11 ギルドにて
グランシア王国に入ってから五日。
普通の旅人ならばありえない速度で私たちは王都クリーディルに到着した。クレファンディウス王国からの追手も、もう警戒する必要はないだろう。国境線を越えて罪人を勝手に逮捕することは、国際法違反となるためだ。
クリーディルもまた、クレファンディウスの王都がそうだったように人々は魔王が討伐されたことを喜び、まるでお祭りのような騒ぎになっていた。
中でも目を引いたのは、あちらこちらで売られているアレクの肖像画だ。どうやら魔王を討伐した自国の王子は大変な人気であるらしく、人々はこぞってその肖像画を買い求めていた。
見知った人の絵がまるでアイドルのブロマイドみたいに売れていく様を、私は呆然と見つめる羽目になった。
「おい、口が開いてるぞ」
ライナスに指摘され、慌てて口を閉じる。
「いやーなんか、すっかり遠い人になっちゃったねアレク。いや、王子様なんだから一緒に旅してたことの方がおかしいんだけどさ」
胸にもくもくと迷いが湧いてくる。本当に私なんかがアレクなんかに会いに行っていいのだろうかという、なんとも今更な迷いが。
「お前こそ魔王を倒した聖女なんだから、堂々としていろ」
ライナスは何でもないことのように言うが、元々小市民である私はすんなり頷くことができなかった。
(聖女といいましても、召喚した本人に裏切られたなんちゃって聖女ですがね)
卑屈な言葉を飲み込んで、改めて中央広場から王都を見渡す。いくつもの塔を備える王城を背に、目抜き通りは様々な店が立ち並んでいた。中央広場から放射状に延びる道にはそれぞれに、職人通りや魔法通りなどの専門色の強い名前がついている。
「冒険者ギルドはあっちだったな」
私たちはこの街に、一度きたことがある。
クレファンディウスの騎士に裏切られた後、私は命からがらこの街にたどり着いた。その途中でライナスに出会うというハプニングに見舞われつつ、やってきたこの街で冒険者をしていたターニャとそしてアレクに出会ったのだ。この三人と出会えていなかったら、きっと私は旅の途中で死んでいただろうなと本気で思う。
しみじみと当時を思い返しながら、人波をかき分けるライナスの後ろを背後霊のようについていく。
人ごみをかき分けると言っても、ライナスの迫力のせいか人々が勝手に道を開けてくれるので、こうしているのが一番先に進みやすいのだ。それでも迷子になる危険性を考えて、彼の服の裾を掴んでおく。この世界の同世代の女性の平均身長を下回っている私が、この二年間に身に着けた迷子防止策だ。
中央広場からほど近い一等地といってもいいような場所に、その建物はあった。石造りの古めかしい建物で、他の支部がそうであるようにこの街の冒険者ギルドもまた逞しい男たちのたまり場になっていた。
入口を潜った途端、視線がいくつもこちらに向いたのが分かる。
一見細身に見えるイケメンのライナスに、子供にしか見られない私の二人組である。明らかに異分子はこちらの方で、毎度のこととはいえなんとも居心地が悪い。
だがライナスは特に気にした様子もなく、ずんずんと受付に向かって歩いていく。
受付にいたお姉さんは、飛び切りの笑顔を浮かべて私たちを迎えた。
「いらっしゃいませ。冒険者へのご依頼でしたら、あちらのカウンターにどうぞ」
彼女が示したのは、依頼受注専用のカウンターだ。冒険者に依頼したい一般市民は、通常そちらでの受付になる。
私はそういえば冒険者であることを示すタグを外していたことを思い出し、ポケットから取り出してカウンターに置いた。このタグは特殊な金属でできていて、ギルドにある装置を通すと過去の依頼達成履歴やギルド内でのランクを確認することができる。ついでに言うとお金を預けたり引き出す際の身分証明にもなるので、絶対になくしてはいけない大切なものだ。
受付の女性は一瞬驚きに目を見開いた後、すぐに笑顔を取り戻し私のタグを専用の装置の上に置いた。
するとカウンターの内側に設置された水晶玉に、日本語ではない文字が浮かぶ。これがこの世界の文字で、なぜか知らないが勉強したことのない私でも読むことができる。
水晶玉には『アズサ・タカナシ』の文字が浮かび上がり、達成依頼の最新の欄には『魔王討伐』と書かれていた。
文字の右側に点滅している赤いマークは、達成した依頼の報奨金が未だに支払われていない証拠だ。
「ああ、魔王討伐って依頼扱いだったんだ」
「そんな依頼あったんだな」
私とライナスがそんなやりとりを交わしていると、明らかに先ほどより顔色を悪くした受付嬢が立ち上がり、口をぱくぱくと戦慄かせている。
「あ、あの……?」
心配して大丈夫か尋ねようとしたら、女性はものすごい勢いで九十五度のお辞儀をした。そんなに頭を下げたら後ろからパンツが見えてしまうのではないかと心配になったくらいだ。
「申し訳ありませんでした!」
勢いよく謝罪されるが、謝られる理由がよく分からない。
彼女の大声のおかげでギルドの中は静まり返り、何事かと先ほどよりも多くの視線が突き刺さったのが分かった。
つい数日前まで追われる身だったので、これはどうにも居心地が悪い。
「あ、あのー……」
「少々お待ちくださいませ!!」
受付嬢はすさまじい勢いで顔を上げると、私たちを残してカウンターの奥に走って行ってしまった。
取り残された私たちには、当然何をやらかしたんだ的な視線が集中したままである。はっきりいって、気まずいことこの上ない。
「もしかして、クレファンディウスで追われてることがこっちにも伝わっちゃってたのかなあ?」
不安を誤魔化すようにこそこそと隣に話かけるが、ライナスは自分たちに集まる視線などどこ吹く風だ。
「だとしても、冒険者ギルドは国から独立した独自組織のはずだ。問題ない」
ライナスは気にした風もなく断言する。
いつなんどきでも、こうして泰然としていられる性格はちょっとうらやましい。