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12 ギルド長


「お待たせいたしました!」


 よほど急いだのか、戻ってきた受付嬢は肩で息をしていた。


「ギ……ギルド長がお会いになるそうです。どうぞこちらへ……」


 ざわざわと、どこぞの賭博漫画並にギルド内がざわめく。

 一方私はといえば、奥に連れていかれたら最後、クレファンディウスに強制送還されるんじゃなかろうかと疑心暗鬼状態。


「い、急いでますので……」


 そう言って断ろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。


「ん? この後何か用事でもあったか?」


 空気を読まないライナスが、不思議そうに言う。

 私は頭を抱えたくなった。魔族である彼に察しろというのは酷かもしれないが、せめて何も言わないでくれたらどんなによかったか!


「時間は取らせません! どうかこちらへ!」


 受付嬢はもうなりふり構っていられないのか、カウンターから飛び出してきて私たちを奥へ続く通路へ追いやる。

 その顔には引きつった笑みが浮かんでいて、その尋常ではない迫力に負けそのまま奥へと足を進めた。

 少し軋む木製の階段を上り、一番奥まった部屋に通される。壁には剣や槍などの武器が飾られ、いかにも冒険者ギルドらしい雰囲気を醸し出していた。

 部屋の中にいたのは、シルバーグレーを撫でつけた愛想のいい壮年の男性だった。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞお座りください」


 彼は日に焼けた肌に刻まれた笑い皴を深めながら、丁寧に私たちを招き入れた。

 だがその立ち居振る舞いには隙がなく、同年代の男性と比較してもその体は圧倒的に逞しい。おそらく現役を退いた冒険者なのだろうと容易く想像がついた。

 なにも気負うことなく席に着くライナスの横に、おそるおそる腰を下ろす。応接用のソファにはモンスターのものと思われる革が貼られ、手触りは極上だ


「私は冒険者ギルド、クリーディル支部の支部長を務めますブレインと申します。よろしくお見知りおきを」


 彼が名乗った名前に、私は聞き覚えがあった。


「もしかして、『鉄壁のブレイン』さんですか?」


 有名な冒険者の中には、時に二つ名を持つ者がいる。といっても仰々しいものではなくて、仲間内で呼び合うあだ名のようなものだとターニャは言っていたが。

 彼の二つ名を知っていたのも、その名がターニャの話の中に出てきたことがあるからだ。

 私の言葉に、ブレインは目を丸くしていた。


「いやいや驚きました。まさか聖女様が私の名をご存じとは」


「やめてください。私はもう聖女なんかじゃ……」


 咄嗟に否定の言葉が口をついた。

 クレファンディウスでの出来事を思い出すと、聖女と呼ばれることすらうんざりしてしまう。

 そしてブレインはまるで私の考えを読んだように、深々と頷いた。


「そうお思いになるのも無理はない……。クレファンディウスがしたことは、決して許されぬこと」


 そうはっきりと断言したブレインに、私は驚いて彼の顔をじっと見つめた。


「ご存じなんですか?」


「ええ。少なくとも冒険者ギルドの上層部は、事態を重く見てクレファンディウスに抗議を申し入れるつもりです。なにせあなた方は、世界を救った英雄なのだから」


 ブレインが興奮したように言う。

 面と向かってそんなことを言われたのは初めてだったので、思わず顔が熱くなった。

 私はどこまでいってもこの世界では異分子で、だからクレファンディウスでのこともどこか仕方ないのかもしれないと諦めていた。

 けれど私の頑張りをちゃんとわかってくれる人達がいたのだ。そのことがどうしようもなく嬉しくて、返事をしようと思うのにしばらく言葉にならなかった。

 そんな私のことを、ライナスが不思議そうにのぞき込んでくる。


「どうした。腹でも痛いのか?」


 私の感傷など、ライナスが察してくれるはずがない。


「痛くない!」


 がっかりしつつ反論すると、向かい側にいるブレインは一瞬驚いた後、表情を緩めた。


「あなた方がこちらに来てくださってよかった。お助けしようにも、連絡も取れない状況でしたから」


 そしてブレインは、冒険者ギルドが今回のことに対する抗議を行うと同時に、クレファンディウスに対して私の名誉回復を求める申し入れを行っている最中だということを教えてくれた。

 ライナスしか味方がいない心細い状況から一転して、冒険者ギルドが全面的にバックアップしてくれるという。


「あの、どうしてそこまで……?」


 彼の話を聞き、一番に思ったのはそれだった。

 いくら大陸全土に根を張る冒険者ギルドとはいえ、一国を敵に回すというのは大変なことである。

 聞けば、抗議の一環としてクレファンディウスにある支部のいくつかを撤退させる話まで出ているという。

 でもそんなことをしたら、その地で活動している冒険者も彼らに依頼している市民たちも、どちらも大変なことになってしまう。

 だがそんな私の問いに、ブレインは真剣な表情で言った。


「あなた方は、冒険者ギルドに登録されている正当な冒険者です。そして実績も申し分ない。なのにその功績が、一国の思惑によって歪められることなどあっていいはずがないのです! これは冒険者全てに対する侮辱であり、これを赦せば今後依頼の達成報告に対して依頼者が好き勝手に物言いができるのだという悪しき前例ができてしまう。なので我々は、断じてかの国を許すわけにはいかないのです!」


 想像してほしい。

 引退したとはいえ、二つ名を持つほどの冒険者が拳を握り息を荒げて怒りを露わに咆哮するという凄まじい様を。

 壁はビリビリと震え、錯覚だろうが建物が揺れたような気までする。

 私は思わず隣にいたライナスに縋りついた。それぐらい、ブレインの主張は熱いものだった。


「おっと、これは失礼しました。つい熱くなってしまいまして」


 男はにこっと笑うと、すぐさま先ほどまでのにこやかな支部長を装う。

 だが私は、呆気にとられつつもライナスの服を掴んだ手を離す気にはなれなかった。


「い……いえ」


「そういう訳でして、我々はかの国にあなた方を渡す気はございません。行きたい場所、知りたい情報などあれば遠慮なくおっしゃってください。冒険者ギルドが総力を挙げてあなた方をバックアップさせていただきます」


「じゃ、じゃあ、異世界へ帰る方法なんて分かりませんか!?」


 今度は私が前のめりになる番だった。

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