりにテーブルから離れていく。
タチアナは強張った顔をして、まるで知らない人を見るような目でターニャを見ている。その目にはもう、先ほどまで浮かんでいた彼女を侮るような色はない。
ただ驚き、そして竦んでいるのが見て取れる。
完全に冒険者たちの姿が見えなくなると、ターニャは何とも極まりが悪そうに席に着いた。
母親の驚きを持て余しているようだ。
彼女の気持ちが、痛いほどよく分かった。
確かに気まずい。
直前のライナスの暴言があっただけになおさら。
テーブルの上には気まずい沈黙だけが残される。
「あ、あの!」
膝の上でぎゅっと手を握りしめ、私は思い切って発言した。
このままでは、せっかくついてきたくせに何も役に立てないまま終わってしまう。ライナスを連れてきたことで、むしろ足を引っ張ったままだ。
「タ、タチアナさんには、ターニャさんがどんな立派な仕事をしているか、分かってもらえたと思います! 冒険者の仕事は乱暴に見えますけど、薬師のために薬草を探したり商人さんたちが安心して街道を行き来できるよう護衛するのも立派な仕事です。ちゃんとしたお仕事ですし、ターニャさんはその中でも実績が認められてて……」
どうにかターニャの功績を伝えようと必死になっていると、タチアナはもういいとばかりに手を振った。
「いいわ。もう分かったから」
そう言うと、彼女は昨日のターニャと全く同じように肘をついて大きなため息をついた。
「英雄とか初めて聞いたわよ。あんた、また危ないことして」
咎めるようなセリフだが、その言葉には先ほどまでと違って険がない。
「いや、だって言ったら反対するでしょ?」
「そりゃあするわよ。母親ですもの」
そう言って、タチアナはもう一度大きなため息をついた。
「とにかく、あんたがちゃんと仕事に困らない程度に仕事できてるって分かったわ。もう余計な口は出しません」
タチアナの宣言に、ターニャは目を輝かせた。
「ホント!? 言ったからね? 今更取り消しとかなしだからね!?」
よほど嬉しいのか、彼女は立ち上がり母親に詰め寄っている。
すると、タチアナはまるで小さな子供を見るように苦笑した。
「取り消さないわよ。私には理解できない生き方だけど、あんたはそれが幸せってことなんでしょ?」
タチアナの問いかけに、ターニャはぶんぶんと首を縦に振る。細い首が取れてしまわないか心配になるほどだ。
「そう! そうなの! 分かってくれてありがとうママ!!」
そう言って、ターニャはタチアナに抱き着いた。
なんだかんだ言っていたが、ターニャもタチアナと仲たがいしている状態が苦痛だったのだろう。悩みが解決したからか、その顔には眩しい笑顔が浮かんでいた。
「よかった」
結局私は何の役にも立てなかったような気がするが、ターニャが無事母親と和解できてよかったと思った。
そして二人の姿を見て、少し前に出会ったマーサのことを思い出す。
彼女も今頃、兵役から戻った家族と会えているだろうか?
再会できていればいいなと、声には出さずひっそりと思った。
誰だって、家族との意図しない別れは辛いものだから。