14 怒ってくれる人
私は彼女の明るさに心底感謝した。
日本へ帰れないと分かってから落ち込むことが多かったけれど、彼女にもう一度会えたことは正直にうれしいと思える。
「うん。ありがとう!」
「そうそう。いいこいいこ」
そう言って、ターニャは私の頭をわしわしと撫でた。
私には姉妹がいないので、こうしているとまるでお姉さんができたような気持ちになる。
旅の間、何度彼女の明るさに救われたことだろう。
私はブレインに礼を言い冒険者ギルドを出ると、ターニャと一緒に街に出た。
ちなみに私とライナスの分も未払いになっていた依頼の達成報酬を受け取ったので、懐はあったかい。
まあそれは比喩的な意味で、実際にはギルドの口座に預けてあるのだけれど。
日本と違ってこちらには紙幣がないので、お金はすべて硬貨になる。もらった額とこれまでの預金を全て換金してしまうと、多分重すぎて持ち歩けなくなってしまうだろう。なにせ魔王討伐の達成報酬はちょっと見たことがないほど高額だったのだ。なんでも、各国が出資して報奨金をどんどん釣り上げていった結果らしい。
日本に帰れなくなったからにはお金の心配もしなければならないので、これは大変ありがたかった。
宿に泊まるのも食事をするのも、何をするにもまずは先立つものが必要だからだ。
こちらにきて二年間で、私も随分逞しくなった。日本にいた頃はすむ場所や食べる物の心配なんてする必要はなかったが、例の騎士に騙されてからは何が何でもこちらの生活に適応しなければならなかった。
ライナス共々、あの時拾ってくれたターニャには本当に感謝している。
「いやいや、それはこっちの台詞だから」
料理がおいしいと評判らしい宿に部屋を取り、三人で併設の酒場のテーブルについた。クレファンディウスであったことを詳しく話している内にいつの間にか思い出話になり、私たちは出会った頃のことを肴にご飯を食べていた。
ちなみにターニャとライナスはお酒を飲んでいるが、私の前に置かれているのは果物のジュースだ。別にこちらではお酒を飲むのに何歳以上という決まりはないらしいのだが、なんとなく後ろめたいので今日にいたるまでお酒は口にしていない。
仲間たちには弱いからということにしてあるが、本当に強いか弱いかは分からないのだ。なにせ飲んだことがないので。
それはさておき、ごちゃごちゃとした宿の酒場での食事も最初の頃は恐ろしかったが今ではすっかり慣れたものだった。
ターニャのおすすめ通り料理は本当に美味しくて、ついつい食が進んでしまう。
ここ数日あまり食欲を感じることがなかったのは、それぐらい自分が落ち込んでいたのだなあと今になって気づく。
ターニャの顔を見た途端食欲が湧くなんて、なんとも現金だなと自分がおかしくなった。
「どうしたの~? にやにやしちゃって」
思っていたことが顔に出ていたらしく、ターニャに頬をつつかれた。
彼女はといえばすっかり出来上がっているらしく、小麦色の肌がうっすら紅潮している。
「いやー、改めて仲間に恵まれたなって思ってさ。最初にライナスと出会ってなかったらきっとめげてたし、ターニャがいてくれなかったら多分二人で路頭に迷ってたよ」
なにせライナスも私も世間知らずだった。今思い返すとぞっと背筋が冷たくなるほどである。
「あんたたちお金の使い方も知らなかったもんね~。最初はどっかのお貴族様かと思ったわ」
そう言って、ターニャは声をあげて笑った。
彼女にそう言われてしまうとこちらは苦笑するしかない。
なにせこちらの世界の常識が何も分からない私と、人間社会のことは何も知らないライナスだ。
ターニャと出会ったのはこのクリーディルからほど近い、街道の途中でのことだった。騎士に支度金などを奪われた私はお金もなく、召喚された時に身に着けていた時計などを売って何とか旅をしている状態だった。
何度もめげそうになったが、それでも魔王さえ倒せば元の世界へ帰れるのだとそれだけが当時の心の支えだった。
多分その支えがなかったら、私は彼女たちと出会う前にとっくに野垂れ死んでいたに違いない。
旅の途中でグランシア王国が魔王討伐のため冒険者に支援を行っているという噂を耳にした私たちは、その支援を受けるべくこのクリーディアへ向かっている途中だった。
安全のため街道沿いを歩いて移動していると、両側を森に挟まれた道の途中で荷物をいっぱいに積んだ荷車が立ち往生していた。ぬかるみに車輪がはまったらしい。
不運なことに、商人はそこを魔族に狙われた。
それを迎え撃っていたのが、護衛として同行していたターニャだ。私たちはそこに偶然居合わせ、彼女と共に戦った。
盗賊相手ではとても手伝うことなどできなかっただろうが、私には〝聖なる力〟があったので魔族相手ならどうにか対抗することができたのだ。
そして無事それらを追い払った後、私とライナスは商人に請われてクリーディアまで一緒に行くことになった。
その道程で私たちのあまりの世間知らずぶりに呆れたターニャが、なにかと世話を焼いてくれて現在に至るという訳である。
「二人が無事で、本当によかった。心配したんだから! ほんとあの王、許すまじ」
お酒の勢いなのか、ターニャはジョッキを持ったまま立ち上がり声高に宣言する。私は慌てて彼女を座らせた。たとえ他国とはいえ、一国の王を批難するのはいらない面倒を引き寄せそうである。幸い、店内はがやがやと騒がしく彼女の宣言を聞きとがめた人物はいないようだ。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、あんまり大っぴらにそんなこと言わない方がいいよ」
極端に面倒を避けてしまうのは、小市民的日本人のさがなのか。
この作品を読んでいただきましてありがとうございます
久々の連載なのでなかなか調子がつかめず四苦八苦しておりますが
ブクマや評価が少しずつ伸びているのを支えに
何とか走りぬきたいと思います
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