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16 親子直接対決


 翌朝、これまたいつものようにターニャは二日酔いに悩まされていた。

 宿の井戸で顔を洗い、ついでに汚れていた服を洗う。

 ちなみにこの宿にお風呂はない。お湯を借りて体を拭うことがせいぜいだ。

 お風呂が併設されている宿なんて貴族向けの高級なところぐらいである。今なら泊まれないこともないが、これからどうなるかも分からないのに無駄遣いはできない。

 食堂でライナスと一緒に朝食をとっていると、しばらくしてようやく頭を抱えたターニャが降りてきた。

 翌朝苦しむと分かっていてどうしてお酒を飲むんだろう。

 不思議に思うが、私も二十歳を過ぎたらその理由が分かるのかもしれない。


「昨日はごめんね~。愚痴っちゃって」


 そう言いつつ、ターニャは水と野菜スープを頼んだ。

 私はサラダとトースト。ライナスはなにも頼まずにただ椅子に座っている。


「大丈夫。それよりお母さんとのこと、どうするの?」


「ああ、それねー。うーんどうしよう。会いたくないな。早く田舎に帰ってくれればいいのに」


 彼女の母親は別の宿に部屋を取っているという。ターニャは魔王討伐から戻ったばかりなので、まだこの街に部屋を借りていないのだ。


「だめだよ、そんなこと言っちゃ。せっかく来てくれたんだから」


「だってさー……、あ。ごめんアズサ」


 おせっかいと思いつつ口を出すと、不満そうにしていたターニャが申し訳なさそうな顔になった。

 私がもう家族に会えないかもしれない身の上であることを、彼女は思い出したらしい。


「謝るようなことじゃないよ。ただ、喧嘩別れみたいなことはしてほしくないなって、それだけ」


 別に謝ってほしかったわけじゃないので、私は軽く流しつつ自分の希望を言ってみる。私が家族に会えないのと、ターニャが母親を鬱陶しがっているのは全く別問題だ。

 だが、そうはいってもやはり気になるのか、ターニャは食事の間中ずっと申し訳なさそうな顔をしていた。

 そんな顔をされると、こちらの方が悪いことをしたような気持ちになる。


「ねえ、本当に気にしないでってば。それより、ターニャのお母さんのことをどうするか、一緒に考えよう?」


「考えるって言ってもー……。あ、じゃあ二人とも今から母親に会うから一緒に来てよ! 二人だけだと一方的に責められるばかりで辛かったんだ。冒険者がどんなものだとか、白金クラスがどんなものだとか、うちの母親に説明してくれないかな?」


 身をかがめて上目遣いで頼まれれば、嫌とは言えない。

 そもそも差し迫った用事はなかったので、私は深く考えもせず頷いた。


「ほんと? アズサありがとう! ほんと優しいんだからあんたって子は!」


 そう言って、またもターニャが抱き着いてきた。朝一で豊かな胸に押しつぶされそうになった私を、偶然目が合った店の店主が羨ましそうに眺めていた。


 食事を終えて宿を出ると、私たちはターニャの母親に会うため彼女が宿泊する宿に向かった。

 ちなみにライナスはどうするかと尋ねたところ、私が行くなら行くと言う一言で片が付いた。ターニャとその母親を取りなすライナスなんて想像が付かないので、私が彼の分も頑張らなければ。

 いかにも正体不明の美男子であるライナスがターニャの母親に警戒されなければいいと思いつつ歩いていると、昼前には目的の宿についた。

 そもそもこの街の宿は宿場通りという通りに集まっているので、宿から宿までの距離というのはさほどないのだ。

 ターニャの母親が宿泊しているのは、私たちが泊まっている宿より少し高級志向のようだった。宿泊費はターニャが出しているということで、多分母親のために奮発したのだろう。

 そう考えると、愚痴ばかり言っているターニャも本心では母親を嫌っていないと分かってほっとした。

 そして私たちを出迎えたのは、ターニャと親子とは信じられないほど若々しい美熟女だった。先に母だと言われてなければ、きっと姉だと勘違いしたに違いない。それぐらい、母親とターニャはよく似ていた。

 場所は宿からほど近い場所にあるカフェのテラスにした。衆人環視の中でなら、流石に怒鳴り合いになるようなことはないだろう。


「紹介するね。一緒に旅をしていたアズサとライナス。こう見えて凄腕の冒険者なんだから!」


「初めまして。ターニャさんとパーティを組ませていただいていたアズサと申します」


 黙りこくっているライナスを肘で突くと、一言「ライナスだ」と呟いた。

 そんな私たちを、ターニャの母親はうさんくさそうな目で見つめている。


「よろしく。私はこの子の母親でタチアナよ。それにしても……ふーん、あなたたちがねぇ」


 腕組みして私たちを値踏みするタチアナに、思わず冷や汗が出る。ライナスはともかく、私の見た目は冒険者と言うにはあまりにも頼りなさ過ぎるせいだろう。


「あのねえターニャ。嘘つくならもっとましな嘘をつきなさい。宿の人に聞いたら冒険者っていうのは暑苦しくて不潔なやからだって言うじゃない。どう頼んだのか知らないけど、自分の嘘のために他人を巻き込むなんて感心しないわ」


 どうやらタチアナは、ターニャがやっている冒険者とはどんなものかと疑問に思い第三者に意見を求めたようだ。

 そして運の悪いことに、その尋ねた相手は冒険者に対して偏見があった。まあ高級志向の宿に長期滞在がメインの冒険者が泊まることはほとんどないし、その聞かれた相手もたまに見かける冒険者のイメージで答えたのだろう。ターニャは気遣いで高めの宿を用意したようだが、それが裏目に出た形だ。


「な、本当だってば! そりゃあ確かに見た目には汚い格好してるかも知れないけど、別に悪いことしてるわけじゃないし、この二人だって本当に白金クラスの冒険者なんだよ!?」


 ターニャが必死に弁解すればするほど、タチアナの目には疑いの色が濃くなっていく。もしかしたらターニャが私たちに騙されているとでも思っているのかも知れない。

 このままではターニャの名誉に関わると思った私は、思い切って思い切って口を開いた。


「あの! タチアナさんがターニャを心配する気持ちはよく分かりますが、ターニャは本当に立派な冒険者ですし、娘さんの功績を疑うようなことだけはやめてください」


 私は悔しかった。

 私たちと出会った時、ターニャは立派に冒険者として一人立ちしていた。

 むしろお世話になったのは私たちの方なのだ。


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